第17話 血染めの姫君⑥~神弓の目がみた世界Ⅳ・天騎士~


 姉様の国葬を終えた後は、戦争まっしぐらだった。


 私が敵の砦を崩壊させ、王子諸共兵士を皆殺しにしたことで隣国は国境沿いの小さな侵入を辞めて全軍を戦線に投入してきた。宣戦布告と共に姉への蛮行、その報復として王子を惨殺した事を告げると公国の王家は私を仇として付け狙うようになった。

 戦いに本腰を入れるという点ではエルフの国も同じで、私にとっては姉でありエルフの国からしたら王女を無残に殺されてたので父様も兵士たちも皆、殺る気に満ちている。

 両国ともに最早和平の道などなく、後戻りのできない戦争状態となったがあの砦の人間を根絶やしにした時点で、覚悟は出来ている。


 主人がいなくなった姉様の部屋で、大切な物入れの中に完成した手編みのブレスレットを見つけた時に涙が出た。

 誰に渡そうとしていたかなんて言うまでもない。アイツが次にこの国を訪ねてきた時に思いを打ち明けるつもりだったのだろう。

 エルフは意中の相手に手編みのブレスレットを贈り想いを伝える文化があり、それが手の込んだ物である程相手への想いを表すと古くから言われている。

 姉様が編んだそれは精美な芸術品のようで、その編み込み一つ一つに護りの加護が付与されていた。アイツの安寧と無事を祈り、人知れずこれを作っていたのだろう。

 渡される事なく、その想いとともに仕舞い込まれたブレスレットを視て、ただただやるせない気持ちになる。

 人の運命を司るという女神は一体何を考えてこんな事をするのか。姉様がなぜ死ななければならなかったの?


「……ひどいよ、こんなのあんまりだよ」


 涙と共に思わず言葉が零れる。

 ねぇラウル、アンタ今どうしてるのよ。アンタがいないうちに、姉様が死んじゃったよ……。


 そして姉様の踏み躙られた想いは、私を戦場へ駆り立てる強い原動力となって心を燃やした。

 いつだったか、ラウルが撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだ、なんて言っていたけど今の私にはその心づもりができている。あの砦の人間の家族や恋人や縁者には私を憎んで復讐に剣をとってもいい、自由とはそう言う事だから。

 もちろん私もむざむざやられるつもりはないので、例え相手が復讐に剣をとったのであれ、老若男女問わず隣国の人間であれば躊躇なく殺した。


 戦いの中では敵兵を捕らえて拷問にかけることもした。

 姉様が攫われたのは、元々公国の王がこちらとの交渉材料に姉様を攫わせたのを、馬鹿王子は攫ったから好きにして良いと解釈してあんなことをしたのが原因だったようだ。何それ、死ねばいいのに……あぁ、もう死んでるわ私が殺したんだ。


 そうして戦いが始めってから何か月たっただろうか?長命のエルフは総じて時間をあまり気にしないからハッキリは数えてないが、今も戦争は続いている。

 その間に、ムージャさんが亡くなってしまった。

 王国から逃れてきた友人たちは今ではエルフの国の民であり、エルフの皆も仲間だと思っているのだが同じ人間が姉様を惨殺したという事で負い目を感じたり、心苦しい思いをしているようだった。

 公国と戦争になったとしてもそれで人間だからと差別や区別をする事は無く、父様や母様も皆の所に足を運んで話をしたのだけれどもムージャさんはそのまま体調を崩して帰らぬ人になってしまった。エルフの国に様々な美味しいパンの概念を持ち込み、教え広めてくれたムージャさんには皆感謝しているので、恨むことも憎むこともないけれどもムージャさんは哀しみと公国への怒りで倒れて憤死してしまったのだ。

