第22話 血染めの姫君⑪~腐りきった世界で終わりへ進む~
それから暫く身体が動くようになるまでエルフの国に滞在させてもらった。
その間はファルティが部下をやったり自分で飛び回って諸外国の情報を手に入れてきてくれたのと、魔神もふらりといなくなっては独自のルートで情報を仕入れてきてくれるので、2人の情報を合わせることで情報をより確実なものとして精査しながら得ることが出来た。
今日も今日とてが俺が泊まらせてもらっている部屋でファルティや魔神と顔を合わせて世界の情勢について話していたが、出てくる話はロクでもない話ばかりで俺は思わず顔を顰めた。ファルティも苦虫をかみつぶしたような顔をしているが、魔神だけはいつものように薄笑いを浮かべているのでよくわからない。
俺達が旅の中で関わった国も国家間で戦争を始めたり、魔物に襲われたりと散々な様子なようだ。災厄を抜きにしてもこの世界色々と終わってたんじゃないだろうか、そう考えると魔王という脅威は必要悪だったのではないかとすら思える。
……魔王級の災厄が幾つも同時多発に発生している現状はもうどうしようもないが。
「ホーント、この世界って終わってるわ。災厄だ、驚異だの前に人間の内輪で領土戦争はじめたり略奪のために争い初めて、魔王を倒す前よりひどい事になってるじゃない。……イレーヌの所も色々と困ったことになってるみたいで同じ教会から攻められてるみたいよ」
そもそもイレーヌは教会所属の“聖女”なのにそれをわざわざ攻める必要なんてないだろ、まるで意味がわからんぞ。さすがにイレーヌの性癖を誅罰するために攻めるなんてバカな理由じゃないとは思うけど……。
「あんたもうっすらとは知ってるかもしれないけど教会には2つの派閥があって、教徒もそうでないものも等しく女神の愛を受ているとする“共和派”と、信徒に非ずは人にあらずの過激な“篤信派”があるのよ。
魔王討伐までは共和派が主流で折り合いをつけながら活動していたんだけれど、帝国が“篤信派”に肩入れして教会が本格的に内部分裂したの。
――――で、今は篤信派が共和派の施設や拠点を襲って篤信派への鞍替えを強いる虐殺をやってる真っ最中。鞍替えするか、死かってね。
イレーヌが所属していたのも共和派なんだけど、種族や宗教問わず幼い子供を保護して養育するイレーヌの方針を異端として篤信派が軍勢を率いて侵攻したの。イレーヌが何か勇者の事で教会に対してリアクションを起こそうとしていたって噂もあるけど」
もっと馬鹿げてふざけた理由だった。……教会に対してのリアクション、というのはアルの死に関わる事だろうか?……無茶しやがってなんて言わせてくれるなよ、1人でやろうとしないでほしい。というか俺なりファルティなりに連絡してくれ……。
「この期に及んで何をやってるんだ教会は……頭おかしいんじゃあないのか??世界中に災厄が現れている時に悠長にそんな内輪もめしてる場合かよ」
「そのあたりは後ろ盾についている帝国の力によるものが大きいみたい。どうも帝国は“災厄”を最低でもひとつ、ふたつは討滅したみたいね」
……帝国ということは、ロジェが?あの人間性最低の下種野郎が災厄を??
