第25話 歪んだ教義と聖女の信義②~驕る教会の暴走~

イレーヌの執務室に案内された俺達は、そこでパーティが解散してからのお互いの事を話しあった。

 俺はアルベリクの恋人が寝取られた挙句に謀られて自死した事、そしてホロヴォロスが王国を襲った事、滅びる王国を見捨てた事。

 ファルティからは公国との戦争や姉の死と公国を滅亡させた事。

 それらすべての話をイレーヌは静かに聞いてくれた。


「当事者でない人間に後から起きた出来事に対して何かを言う権利なんてないわ。だから私から言えるのは、2人とも辛い中でよく頑張りましたという労いの言葉だけですわ」


 そう言ってから目を伏せている。……こうしていると理性的な大人の淑女にしかみえず、実際勇者パーティの中ではファルティを除けば最年長(といってもイレーヌもまだ20代前半の筈だが)なので普段は頼りになる女性ではあるのだ。


「私も同じようなものですわ。

 私が“聖女”として教会に協力していたのは魔王の討伐報酬として『子供達を引き取って暮らす領地と権利』で、その証書もあるのだけれど―――その『子供達』に人間以外が含まれていたのを良しとしない篤信派がこうして戦いを仕掛けてきたのよ」


「はぁ??なんだそりゃ、そんな事でこの状況で内ゲバ始めるとか大丈夫かよ」


「実際には、篤信派にとって共和派が邪魔だから一掃したいだけで理由なんてなんだっていいんでしょうけどね。

 だから今の私は篤信派が主流の教会からは破門……どころか異端の魔女として処刑命令が出ている身ですわ。……この街にいる兵士や修道女の子たちは同じ共和派の数少ない生き残りや、昔からの友人達ですのよ」


 だから都市の規模の割に大人が少ないのか、合点がいった。

 それにしても狡兎死して走狗烹らるじゃないだろうに、あまりにもクソすぎて反吐が出るな教会。アルの死に対しての直接的な原因は王国にあったが、それを扇動していたのが教会だというのだから教会も見届けよう。


「今の篤信派はならず者や流れ者の兵士も流入して、教会と関係のない村や共和派の住人がいるだけの村すらも平気で襲って略奪行為を働いています。修道女の中には篤信派に襲われた村の生き残りの娘もいますわ……」


 それじゃもう普通に危険な集団じゃないか。本当に胸糞の悪くなる話だ。篤信派からしたら自分たちの信者以外は皆排除してしまえばいいという事だろうか?……もう狂信者の集団だろそれじゃ。


「道中で襲われた村や町をいくつもみてきたけど、そう言う事なのね。そんな話を聞くと道中で篤信派に遭わなかったことが惜しいわね……まとめて吹き飛ばしてやりたい位だわ」


 ファルティが歯噛みしているが俺も同じ気持ちで、道中見てきた殺された人たちや辱めを受けて命を奪われた娘の亡骸を思い出すと下手人集団は斬り捨ててしまいたくなる。……そこについては見届ける以前の問題だ。


「後は……アル君の事でラウルから頼まれごとをして色々と調べていたときにはもう篤信派が帝国の後ろ盾を得て教会の中で力を増していた事、それと教会が帝国と一緒になって王国の国王にアル君の排除をそそのかしてていた情報を私が掴んだので……その口封じもあるのでしょうね。

 女神や勇者を信奉する教会が勇者の始末に加担したなんて知られたら不味いでしょうし」


「口封じってなんだそりゃ?酷い話だけど、言っちゃなんだがアル自身は無欲な奴だった。平和な世の中でお飾りとして置いておくには丁度良いだろうになんでわざわざ死においやるする必要があるんだ?」


「……そこまでは私もわかりませんわ。帝国のみぞ知る、ですわね」


「……結局帝国か」


 思わずファルティと顔を見合わせるが公国の時にも聞いた流れだ。

 公国の場合は公王が帝国の縁戚という事もあるだろうが、公国がエルフの国を侵攻してきた原因は帝国が後ろにいた事もある。現状で一番行動の得体が知れないのはロジェと帝国なんだよな。


