第16話 血染めの姫君⑤~神弓の目がみた世界Ⅲ・虐殺~

 なぜ?どうして姉様がこんな死に方をしなければいけない。

 一途に想い続けた愛しい男にではなく、下劣で野蛮な奴らに穢されつくして死を願う程の責め苦を受けさせられたのか。

 わからない。わからないけど、今やるべき事だけはハッキリしている。ここからは落とし前の時間、私の手でここにいる人間たちに代価を命で払わせるという事。


 動ける兵士たちが集まってきて、私を取り囲んで何か言っている。なにをいってるんだろう?わからないなぁ、だって動物の……いえ、虫けらの言う事なんてわからないよねぇ。


「貴様、エルフか!この私の砦をこんな風にするなど許さん!!」


 上等な衣服をまとった男が兵士たちに護られながらこちらに向かって何かを喚き散らしている。あぁ、でもわかりやすく公国の紋章を刺繍されているからアレがこの砦の王子か。一際濃く姉様の匂いがする。お前か、お前が……!!


「フン、ガキが。お前もそこのエルフみたいに嬲り尽して殺してやる」


 王子が兵士たちに指示を飛ばして兵士が剣や槍を手に私を遠巻きに囲っている。そこのエルフ、というのは姉様の事か……あぁ、もう、無理。こんな下種達が存在しているのが許せない。


「ごめん、アル。私は―――人間を殺すよ」


 そういって月皇弓を構える。弦を軽く引いて放せばそれだけで目標を追尾する数十の矢が放たれ、兵士たちの心臓を射抜き、あるいは首を跳ね飛ばし、その命を奪う。

 目標を観る必要もなく、探知する範囲の中の人間へ必中で自動追尾して殺す。

 生半な実力の兵士ではその矢を視認することもできないまま着弾した矢に身体を吹き飛ばされて絶命する必殺必中の魔弾。


「姉様で楽しんだんだから―――私がお前達で楽しませてもらっても全然、ぜぇ~んぜん、問題ないわよねぇ?いいわよねぇ?」


 振り切れた怒りで笑みを浮かべ、そう嘯きながら足取り軽く歩きながら矢を放ち続け、人を殺して、殺して、殺し尽す。

 この程度の有象無象なら弓の弦を全力で引くまでもなく、弦楽器のように指先で弾く程度の魔力の矢ですら事足りる。


「あっヒィィィィィィィィィィ?!」


 一瞬で数十人の兵士が爆ぜる血袋になったのを見て王子が泣き叫び、脱兎のごとく逃げ出していった。……お前を殺すのは一番最後、全員殺してからじっくり時間をかけて殺してあげる。だから今は行ってもいいよ。


「化け物がッ!囲んで殺―――」


「王子、逃げてくだ――――」


「死ぬのは嫌―――」


 皆色々な事を言っていたけれど共通するのは最後まで言い切ることなく爆ぜて死んでいった。何せ殺さなければいけない人数が多いから悠長に待っていられない。サクサクと次へ行かないとね。


 半壊した砦からいち早く逃げ出そうとした者もいたけど、ダメダメ逃がす訳ないでしょ?穴の開いた天井の先、上空に向かって矢を放てば打ち上げられた矢が拡散し、魔力の雨として降り注ぐ。砦の外に繋がれていた馬も、逃げ出そうとしていた人間もすべて全身を幾重にも打ち抜いて即死する。外ではきっと挽肉よりもひどい死体が転がってると思う。念のためにもう何発か上空に矢を飛ばして滞空させておき、砦から出ようとした瞬間に降りそそぐ罠を設置しておいた。誰一人逃がしてやるものですか。


  小鳥が囀る早朝の森を歩くのと変わらない歩き方で、軽快なステップを踏みながら月皇弓の弦を弾き兵士達を殺戮して回る。

 時々姉様の魔力や匂いを纏った人間がいたがそういう奴らは股間を打ち抜いてから全身を矢で射抜いて少しでも多くの苦しみを与えて殺してやる。

 そんな殺戮の所為で返り血にまみれてもう全身真っ赤になっているけれど、今は気にならない。

 砦の地面も壁も天井も、私に流された人間の血で真っ赤に染まっているしね。


 隅々まで探知し入念に殺し尽してから最後のお楽しみにさっき逃げた王子の気配を探知すると、砦の隠し部屋の隅でガタガタ震えているようだ。……馬鹿だなぁ、隠し部屋なんて私の探知の前では無意味なのにね。

 壁の奥に部屋があるのはわかっているので、軽く弦を引いて少しだけ穴をあけてそこから部屋の中をのぞいてやる。


「お 待 た せ 」


 そうやって笑いながら声をかけてやると、王子は隠し部屋の奥で怯え泣いている。腰が抜けているのか、立ち上がる事すらできないようだ。


「ひゃ、ひゃめ、ひゃめろぉ!わた、わらしに手を出したら、きしゃま、どうなるかわかっているのか!!わらしは、りゃいしゃんおうじらぞ!!」


 涙と鼻水で顔をゆがめて、私に向かって剣の切っ先を突き付ける司令官。りゃいしゃんおうじ?あぁ、第三王子か。

 その割にはなんと無残で、惨めで、矮小な存在なんだろうか。こんなダニに姉様は辱めを受けて尊厳を奪われ、死を願うような責めを受けたのだと思うと心の底に黒いどろどろしたものが際限なく湧き上がってくる。