 エルフの国民はムージャさんを尊敬していたので皆、その死を悲しみ、もちろん私も哀しんだ。……姉様の事と言い、これではラウルに顔向けができない。


 そんな悲しみや苦しさから逃げるように私は最前線で戦った。しかし公国とエルフの国では圧倒的な人数と物量の差があり、また王が帝国の縁戚なので間接的に帝国のバックアップを受けているという事でこちらに対しての勝算を見出しているようだ。……確かに、毎回戦いで数百人規模の人間を吹き飛ばしているのに公国の兵士は尽きることがない。しかし帝国と言えばロジェが居るはずだけれど、本当にアイツは一体何をしているんだろう?今は確かめるすべがないけれど。


 確かに兵力差は歴然だが、こちらには私の存在がある。

 人の手の届かない高高度から地表に向けて射撃、いや爆撃を繰り返すだけで、公国の軍勢は容易く全滅する。

 公国の将兵たちは戦いのたびに、卑怯者、降りて来いと叫びながら私の矢を受けて力尽きていくのだけれども―――戦士の誉は砦に捨ててきた。

 これは害虫の駆除なのだと自分に言い聞かせ、味方の被害を出さないように人間たちを虱潰しに殺し尽すだけだ。


 局地的な戦いでは私の単機無双だけで制圧できてしまうが兵力差で負けているエルフの軍勢は、兵を失う事は極力回避なければいけない。

 何より恐ろしいのは人質を取られる事なので、一般の兵士には防御を固めてもらう事に専念してもらいつつ徐々に戦線を押し上げていく。そうやって

 相手の本国まで攻めあがり、私の神弓のスキルと月皇弓の力を全開放してこの戦争を終わらせる予定だったが、一つの凶報が知らされた。



  王国を滅ぼした竜王ホロヴォロスとその軍勢がこのエルフの国へ向かっているという事だ。

 ホロヴォロスは王国を滅ぼした後は周辺の国や砦や村々を襲撃していたようだがそれら悉くを壊滅させた後、今度はこちらに向かってきているらしい。

 エルフの国北側に位置する公国との国境に戦線がある。それに対してエルフの国の南側からホロヴォロスの軍勢は攻めてきているのでこの国は北と南で2つの軍勢に挟まれることになった。


 ……最悪だ。人間の軍勢の相手だけならどうという事は無いが、よりにもよってこんな時に、と爪を噛む。

 ホロヴォロスには私が当たるしかない。遠距離攻撃に対して耐性を持つ竜種と私の弓の相性は悪いが、泣き言を言っていられる状況でもない。

 人間との戦線がガラ空きになってしまうので人間との戦線は森の防御砦まで一旦戦線を後退させ、あとは閉じこもって堅守してもらう事とした。


 私が速攻でホロヴォロスとその軍勢を押し返すかその侵攻を諦めさせて、また人間との戦線に戻るしかない。むちゃくちゃな内容だが、この国の兵士も数では負けていても弱いわけではないから、これが一番兵の損耗が少ない。

