3章 堕ちた教会の末路

第24話 歪んだ教義と聖女の信義①~人が人を殺す地~

エルフの国を出発して何日か道を歩き、教会が管理統治する土地へと辿り着いた。

 ここに来るまでの道中で魔物に襲われた村や都市を幾つも通過したがどれも酷い有様で、痕跡からは明らかに明確な意思を持った上位存在に統率されているようだった。……ホロヴォロスと同格の災厄がまだまだいるというのはまったく笑えない話だ。


「天騎士殿、あそこにも人の集落がありますよ」


 そんな魔神の言葉に俺達が村を訪れると、そこも今まで見てきた村と同じように生存者のいない廃村だった。だが、決定的に違う所があった。


「……これをやったのは人間ね」


 ファルティが顔を顰めているが、俺もそう思う。

 老若男女問わず殺されているが、最終的には人を一か所に集めて効率的に殺している事や、見る限り村のあちこちに嬲られて殺されたであろう裸に剥かれた若い娘や子供の亡骸、それを庇おうとしたであろう両親のような遺体が側にあるものもあった。

 この村を襲った人間の集団は村を略奪し尽し、その後で不要な人間を一か所に集めて矢や魔法でまとめて殺している。胸糞の悪くなる話だ。


「……うん?」


 多くの村の住人の服に入った刺繍には見覚えがあった。イレーヌの修道服に入っていたのと同じ花の模様。俺の視線に気づいたファルティも同じことに思い至ったようだ。


「ラウル。これ、イレーヌの服と同じ模様よね」


 そんなファルティの言葉に無言で頷く。ファルティがいっていた教会の内ゲバ内乱の話と照らし合わせると、この村は共和派の村か。

 ……ということはこの惨劇を起こしたのは篤信派って事か?嫌な話だ。


「……先を急いだ方が良さそうだな。イレーヌが心配だ」


 この村の死者達に対しては哀れに思うが、弔ってやる時間もないので今の俺達にしてやれることはない。手を合わせてから村を後にする。


「ここまでも随分と無理して進んできたのにまだ急ぐのですか?」


「疲れた様子なくケロッとしているお前が言うな」


 ぼやく様子をみせた魔神の言葉に冷たく返すと、そんなーと悲しそうにしていた。

 そしてそここから半日ほど歩くと、イレーヌが統治している自治領へと入り、遠目にはイレーヌが住む領地がみえる。ここまで篤信派と遭遇する事無くスムーズに移動できたのは幸いだった。


「……ねぇ、ここまで篤信派の教会の人間と遭遇する事は無かったけど、もし遭遇して人間と戦う事になっても大丈夫?私はもうたくさん人間を殺したから人を殺す覚悟はできてる。けど、アンタは――――」


「戦うさ。それが人間であっても俺は殺せるよ」


 俺を心配するようなファルティの言葉に断言する。少なくとも俺はもう人間がそんな上等なものだとは思っていないし、少なくとも俺の大切な者達を脅かすのなら斬る事にためらいはない。……それに直接手を下していないだけで、俺は王国の人間を見捨てて、見殺しにした時点で俺は人の命を奪っているんだしな。


 それからイレーヌのいる街に近づくにつれて、不思議な光景が目につくようになった。

 平野の大地に巨大な結晶が幾つもある。……何でこんな所に?水晶の結晶なんかは洞窟の中にあるものだ。

 怪訝に思いながら街道を歩き続けると道を塞ぐように一際巨大な結晶塊があったので、なんだろうと触れてみて“それ”が何か理解した。


 ―――結晶の中に悲鳴を上げたまま氷漬けになった兵士がいる。


 違う、これは結晶なんかじゃない。氷漬けにされた人間だ。このバカでかい結晶は数人の人間、よくよくみると法服を来た男の姿もある。


「……ラウル、これ人間だわ」


「あぁ、これ、中の人間を見ると一瞬で凍らされてる。……しかもこの氷、溶ける様子がない。普通の魔術じゃないな」


 氷を前に俺とファルティは顔を険しくしているが、魔神だけは何故か面白そうにしている。


「おやおや。おやおやおやおやおやおやおやおや?……成程そうですか」


 首をかしげた後何か頷いているが、魔神はよくわからないのでそっとしておこう。

 氷漬けの兵士を後にイレーヌの街に近づくと、イレーヌの街は中規模の都市程度の規模はあるようで、石造りの城壁がぐるりと周囲を囲っており、出入りが出来る門扉は固く閉ざされていた。篤信派が侵攻しているというのだから当然か。


