第15話 血染めの姫君④~神弓の目がみた世界Ⅱ・悲劇~


 勇者、いやアルが死んだ。


 その悲しみから気落ちして人前に出てこなくなった私を心配し、両親や姉が様子を見に来たものの何もする元気が起きないので寝台で寝そべったまま何日も起き上がれなかった。


 勿論哀しんでいるのは私だけではない。

 出会いの時に2人に助けられたという経緯もあり、特にラウルと懇意にしていた姉様もまたアルの死を悲しみ、そしてアルが命を絶った後のラウルの事をとても心配していた。

 姉様がラウルに惹かれているのは父様や母様を含め周知の事実だったし、多分知らないのはラウルだけじゃなかろうか。

 特に旅の中でラウルが愛する人を失ってからは気落ちしたラウルを励ましていて、使い魔の鳥を飛ばしてラウルと文のやり取りをしていた。それでも全然進展しなかったのは鈍感朴念仁2号のラウルが大体全部悪いと思う……旅が終わる頃にはラウルの方も満更ではなさそうだったけど。

 ……それに姉様がこっそりと、ラウルを想ってブレスレットを編んでるのも知ってる。

 エルフの国では女性が相手を想って自身の魔力を織り込んだ魔法の糸でブレスレットを造って意中の相手に送る。そして受け取った相手はそれを腕に着けることが相手への返答とするのだ。


 私は暫く泣いて過ごしていたが、泣いて暮らしても結局何も変わらない、と配下に事の経緯を調べさせた。

 勇者であるアルの親友で、アルを護る役割の天騎士のラウルがいてみすみすアルを死なせるという事も不思議だったからだ。そして事の詳細を知ると顔を顰めるしかなかった。

 アルが愛した幼馴染は、私たちが旅をしている間に他の男にあっさり身体を許して番になり、その子を身籠もっていた。

 さらに王国の人間たちは掌を返しアルをありもしない疑惑と罪で責め立て、用済みになったアルはボロ雑巾のように棄てたところまでは確認が出来た。

 ……積み重なった出来事がアルの心を折り、殺したんだんだと思う。

 ラウルについてもやはり何かがあったのだろう。あいつがアルを裏切る筈がないというのは確信があるけど、その後の王国に残っているその意図も、心の中も、わからない。


 私が愚図愚図していたのもあり、姉様が国を代表して王国へ弔問に行ってくれて、戻ってきてから色々と王国の様子を聞かせてくれたがその中でラウルが何か思いつめているようだったと話してくれた。

 ……まぁ、それはそうだろう。アルとラウルはパーティの中でも特に仲が良かったしお互いがお互いを相棒だと言っていたし、ね。

 

 自分たちを救ってくれた存在も用が済めば切り捨てる。……あぁ、人間はなんて愚かなのだろうか。

 父様や母様が、人間に肩入れしすぎる私に対して困っていたのは、こういう事だったのか。人は美しく、そしてそれと同じくらい醜い生き物なのだとこの時私は知った。


 弔問から戻った姉様の話を聞いた後、少しずつ落ち着きが戻り、感情に押し潰されていた時間が終わり冷静になれば旅の仲間の事を考える余裕もでてききた。

 アルの訃報を聞いてあの色ボケ聖女は……悲しむんでしょうね、一応。性癖はアレな感じだけど建前上は聖女的な何かだったしあれでパーティーの中では比較的真っ当な考え方をしていたから。

 旅の中で背丈がのび顔つきが大人らしく成長したアルを、「これでは初老ですわ!!!」なんて本気で泣きながら嘆いた時はラウルと一緒になってドン引きしたなぁ。部下の知らせに教会との関係が悪化しているとあったのが気になる。


 ロジェは……あの強欲野郎はアルが死んだことにも興味なさそう。

 そんな事より自分の地位と名誉と金子の事に必死そうだろうし、帝国に所属していることを考えるとアイツが裏で何か……いや、どうだろう。憶測で物を言ってはいけない。一応、旅の仲間だし。

 

