第21話 血染めの姫君⑩~そして悲恋は森に散った~
俺は泣いたまま再び意識を失ったようで、再び目を覚ますとまた数日経っていた。
良く寝たおかげかある程度体力も回復して、起き上がれるようになったが、そこにファルティが訪ねて来た。
「もう身体は大丈夫なの?」
「あぁ、心配かけてすまなかった」
俺の様子を心配げにみているファルティを安心させるように力こぶを作って見せて見せるが我ながら結構馬鹿っぽいことしてる。
「何それ?……ふふっ。まぁでも元気になったなら良いわ。改めて久しぶりね、ラウル」
「そうだな」
そうして苦笑し合った後で、俺は寝台から降りて立ち、ファルティに頭を下げる。何よりもまず、俺はファルティに断罪を受けるべきだと思うから。
「……すまんファルティ。アルを護れなかった」
「アンタが謝る事じゃないわ。アルの死に原因があるというのなら、それはアルを追い詰めた王国の所為でしょ?」
そんなファルティの言葉に、俺はファルティや―――ルクールの知る事の無かった、俺が王にアルの暗殺を指示されてアルに反乱を提案したことやアルの死の前の最後のやり取り、そして王国を見捨てて“見届け”た事を打ち明けた。
「――――これがアルの死と、その後今まであった事だ。すまない……、本当にすまない」
そう言って膝をついて首を垂れる。
「……そう、そうだったのね」
俺の言葉を噛みしめるようなファルティの声。アルを死なせたことでファルティに討たれるのならそれでも良いと思った。
「……辛かったわね、ラウル」
そう言ってファルティは俺の前で膝をつき、ゆっくりと俺を抱きしめながら背中をさすってくる。
「なら尚更謝る事なんてないわ。……アルの死に貴方の自責は必要ない。アルが辛い時に何もできなかったという点では私も一緒だもの。それよりも、この国の皆を助けてくれてありがとう」
そんなファルティの言葉に涙が零れ落ちそうになるが、その言葉の後にファルティが俺を抱く力が少し強くなる。
「……それに、謝るというなら私の方よ。私は姉様を護れなかった。……姉様は今際の際にアンタとの約束を守れない事を謝っていたわ」
……ルクール。改めてルクールを失った事を実感させられる。いつも優しかった、暖かだった女性。ファルティにとっては実の肉親を失ったのだ、その辛さは俺よりももっと重く深いものだろう。だから俺もファルティの背を抱いて赤子を宥めるようにゆっくりと叩く。
「……夢の中で彼女に言われたんだ。妹を、国を助けてくれてありがとうと。自分の死も運命だったと、誰も恨んではいなかった。本当に、最後までルクールらしいよな」
そんな俺の言葉に、身体を振るわせた後にゆっくりとすすり泣く声をあげはじめたファルティの背を叩きながら、俺も静かに泣いた。
俺もファルティも、アルやルクール―――大切な人達を護れなかった。それは誰に何を言われてもきっと、自分の心の中で自らを許せない心の棘となって残り続けるだろう。……それでも今は、こうして泣いても良いような気がするのだ。
「お話は終わりましたか?フフフ、存分に感謝してくださいませ、私が造り上げた魔剣アルベリクの力、語り継ぐと良いですよ――――あぁ、この世界は滅びるから語り継ぐもありませんね」
俺達の涙が落ち着いたころ、横から口をはさんできたのは魔神だった。完全に気配が消えていたけどそういえば部屋の隅で椅子に座っていたのだった。色々と規格外というかなんというか、あとやはり空気を読まないというか読むそぶりがないのは人ではないのだと思うのは人の心とかない……んだろうな。
魔神の言葉に気恥しくなり俺から離れるファルティ。こうしているとアルと同じ年頃の年下の少女にしかみえないが、魔神の言葉にすごく微妙な表情を浮かべている。
「魔剣アルベリク……?」
それは俺も思った。目が覚めてから成り行きで魔剣を使わせてもらっていたがその名前は本当にもう少しこう、手心というか……と思わずにはいられない。
「全て聖剣と同じ性能に設定した神造武器です、我ながら上手に出来ました!……女神の聖剣と違って振るう力に振り回されているようなのは……フフフ、何故でしょうね?」
魔神の言葉には返す言葉もない。こんなものを振るっていたんだと思うと、勇者アルベリクという存在の大きさを改めて痛感する。
「あと神弓殿、天騎士殿と抱き合うとか嫉妬で悔しくなるので今後はご遠慮くださいね。今日は御姉様に免じて目を瞑りますが」
「……感情の起伏がわけわかんないわね」
思い出したように言う魔神にファルティが困惑した顔をしている。この魔神と真面目に取り合おうとすると疲れるだけだぞ、と。
そんな2人から窓の外へと目を移して、改めて考える。
ホロヴォロスと戦ってみて改めて実感したのは、この世界に未来はないという事。今の世界の状況、世界各地で目覚めている災厄。そしてこれから目覚めるモノ。本来勇者が倒すはずだったもの達が遺されたままの世界。
――――この世界の滅びは避けられない。
あとは個々がどう終わるかだけの、死に方の違いしかない。物語でいうバッドエンドのその先の世界で、本が閉じられる終わりまでのスキマのページが今のこの世界なのだ。
ただ、イレーヌが言っていた教会のきな臭い動きや、何より帝国とロジェの事もある。まだまだ見届けることが……
「そうだ。これは姉様から、アンタへ」
窓の外を見ながら思案に耽っていた俺をファルティの声が現実へ呼び戻す。
そう言ってファルティが渡してきたのは、美しい模様を編み込まれたブレスレットだ。渡されたブレスレットからは強く優しく、何より暖かな魔力を感じる。
そっと撫でると、そこに確かにルクールの想いを感じて、再び涙腺が緩みそうになったので堪える。
「……そうだ、ルクールの墓はどこにあるんだ?」
ファルティは病み上がりだから大人しくしていろと言ったが、歩き回る程度は出来ると頼み込んでルクールの墓まで案内してもらった。
いきすがらにエルフの国の知己の顔や王国から来た友人達ともすれ違ったので、挨拶や言葉を交わした。その中でお世話になったパン屋のおやじさんも無くなったと聞かされて、再び悲しい気持ちになる。……あの人にも随分と世話になったけれども、恩返しができなかった。道中で墓前に供える花を摘みつつ、訪れた大樹の下にルクールの墓はあった。
「……それじゃ、私たちは墓所の入り口にいるから」
「えぇっ?!どうして私をひっぱっていくのですか神弓殿?!」
そう言って魔神を引っ張りながらファルティが去って行った。2人きりにしてくれたのだろう、……気を遣わせてしまってすまない。
渡されたブレスレットを左腕に巻く。エルフが想い人にブレスレットを渡す、というのは聞いていたのでこうすることが俺からの答えだとは理解していた。本当は利き腕の右腕に巻くべきか悩んだが、盾を持つ左腕の方が綺麗だと思い……これを汚したくないと思ったから。
「ありがとう、こんな俺を想ってくれて。君と一緒にいた時間は数えるほどしかないけど、君からもらったものは沢山ある。いつも暖かく優しかった君の笑顔が忘れられない。今更かもしれないけれど俺は、……君の事が好きだった。大切に想っていた。愛していたよ、ルクール」
在りし日のルクールの笑顔を思い出し、再びこぼれた涙を手の甲でぬぐう。
花を供えてから手を合わせていると風に吹かれ、促されるように空を見上げると青空を白い鳥が飛んでいくのが見えた。
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