第19話 血染めの姫君⑧~さよなら~
聖剣……いや魔剣を使ったのは初めてだったが、体力や気力とは異なり精神力を根こそぎ持っていかれたような凄まじい疲労感がある。……アルベリクはこんなものをポンポンと連射していたのかと改めて尊敬する。お前はやっぱり間違いなく、勇者だったよ。
正直立っているのもつらい状況なのでホロヴォロスの軍勢が散り散りに逃げて行ってくれたことについては僥倖と言わざるを得ない。
「上手に斬れました!素敵ですね天騎士殿」
疲労困憊の俺とは裏腹に魔神はご満悦の様子だが、確かに聖剣と変わらないと豪語するだけある威力だったよ。今回は魔神がこの剣を与えてくれなければどうにもならなかったと思う。
「……まだよ、行かなきゃ」
俺と魔神が話をしている間にファルティは動ける程度に回復したのか、月皇弓に腰かけて飛び上がろうとしている。
「ファルティ?!お前その状態でどこに行くつもりだ」
「この国、公国にも攻められてるの。――――アルが死んだって聞いたら攻めてきて、姉様も公国の連中に殺されたわ」
……な、に?ファルティの言葉に頭の中が真っ白になる。誰が殺されたと?ファルティの言葉がさす姉様というのは他にいない。……ルクールが死んだ?
それが冗談ではない事は、今にも泣きだしそうなファルティの表情が何よりも雄弁に物語っている。
――――また俺は護れなかった。
「国の北側では今も公国と戦ってるの。……だからホロヴォロスが引き連れてきた魔物をそのまま公国の軍勢にぶつけてやるわ」
ファルティのそんな言葉も、遠く聞こえる。魔剣を手に入れてファルティとエルフの国を救う事は出来たが、ルクールを助けることはできなかった。いつもそうだ、俺は失くしてから自分がとりこぼした事を思い知らされる。
……涙を流す事なんて許されない。間に合わなかった俺にそんな権利はない、だから叫び、自分に出来る事を遂行する。
「ッ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
右手に愛用の剣を、左手に魔剣を再び握り、天剣と魔剣を発動させながら地面に突き立てる。その気になれば王国一つ囲う事が出来る天剣の防壁だが、今の俺の状態では天剣を万全に発動させられるかわからない。だから別のものを消費する魔剣も同時に発動させてエルフの王国がある森を丸ごと防壁で囲む。
「……ちょっと、ラウル?!あんた、何を―――」
「森ごと外周を囲った。これで魔物はエルフの国には入れない。回り込んで追い立てるだけで魔物は自然と公国の方へ行く」
ファルティの飛行速度なら逃げ出す軍勢に回り込むことも容易いだろう。エルフの国に侵入できない状態になったので北側に向かう様においたてればいい。そこまで考えると体力も気力も尽きたのか、視界が暗転する。
「まだだ、俺は、終わりを見届け、なければ……」
「――――お見事です、天騎士殿。今はゆっくりとお休みください」
言葉の途中で崩れ落ちそうになる身体を誰かに抱き留められる。あぁ、魔神かと思いながら俺は抗い切れず意識を手放した。
……夢を見ている。
エルフの国の大樹の下に俺は立っていて、少しだけ離れたところに彼女が居た。
王国で出会った時と変わらぬ姿で、差し込む陽の光に照らされながらほほ笑んでいる。思わず駆け寄ろうとしたけれど足が動かず、口を開くこともできない。
「妹を、国を助けて頂いてありがとうございます」
そう言って俺に向かって頭を下げるが、やめてくれと俺は声にならない声を叫ぶ。
俺は約束を守れなかった。必ず会いに行くと約束したのに俺は間に合わなかった。君を死なせてしまった。君に言わなければいけない事はたくさんあったのに、もう伝えることも叶わない。……恨んでくれ、嘘つきと罵ってくれ。そんな俺の心の中の言葉に対して、彼女は目を閉じながらゆっくりと首を左右に振る。
「いいえ。……これはきっと運命だったのです。だからラウル様が気に病むことではありません。ラウル様の選択の結果があったからこそ皆は助かったのです、だから感謝こそすれ恨むこと等ありえません」
そんな事はないんだ、俺は君を護れなかった。俺は君を、あ――――
そんな俺に少しだけ何かを言うか、言うまいかを迷った様子を見せ、眉尻を下げて困ったような寂し気な笑顔を浮かべた後に俺の瞳をまっすぐに見つめかえしてくる。
少しだけ涙の滴を浮かべた彼女の言葉が、優しく宙を舞う。
「さようならです、ラウル様。どうかご自愛くださいくださいませ」
―――――――――ルクール!!
彼女の名前を呼んだところで目が覚めた。体を起こす事はまだできないが首を動かすことくらいはできる。見渡すとエルフの国に滞在した時に使わせてもらった部屋だ……そうか、俺はエルフの国に運ばれたのか。
「お目覚めですか?おはようございます、天騎士殿。今日は良い天気ですよ」
見ると枕元では魔神が腰かけて果実を剥いていた。
「もうかれこれ一か月ほど眠り続けていたんですよ。その間に公国は魔物の群れに攻められています。……随分とうなされていましたが、良くない夢でも見られたのですか?」
「いや……悲しい夢だったよ」
公国が滅びたことに関しては何の感慨も浮かばなかったが、さっきまで見ていた夢を思い出すと自分の意志とは関係なく、涙の滴が零れるのを感じた。泣くことなど許されない筈なのに……涙など枯れたと思ったのに、と思いながら―――流れる涙を拭う事が出来ず俺は泣き続けた。
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