第18話 血染めの姫君⑦~舞い降りる魔剣~
―――ごめんなさい、と謝る声が聞こえた。
“君”が謝るような事なんて、なにもないじゃないか。そう答えようとして目が覚めると、自分が光のない空間を漂っているのだとゆっくりと理解した。それと、眠っている間に泣いていたようで目尻に水滴を感じる。
『お目覚めですか天騎士殿』
魔神の声が聞こえるが返事を返す気力もない。別に意地悪をしているとかではなく、自分の一部がごっそりとなくなったような違和感を感じるからだ。……ただ、アルを死なせてからずっと感じていた陰鬱な気持ちが少しだけ楽になった気がする。
「……何が起きた?何をした?」
魔神が俺に何かをしたという事は理解が出来たので聞き返す。
『聖剣を鍛造しただけですよ?叩いたのは鋼ではなく天騎士殿の心ですが。……王国を“見届け”たおかげでとても―――えぇ、良い下地が出来ていました。女神の聖剣にも勝るとも劣らない一振りですよ、流石に気分が高揚します』
魔神の言葉を聞きながら腰に覚えのない重さを感じたので視線を動かすと、右腰に黒い柄の剣が鞘に収まっていた。……良く知る装飾を施されたその剣に思わず眉根を詰める。
アルが振るっていた聖剣と全く同じ造り、装飾。だが白と青と金の色で美しく染められていたアルの剣とは異なり、今俺の腰にあるのは光すら反射しなさそうな黒一色の剣。
よくよくみてみていると俺自身が装備している鎧も同じような黒色に変色していた。……それをみているとちりちりと頭が痛む。
『思い出そうとしないのをお勧めします。……聖剣を鋳造する間、天騎士殿は自らの心に向かい合ってもらっていました。
今、無理に思い出そうすると発狂してしまうかもしれません……いずれ時が来れば思い出しますよ、いずれね』
くっくっくと心底愉快そうに笑う魔神。本当に得体が知れないが、薄々とこの女がどんな存在なのかは見当がついてきた。少なくとも本来この世界をウロウロしていていいような存在ではない筈だ。
『それはそうと聖剣の試し斬りに丁度良い相手が居ますよ。神弓殿も死にそうになっていますしお急ぎになられた方が良いかと』
……ファルティが?胡乱な意識が覚醒し、それと同時に四肢の感覚もはっきりとする。
「ファルティが?……そうだ、すぐに行かなければ……!!」
エルフの国に向かっていたのを思い出しつつ、じたばたと手足を動かす。そもそもここは一体どこなんだ?意識を失う前の野営地か?
『現世に帰る時の帰還地点はこちらで多少融通がききますので―――サービスです』
そう言う魔神の言葉と共に浮遊感を感じ、次の瞬間にはどこかの森の外縁部、平地と森の狭間の上空に放り出されていた。ここはエルフの国がある森、か?
そう思いつつも視線の先には王国で視た巨大な竜―――ホロヴォロスが口を開けてブレスを吐こうとしている姿があり、蹲ったファルティの姿もあった。
状況でいえばホロヴォロスとファルティが交戦していたがファルティが負けた所だろうか……ホロヴォロスのダメージを見る限り相当にダメージを与えているので、圧倒的に相性不利な相手に良く闘ったと褒められるべき位だと思うが。
「……助けて。助けてよ、アル」
そんなファルティの声が聞こえた。今にも泣きそうなそんな声色に胸が苦しくなるのを感じつつ、歯を食いしばる。……あぁ、助けるさ。
ブレスが放たれるのとほぼ同時の着地だったので、即座に左腕の盾を構えつつ“天剣”の障壁を張る。
「わかった。……アルじゃなくて悪いけどな」
障壁がブレスに破壊されたが即座に障壁を再展開し、盾を押し出してブレスを押しとどめる。障壁が割られるたびに再展開を繰り返し、その度に踏ん張る足がじりじりと後退させられるが、ここで止めないと俺もファルティも蒸発必至なので歯を食いばり受け止めきった。
「ラウル?!え、あんた今どこから?」
後ろからファルティの驚くような声が聞こえるが、そこんとこだが俺にもよくわからん。 ……ただなんであれ、間一髪の所に間に合ったのは確かなので魔神には感謝をしておく。
盾越しにホロヴォロスを睨むと、ファルティへのトドメから闖入者の俺へとターゲットを変えたようで、ホロヴォロスも俺を睨みながら身体を低くして吠えてきた。
「話はあとだ、動けるか?」
「―――っ、ホロヴォロスが、軍勢を率いて、戦ったんだけど切り札を使って、でもやられて魔力が……!」