「……どうなるの?」


 なんて事が無いように小首をかしげながら質問すると、呆けた顔をして驚く王子。


「ねぇ、教えてよ。

あなたに手を出したらどうなるのか、教えてよ。

大好きな姉様をあんな姿にされて殺されたこの怒りを収めさせるだけの事なんでしょう?……ねえ、黙ってないで教えてよ!!!!!」


「びゃあああああああああああああっ?!は、はやくこいつをなんとかしろぉぉぉっ」


 私の怒鳴り声におびえながら叫ぶ王子。


「――――残念、もうこの砦には私とお前以外で生きてる奴はいないわ。お前はこれから、姉様にしたみたいに嬲り尽して殺されるのよ」


 月皇弓に矢はいらない。弦を引けば魔力で生成された矢が現れて、離せば目標に飛んでいく。そんな月皇弓に狙われていることを理解した王子が剣を捨てて、地面に額をこすりつけながら懇願する。


「ヒィィィィッ、た、助けてください!どうか、命だけは!アヒィィィッ!!し、しにたくない、しにたくない!やめてくれぇぇぇぇぇぇ!!!うたないでくださいいい!!!」


 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする姿に、復讐の殺戮で高揚していた感情がすっと冷静になる。


 ――――こんな、こんなクズに姉様は……。


 そんな私の冷たいまなざしに恐怖が限界を越えたのか、頭を下げながら私を見上げていた王子が飛びずさり、少しでも私から距離をとろうと壁にへばりつくようにしながら泣き叫ぶ。

 みれば王子の股間がじっとりとしみが広がっていた。大の大人が、小便を漏らして懇願する姿は滑稽だ。


「いいわ、撃つのはやめてあげる」


 私がため息と共に弓をおろすと安堵した表情を見せる王子だったが、代わりに指を鳴らすと魔法の荒縄がその手足を縛りあげて拘束した。驚く王子だがすぐに何かを理解したのか頷きながらしゃべりだす。


「あっ、そうか人質!!人質だな?!よ、よきゃりょう、私の為なら父上も大金を払うだろう!捕虜として丁重に扱うが――――」


 安堵の表情を浮かべる王子に、私は返事の代わりににっこり微笑みながら腰の後ろにぶら下げていたマチェットを引き抜く。


「何勘違いしてるの?あんたへの拷問はまだ始まってすらいないわ」


「ひょ?」


 私の言葉に目を点いして固まる王子。


「撃つのはやめてあげる。そのかわりに姉様がされたことと同じことをしてあげるわね」


 その言葉に王子の顔が絶望に染まる。 


「ひ、ひぃっ!いやだぁ!いやだよぉぉぉああああああっ!!!殺さないでぇぇぇぇぇ!!どうしてぼきゅがこんなめにぃぃぃぅっ!!!あああああああっ!あーっ!!!!こわいいいいいいいいいいいっ」

 

 そう狂乱する王子にこれは命乞いなのか絶叫なのか、わからないなぁと苦笑いしながらその股間を思い切り蹴りつぶす。

 ぐにゃりとしたものが潰れる感覚と共に王子が目を剥き失神していたので即座にマチェットで左腕を斬り落として痛みで覚醒させる。


「ッンアー!!!!!!!!」


 随分と間の抜けた悲鳴を上げて目を覚ました王子の髪を掴み、顔を近づけながら言い聞かせるように説明する。


「あれだけのことをして今更命乞いが通るわけがないでしょ?姉様の身体に残っていた残滓から、姉様を穢し尽くした最初の一人がお前だと私の探知ではわかっているの……楽に殺すわけないでしょ?

 この砦で生きているのはもうお前だけ。時間も気にせず―――ゆっくりして逝ってね」


 私の言葉に顔面を蒼白にして歯を鳴らし震える王子の瞳に、笑みを浮かべた私の顔が映っていた。


―――王子は、たっぷりと時間をかけて姉様と同じ状態に嬲ってから死体をその場に遺してやった。


 汚い悲鳴も懇願も不愉快だったし、ゴミ王子に因果応報の拷問をしても姉様は帰ってこないが、……ロジェが言っていたように復讐はやらないよりもやった方がスッキリするからこれでよかったのだと思う事にする。

 最後の方は壊れた人形みたいなママー、ママーと母親に助けを求める声を繰り返す人形みたいになっていたが、一軍の司令官で王子なのだからもっとマシな断末魔は無かったのかとは思うが。

 この第三王子君に敵国の王族を嬲り殺すという事が理解できていたかはわからないが、私はそれがどんな意味を持つか、理解した上で手にかけた。

 ……もう後戻りをするつもりは、ない。


 それから再度探知で砦とその周辺に生存者がいないかしっかりと確認し、間違いなく殺し尽くした事を確認する……殺戮よりも王子への復讐に時間をかけてしまったせいでもう日もおちていた。父様や母様も心配しているだろう。

 私は姉様の亡骸を布でくるんで抱え、国へと戻る。

 姉様の遺体は人に見せられるような状態ではないが、生命を終えたエルフは、エルフの森の大樹の下に埋葬する事になっているから。


 連れ帰った姉様の惨い有様に嘆く両親の姿をみながら、私は改めて人間への報復を胸に誓った。そしてこの怒りは国の皆にこの所業が伝わると同時に皆が同じ怒りを共有する事だろう。……エルフは仲間の仇を許さない。

 

 魔王が死んだ後でも神弓の力は健在だし、月皇弓もこの手あるというのに、わざわざ虎の尾を踏みにくる人間は本当に愚かだ。

 だからこれから起きるこの戦争は止まらない。

 ……どちらかの国が、亡びるまで。

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