「色々と理由と建前を並べてきてはいますが―――教会は、いえ帝国は勇者パーティを始末する気ですわ。いや、もしかしたらロジェが絡んでいるのかもしれませんが」


 王国やエルフの国と違って、教会の本拠地や帝国に地理的にも立場的にも近い場所にいた言うイレーヌの言葉には説得力があり、今まで俺達が遭ってきた出来事の裏付けとしても納得がいくものではあった。

 ……王国の国王も死の間際に教会や帝国がと喚き散らしていたし、ファルティも公王が似たようなことを言っていたと教えてくれたしな。


「……とはいえ私の言葉一つで信用するのも良くないと思うので、後は自分自身の目で、耳で調べて確かめると良いですわ。貴方たちを人の言葉だけで簡単に動くような単純な子に育てた覚えは無くってよ」


「別にアンタに育てられたおぼえはないわよ」


 イレーヌの言葉にファルティは憮然として言うが、イレーヌは旅の間でも色々と俺達に大人の目線から色々と教えてくれていたのは確かだ。人生経験によるものだが、その言葉はどれも含蓄があり考えさせられるものばかりだった。


「も~ファルティはどうしてすぐそう言う事を言うのかしら?よ~しよしよし♪」


 そういってファルティに抱き着いて高速で頭を撫でまわし始めるイレーヌ。ギャーと悲鳴を上げてから嫌がって逃げ出そうとするファルティと抑え込むイレーヌだが、相変わらずファルティはイレーヌの守備範囲におさまっているらしい。まぁ、エルフ故の長命で年齢だけなら年上だけどとはいえ外見も精神性も結構子供だしなぁ。


「……でもその割にはこの街の中は平和だな。外は色々と物騒だったけど」


「それは……後で説明しますが、色々と事情があるのですわ」


 ファルティをリリースしたイレーヌが言ってくるが、妙に歯切れの悪い言葉だ……珍しいな?


「でもラウルの言う通り、この終末世界でこの街が切り取られたみたいに平和なのは確かよ」


「土地柄、水と食料は十分に困る事が無いのが大きいですわね。後は元々しっかりとした造りの街だったので――――」


 そんな風に話していると、執務室の扉がギィと音を立てて開いた。さっき街中で見かけた色白な女の子が開いた扉からちょこんと顔を出してこっちを見ている。


「あぁ、イレーヌに会いに来たのかい?すまない、随分と話しこんでしまったようだ。本当にすまな―――」


 此処にいる子供たちからしたらイレーヌは保護者なのを失念してしまっていた。

 何か用があったか、そうでなくても寂しかったのかもしれない。

 そんな事を考えて笑いながら話しかけると、女の子はふるふると首を振った後で魔神を指さした。


「聖女にはようじちがう。天騎士と神弓はどうして魔神といっしょにいる?」


「え?あぁ、この人は角があるけれど怪しいものじゃ……ん?」


 子供らしく声変わりしてない幼い声と喋りだが、今この女の子は魔神のことを正しく“魔神”と言った。城の外でイレーヌと会った時に魔神が災厄だと自己紹介をしていたがその時にこの子はいなかったぞ?


「セツ、良い子で待っていてっていったでしょ?」


「やー。その魔神が聖女にわるいことするかのうせいがある」


 窘めるようなイレーヌの言葉の言葉とは反対に部屋に入ってくる女の子。セツというのがこの子の名前だろうか?今は人形を抱きながらじっと魔神を見ている。


「ぷるぷる、私は悪い魔神じゃないよ」


「お前はちょっと黙っててくれないか」


 お道化たように言う魔神に振り返りながら冷たく言い放つと、シュンと肩を落とす。イレーヌとの話の間は興味深そうに黙って話を聞いていたのに急に自己主張はじめられると困るし、あと毎度のことながら空気は読め。


「……どういう事かな?君は、どうしてこのお姉さんを魔神だなんていうんだい?」


 怖がらせないように、女の子の前で膝をついて同じ目線に合わせながらゆっくり語り掛ける。


「ラウル、順を追って後で話そうと思っていたのですけれどその子は―――」


「わたしは氷雪の女王。せかいをほろぼす災厄のひとつ」


 俺の質問に、女の子は俺の瞳を見上げながら何でもない事のように言った。……災厄?この子供が??

 驚き、イレーヌの方を見ると寂しそうに目を伏せていた。

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