それもまた妙な話だ。いや……ロジェなら、例えば味方の兵士を捨て駒にして災厄を足止めしたところに味方ごと極大魔法叩き込んで諸共に爆殺とか外道戦術が躊躇なく出来る奴なので、相性次第では災厄を倒せるかもしれない。勝ちさえすれば手段や方法なんかどうでもいいというのがモットーの人でなしだったしし、性格と内面を度外視して魔法の火力という一点だけをみたら世界随一ではあるのでありえない事もないか。
「その“ロジェかぁ”って顔辞めてよ、私も同じ反応したんだから……」
「でもあいつにそんな大それたこと出来るわけないだろ、勝算がなければ真っ先に仲間を見捨てて逃げ出す男だぞ。災厄を前にしたらまず逃げ出すか裏切るだろ」
ファルティと2人で遠い目をしながら空を見上げる。ロジェには旅の間にも散々迷惑をかけられた。自分の命惜しさに仲間を見捨てることはしても、自ら危険な死地に挑むなんてことは世界がひっくり返ってもありえない男だ。……最悪、帝国ともめる事も覚悟しておかないとな。
「ハッハッハ、勇者パーティは信頼と絆で結ばれたと思ったのですがどうしようもない人もまじっていたんですねぇ!なぜ女神はそんな人間を選んだのでしょう」
「魔法の術者としての腕は本当に優秀だったんだよ……」
俺とファルティの様子がツボにはいったのか面白そうに笑っている魔神に、一応ロジェが術者としては間違いなく世界最高峰であることはフォローしておく。
自分の利益と名誉のためだけに生きていて自分より強い敵であれば真っ先に仲間を置いて逃げ出す奴であまり人を軽蔑したり嫌ったりはしないように生きているけれど生理的に受け付けない数少ない男だった。
……ロジェに関しては王国だけでなく公国の後ろでも帝国がうごいていたみたいだから帝国にはいずれいかなければいけないけれど、まずはイレーヌのところにだな。
「……俺達と違ってイレーヌは治癒の力だけで戦闘力がない。今更なんだがイレーヌが攻められているというのなら急いで向かった方がよくないか?」
「それなんだけど、そこがよくわからないのよ。どうも篤信派がイレーヌの領地を侵攻したはいいけど攻めあぐねているみたいなの」
ふむ、どういう事だろう?こういってはなんだが勇者パーティの中で最も戦闘力に乏しいのがイレーヌなんだよな。生きていてくれることと、安全であるならそれは喜ばしい事なんだけどな。
そしてそんな話をした翌日、身体も動くようになったのでエルフの国を旅立つことになった。恐らくこの国に帰ってくる事もないと思うので、友人達やお世話になった国王夫妻にも挨拶を済ませて旅立つと、森の外で月皇弓に腰かけたファルティが俺を待っていた。
「ファルティも世話になった。……それじゃな」
そう言って手を挙げると、はーとため息をつくファルティ。
「見てわかんない?私も一緒にいくわ」
「はぁ?いや、エルフの国はどうするんだよ」
ファルティの言葉に驚いて思わず素でツッコんでしまった。魔物の群れがいなくなったり公国も滅んだとはいえ一国の王女、それも実質的な次代の女王がホイホイと国開けて良いわけないだろ……。
「父様と母様に許可も貰っているわ……というより、一緒に行きなさいって。それにこの国はアンタがはった障壁の結界でガチガチに固まってるから大丈夫よ。わけのわからない障壁突破できる魔物なんてそうそういないわ」
いや、それでも……と言おうとした俺の言葉を、ファルティの元気な声が遮る。
「アンタとそこの魔神だけじゃ、何をしでかすかわからないからね!……それに一緒に旅した仲間だから、さ。アンタが“見届ける”っていうその旅には私もついていく。知ってるでしょラウル、私決めたら人の話を聞かないの」
フフンと鼻を鳴らすファルティに―――あぁ、こりゃ駄目だテコでも動かないと頭を抱える。これはファルティの言ったら譲らないモードだ。こういう子供っぽいところは変わらないなぁ。
「よいではないですか天騎士殿、神弓の範囲攻撃力は便利ですよ」
「話がややこしくなるからお前は黙ってくれないか」
話に割り込んできた魔神を叱るとショボンとした顔で静かになった。……魔神にはもっとこう人の心の機微とか空気を読むという事を学んでほしいと思う。
「……それにね、姉様はずっとアンタの事を心配してたから、あんたが変な選択をしないように私が観ていてあげるわ」
……ルクールの事を持ち出されると俺も断れない。……ズルいぞファルティ。
その言葉にもう一度、森を振り返る。
「……わかった。でも危ない真似はしてくれるなよ」
「子供じゃないんだから!!……それじゃ、行きましょ」
そう言って笑うファルティに苦笑をした後、歩いてきたエルフの森を振り返る。
――――それじゃ、さよならルクール
そう心の中で別れをつげて俺は森を出た。
また確実に終わりに近づいたな、と感じながら、次の目的地へ向かって歩きはじめた。行き先は人間同士で命の奪い合いを始めた教会の統治する地、イレーヌの自治領。
相変わらず曇天の空だったが……ファルティの鼻歌が聞こえる分だけ、王国を旅立った時よりも足取りは少しだけ軽くなっていた。
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二章・了
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