 やっぱり気がかりなのはラウルだった。

 旅の最中で大切な人を奪われて心が壊れかけていたアイツは、アルを護る事やパーティの仲間との友情を大切にしていたように思う。

 だからこそ今どんな感情で居るんだろうと心配になる。

 アルを死なせてしまった自責で何かおかしなことになっていないか、という不安があり、便りを飛ばそうか……もしくは直接会いに行こうかと段取りをしはじめたところで、それができない状況に陥ってしまった。

 

 ――――領土を隣接する人間の国・タガル公国がエルフの森へと侵攻する動きをみせてきたのだ。

 

 エルフの国は森の中にあり、隣接する人間の国とは森の資源を狙われて昔から小競り合いを繰り返す関係だった。

 だが魔王の軍勢が世を騒がせるようになってから幾度となく魔王軍に襲われ、疲弊したタガル公国の公王がエルフの国に和睦と共に救援を乞うてきたことで、魔王という共通の敵の存在もあって“勇者”の仲裁のもとエルフの国との相互不可侵条約を結んだのだ。

 以降、公国が魔物に襲われたときにはエルフの国から救けを出して魔王軍の襲来を乗り切ったのだけれども、魔王という脅威がなくなり調停役の勇者もいなくなるや否や欲をむき出しにして手の平を返してきた。本当に、恩知らずな連中だ。

 ……思い返すと救援に出していたのは遠距離から攻撃が出来る弓兵や魔術師による支援にとどめおいてエルフの国の兵士に被害が出ないようにしていたのは父様もこうなる可能性を考えていたからかもしれない。


 そんな風にタガルの連中が不穏な動きを見せる中で王国が滅んだと聞いた。どうやら新たな脅威、ホロヴォロスという竜王が現れて王国を焦土にしたらしいが

その直前に私を含め勇者パーティが懇意にしていた王国の友人達数名がエルフの国へ逃がされてきた。これは姉様がラウルに頼まれていたとの事……姉様はラウルの頼みには弱いからね、私としても親しい人が助かって嬉しい誤算だったけれども。


 ある夜、私の部屋にお喋りに来た姉様に、ラウルに甘いというか弱い気がするのを指摘すると顔を耳まで真っ赤にしながら語ってくれた。


「ラウル様は……色々な事を背負い込む人だから。責任感が強いのかもしれないけれど、自分がやるべきと定めた事、やらなければいけないと決めたことを無理をしてでもやり切ろうとしてしまうわ。……だから心配だし、傍で支えてあげたい。私にできる事なら力になって差し上げたいの」


「それ、直接ラウルに言ってあげなよ。っていうか折角弔問に行った後にラウルと2人きりで話す機会があったのならそうやってグイグイいけばよかったじゃない」


 姉様をジト目で見ながら思わず言ってしまう。そういう事はこんなところで妹の私に言ってないで、ブレスレットを渡してそれを一言一句違えずに言ってほしい。私はラウルを義兄上って呼ぶことになっても別に構わないんだからさ。

 そういえば王国が滅びてしばらくした後からラウルに手紙が届かなくなったと姉様が心配して護衛の騎士団をつれて何度かラウルを探しに行っていた。

 ……あいつがどこで寄り道しているのかかわからないけど、そうそう簡単に死ぬようなヤワな奴じゃないだろうし心配はいらないと思うけどね。


 そうしてエルフの国に向かっていた筈のラウルと連絡が取れなくなり、タガルとの緊張感が増していく中でも良い事もある。王国から逃れてきたパン屋のおじさんがエルフの国でパンを焼きはじめてくれた事だ。

 この国では衣食住に困らない生活なので、半ば趣味でやっているのだろうけれどもおじさんは美味しいパンを焼いては配ってくれている。

 パン屋のおじさんことムージャさんは王国で暮らすようになったラウルが冒険者になるまでの間、お店の手伝いをさせてもらっていた長い付き合いの人だとっていた。

 亡命してきた他の友人達も皆それぞれにエルフの国の生活に溶け込んでいるようで、こういう時にこの森に生きる命は皆平等に差別も区別もしないエルフのものの考え方に助けられたと思う。