「そこで止まれ、何者だ!!」


 城壁の上からそう声をかけられるが、当然見張りもいるのだろう。


「イレーヌに会いに来た。ラウルとファルティが来たと伝えてくれ」


「……天騎士殿と神弓殿?わかった、すまないがそこで待っていてくれ」


 慌てた様子で駆けていく兵士の足音を聞きながら待っていると魔神が不思議そうに聞いてきた。


「神弓殿に運んでもらって飛んで入ればよいのではないですか?」


「そんなことしたら警戒されるでしょ……」


 呆れた様なファルティが突っ込んでいると、城門が開かれた。

 城門が開き切るのを待たず、開かれた隙間から緩やかなウェーブの髪と女性らしい肉付きの……修道服でも隠し切れない身体のラインを持つ垂れ目の美女がこちらに向かって走ってきた。同じ垂れ目でもルクールは優しさや穏やかさを感じるものだったが、この女は蠱惑的な印象を受ける。


「ラウル、ファルティ!無事だったのね!」


 そう言って俺とファルティを一緒に抱擁してくる。相変わらずスキンシップが激しい奴だな。


「あぁ。……お前も無事そうで何よりだ、イレーヌ」


「えぇ、良かったわ。……正直、アンタが一番危ないと思ってたから」


 それぞれがイレーヌに向かって声をかける。


「それは……色々あったのよ。つもる話は後にして、中に入って?いつまでも城門をあけておけないから……ところで、そちらの女性は?」


 そう言って俺達の後ろで興味深そうに抱擁を眺めている魔神について聞いてくるイレーヌ。そりゃそうだ、頭に角の生えた女だから不思議に思わない方がおかしい。エルフの国だと魔神がウロウロしてても誰も気にしなかったけどエルフの皆がおおらかすぎたんだよな……。


「はじめまして聖女殿。私は魔神と申します。この世界に顕現した災厄の一つです、以後お見知りおきを」


「あら、ご丁寧にどうも。私はイレーヌ、ご存知の通りですが聖女としてラウルやファルティ、アルとあともう一人と旅をしていましたわ。宜しくお願いしますね」


 すげーなイレーヌ、魔神に対してもすんなり受け入れてる。普通災厄とかいわれてもそんなに簡単に受け入れられないだろ……話が早くて助かるが……うん……まぁいいか。


 そういってイレーヌに促されて都市の中に入ると、そこには兵士たちや大人もいたがそのほとんどが修道女が中心で、街をはしりまわっている殆どが子供達だった。人だけでなく亜人や魚人といった異種族の姿もあり、中には混血とおぼしき子供の姿もある。

 そんな中で人形を抱えながらじっと俺達を見ている薄青色の長髪をした小さな女の子と目が合った。妙に白い肌と青い瞳をしているので目立つ。


「おやおやおや。おやおやおやおやおやおや!」


 魔神がそんな声をあげながら興味深そうにその子に近寄って行こうとしたので首根っこを掴んで押しとどめる。首がしまったのかグェッと短い声を上げていたが、その間に女の子は踵を返して走り去っていった。


「何をするのですか天騎士殿?!」


「子供を怖がらせるんじゃない」


「いや、アレは――――、いえ、なんでもありません」


 俺の様子に何が面白かったのかくっくっく、と笑い始めたので、怪訝な顔をする。……魔神は本当によくわからない。


「――――それではもう少しで私が子供達と暮らしている教会につきますわ。そこでゆっくりとお話をしましょう」


 先導するイレーヌが振り返って俺達に話しかけてきたので、頷いて答える。

外の世界の惨状とは違い、ここでは子供たちが元気に走り回ったり、大人たちにも活気があり笑顔がある。……ここに至るまでにみてきた世界を思い出し、これは凄い事だ。前を歩くイレーヌの背中を見て、素直に尊敬の気持ちを抱くのだった。

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