ファルティの焦りながらの言葉から大よその事態を理解する。攻めてきたホロヴォロスに初手から切り札を切って魔力切れを起こして動けないんだな?ならファルティを庇ったままやるしかない。
「わかった。……後は任せろ」
そう言ってから盾を外し、右腰の“聖剣”を引き抜く。
「それは、アルの聖剣……?」
ファルティの呟きには応えず、剣を握る力を強くする。俺が剣を抜いたことをみてホロヴォロスも再度口の中に魔力を貯め始める。またブレスが来るが、先の物よりも恐らく大きい……さっきの俺の障壁を覚えた上で、障壁ごと圧殺できるだけのブレスで焼き尽くすつもりだ。
「―――おや、わかりますかエルフの姫。亡き想い人の持ち物と同じ造形であれば、当然という事でしょうか?」
「誰?!」
「はじめまして神弓殿。私は魔神です」
そんなやり取りに振り返って見れば、いつのまにかファルティの隣に魔神が立っていた。ファルティも魔神に声をあげているが、突然近くに人(?)が現れたんだから当然か。しかし毎度ながらその魔神というのは自己紹介としては落第点だと思うけどぞ。そんな事は露知らずな魔神はマイペースにファルティを助け起こしている。
「フフフ、天騎士殿の新しい剣のお披露目です。括目してご覧くださいませ」
自慢げな魔神の声にファルティの視線が俺の握る剣に注がれる。
陽の光すら反射しない、艶も輝きもない黒い刀身には、ぞる……と黒紫の瘴気が揺らぐ。
「黒い、聖剣……?」
ファルティの驚きも当然、……そう、アルが使っていた“聖剣”と瓜二つ、鍔も、握りも、柄頭も色以外はすべてが完璧な写しの剣だから。
足を踏ん張り、柄を両手で握りながら大上段に構えると剣から“黒い光”があふれ出し、そのまま剣を振り下ろすと闇の奔流がホロヴォロスに向かっていくが、同時にホロヴォロスもブレスを吐いていた。
俺達とホロヴォロスの中間で闇とブレスがぶつかりあい、余波が暴風となって吹きすさぶ。
「天騎士殿、それは死んだ勇者の聖剣と同じ威力、同じ反動、同じ負荷に設定しておきました。―――男の子ってそういうのが好きなんでしょ?」
そんな魔神の言葉に歯噛みする。あぁ、まったく至れり尽くせりだ、……泣けるぜ。
そんな間にも剣を握る手からジワジワと黒い何かが身体を昇ってくる。
「ッ、あああああああああああああああああああああああああああッ!!」
何かに侵食される激痛に耐えながら叫ぶ程に剣から迸る闇は増していく。絶叫と共に威力を増す闇はホロヴォロスのブレスを少しずつ押し返していき、ついにはブレスの焔を吹き飛ばした。
迫る闇にホロヴォロスは身体を逸らして避けようとしたが叶わず、左肩に闇が食い込む。
闇は俺の剣の動きに合わせてそのままその身体を押しつぶすように裂いていく。
それはすり潰し、叩き潰し、ねじ切る、唸りを上げる鉄槌のような一撃。……輝きと共に鋭利に一閃していたアルの聖剣とは違う、怒りと共に力任せに引きちぎるようなもっと暴力的なものだ。
「……魔剣」
ファルティの呟きが聞こえた。……そうだな、これは聖剣じゃあ、ないよな。もっと醜く悍ましいものだ。
「正解です」
何故か満足気な魔神の声が聞こえるが今は無視する。
袈裟懸けにめり込むような傷跡ともに身体を断ち斬り、竜の身体を歪ませながらその身体を力任せに引き裂き、ホロヴォロスの断末魔が響く。
ついには左肩から右脇までを肉が断ち切れ骨が砕ける音を鳴らしながら通過し、ついにはブヂンッ、という“何か”を千切る音と共に完全に断ち切った。
あまりにも凄惨で、悍ましい、命を引き裂く一撃。
……ホロヴォロスは最期の瞬間、俺を視て口元をゆがめて逝った。満足をした、とでもいうように。災厄である竜王が何を思っていたのかはわからないが、何となくだけどそう感じた。
2つに断たれたその巨躯が地響きと共に大地に崩れ落ちる。胴から上を斜めに断たれた下半身が直立しており、断たれた先の身体は地面に転がり動かず、それぞれがぐずぐずと崩れ落ちて灰になって消えた。
そしてホロヴォロスという主が討たれたことでその軍勢は踵を返し、散り散りに逃げていく。
魔剣を地面に突き立て、肩で息をしながら灰になったホロヴォロスが霧散するのを見届けていた。
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