 というわけで日々の巡回を終えた後はムージャさんの所に寄って、パンを貰って世間話をするのが最近の私の密かな楽しみ。

 話の話題は色々とあるけれども、ラウルと姉様の事でやきもきする事が多い。

 父様も母様も相手がラウルなら構わないとやんわりと態度で表しているので姉様にはラウルにもっと押して押してで行ってほしいところ。


「俺は妻も子も流行り病で亡くしちまったからなぁ。だからラウルとお姫様の結婚式には、でっけぇ“うえでぃんぐけえき”ってのを作ってやりてぇんだ」


「うえでぃんぐけえき?何それ初めて聞いたわ」


「昔ラウルに聞いたんだよ……結婚式にはそういう名前の装飾した焼菓子を出すんだってな。で、新郎と新婦が2人で一緒に刃物を持ってそれを切るって風習があるんだとよ」


「あははっ、いいわねそれ。ラウルと姉様が一緒に天剣で焼菓子を斬るのかしら?面白いじゃない!!2人の結婚式には是非お願いするわ」


 そういってムージャさんと盛り上がっていたところで、私を探していた兵士が駆け込んできた。


「ファルティ様、ルクール様が、姫様がタガルに攫われました!!」


 聞けば、 森に侵入してきたタガルの部隊が姉様を攫っていったようだ。その場には護衛もいたがほとんどが殺され、生き延びた護衛の一人が状況を伝えてから息絶えた。

 誘拐現場には殺れた護衛兵の他に、タガルの王族の麾下の将兵の死体もあったそうだ。

 ムジャさんとの話を切り上げ城に帰ると、敵に攫われた姉様をどうやって助け出すかについて将軍たちが議論していたが、そんなもの私一人で奇襲して助け出せばいいだけだし姉様の魔力を追えば居場所も簡単にわかる。


 議論する時間が惜しいと私は月皇弓に腰かけて飛び上がり、止める声を無視して姉様の痕跡を追跡した。

 ……姉様が攫われた先は国境付近にある砦だった。たしかこの砦はタガルの王子が指揮していたと思うが、一国の王女を攫ったのだから多少の損害は覚悟してもらう。

 砦の奥に姉様の魔力を感じここに運ばれたことが間違いがないと確認できたので、高高度から神弓の技で砦を爆撃する。砦に穴が空いて豪快に吹き飛ぶが、死者が出ない程度に火力は抑えてある。

 そうして空いた穴から砦に侵入し姉様を発見した後、私は目を覆いたくなる光景を見た。


 ―――攫われたルクール姉様は、見るも無残な姿になっていた。


 一糸まとわぬ姿の身体の所々が欠損し、男たちに散々に弄ばれた跡がある。

 腫れ上がった顔と潰された目でその美貌は失われ、わずかに胸が上下に動くことで生きていることがかろうじてわかる、そんな状態。凌辱の限りを尽くされて尊厳を奪い尽くされた姿だった。


「ねえ、さま……」


 そんな姉様を前にして、それだけ言うのがやっとだった。あまりにも酷いその姿に震えながら跪き、もう自ら起き上がる事の出来ない有様になっている姉の身体を抱き抱えると、姉様が短く言葉を発した。


「ころして」


 嫌だ、いやだと流れる涙のままに姉様を抱きしめるが、姉様の魔力が体温と共に徐々に失われていくのを感じる。だめ、いかないで、いっちゃやだ、姉様。そんな私の嘆きに姉様が呟やく。


「あのひとに、やくそくをまもれなくてごめんなさいと、つたえて――――」


 そして最後に、愛しているわファルティと私の名前を呼んだ後……姉様の身体から全ての魔力が消えて失せ、命を終えた。


 ―――最愛の姉を奪われた。


 あまりにもあっけなく、そして理不尽に姉様を奪われた。それは私の心を押しとどめていた最後の一線を踏み越えさせるには、十分すぎるものだ……だから私は涙を流し、姉様の血で服を真っ赤に染めながら吠える。


「許さない……よくも姉様をこんな目に遭わせてくれたわね。殺す、殺してやる!!この砦にいる奴は一匹残らず皆殺しだ!!!!!!!」

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