 当然、私が不在の間に人間側も勢いにのって攻め込んでくるだろうからこれは時間との勝負になる。


「あーあ、アンタが生きてたら、こんな事にはなってなかったのかなぁ」


 今はもういない、少年を思い出しながら誰にでもなく呟き、私はホロヴォロスの軍勢が攻めてきている方角へと飛翔する。


 森の外に出て待ち構えていると黒い雲霞のようなホロヴォロスの軍勢が見えたので、最初から全力の掃射を放つ。

 矢の雨が地表とともに魔物の軍勢を吹き飛ばし、砂煙を上げて猛進していた魔物の動きが鈍るが、同時に“それ”の気配を察知し身構える。


 飛来した巨大な竜が地響きと共に着地し、その振動に大地が揺れた。城塞ほどもある超巨大な黒い竜、……これが、ホロヴォロス。

 これなら一つの国も容易く落としてしまう事も可能だろう、圧倒的な力。

 私の力を持っても、倒せるかどうかわからない―――そんな禍々しい黒い竜がこちらを睥睨していた。……明確に私を敵と見定め、狙っている。


「私が相手よ。この国に手出しはさせないんだから!」


 私はそう啖呵を切りつつ、己の心を奮い立たせるように叫ぶ。

 そしてそんな私の叫びへの回答のように、ホロヴォロスも吠えた。

 炎のブレスや、爪や牙が私を狙ってくるので月皇弓の力で高速飛行して回避しつつ、矢を撃ち返す。

 ……しかし哀しいかな、相性で私が不利なのは歴然だった。

 竜種の鱗は弓矢のような遠距離攻撃に耐性を持つため、細かな射撃ではホロヴォロスを倒せない。

 私にはアルの聖剣のような最強の一撃も、ラウルの防壁のような最高の盾もないが、旅の中で産みだされたとっておきの技がある。

 私に勝ち目があるとすれば、機先を制してその一撃にすべてをかける事だけ。

 ホロヴォロスをけん制して動きを止め、魔力で編んだ拘束の鎖で大地に縫い付けてから上空へと飛び上がる。


 弓の弦を限界まで引き絞り、矢に持てる限りの魔力を注ぎ込んで大気中の魔力を編み込む。そしてそこにさらに魔力を重ねて何重にも折り込んだ桜色の魔力塊のようなものをになった矢を“装填”。

 これが私の切り札。神弓の技と月皇弓を合わせて使う事で可能になる、周囲の魔力を取り込んで爆発的に肥大化させた魔力弾。


「――――最初から全力だけど、悪く思わないでね」


 放たれた砲撃はホロヴォロスを飲み込み、都市一つは飲み込めるほどの光の柱となり、その周囲の大地を消し飛ばして巨大なクレーターを大地に描く。

 だが……ホロヴォロスは健在だった。かなりのダメージは与えているが、相性不利もあって殺し切れていない。

 初手で切り札をきっても倒し切れなかったことに、汗が流れる。


  ―――それでも、私は倒れるわけにはいかない。いまここで私が死んだらこの国が終わってしまう。

 

 私を見上げ咆哮するホロヴォロスに歯噛みしながら、私は戦闘を続行した。

 飛び回りながら射撃してホロヴォロスにダメージを与えていく。魔力の消耗は多く、動きに精彩を欠いていく。

 そんな中の一瞬の隙を突かれ、尾の薙ぎ払いを回避しきれず直撃を受けてしまい地面へ撃ち落とされ、それでも殺し切れない威力のままに地面を転がって吹き飛ばされる。 

 受けたダメージが大きすぎるのか、すぐに立ち上がれない。ホロヴォロスが後ろ足で大地を踏みしめて立ち上がり、仁王立ちしながら魔力を口内にためているのが視える。……あれはホロヴォロスの全力のブレス。

 動けない、躱せない。魔力を込めて飛ぶにもまだ時間がかかる。

 みんな死ぬ。私も、父様も、母様も、この国の皆も死ぬ。嫌だ、いやだ。


「……助けて。助けてよ、アル」


 思わず口から出た言葉に驚く。あれだけ人間を殺したのに、死を前にしたら勇者に助けを求めるなんて、私もまた無様で愚かだ。……もうこの世界に勇者はいないのにね。

 こちらに向けてホロヴォロスのブレスが放たれ、死を覚悟しながら迫るブレスを睨んでいたその時、誰かの背中が飛び込んできた。


「わかった。……アルじゃなくて悪いけどな」


 マントはボロくなり、白と金に輝いていた鎧は艶のない黒一色に染まっているが、その背中は良く知っていたものだ。

 魔王を討伐する旅の中で、いつも見ていた背中。それが、ホロヴォロスのブレスを盾で受け止めている。


「……ラウル?!」


 天騎士ラウル。旅の仲間であり、勇者アルの親友で相棒の青年、……そしてルクール姉様の想い人がそこにいた。

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