第14話 血染めの姫君③~神弓の目がみた世界Ⅰ・追想~

 ――――あの日“勇者”が私を連れ出すまで、外界との関わりに疎いエルフの国で私は退屈な毎日を過ごしていた。


 神代から続くと言われるエルフの国は深い森の中にあり、大地の恵みを潤沢に受け自給自足で何不自由ない生活が約束されている。

 指導者としてしっかりと民を導く父、心優しい母、そして母の優しさを色濃くついいだ穏やかな性格に加えて絶世の美女と言われる程に美しい姉。家族にも恵まれた中でエルフの国の第二王女としての“私”がやる事は驚くほど無かった。

 家族が愛してくれた以上に私も家族を愛しているという事だけれど、家族全員が飛びぬけて優秀だとそれはそれで困るというぜいたくな悩みだ。


 私のやる事と言えば日々の森の巡回位。

 エルフ特有の膨大な魔力と、持って生まれた射手のセンスからエルフの国に伝わる伝説の武器『月皇弓(げっこうきゅう)』の担い手に選ばれたことで、森の中に徳時出現する強力な魔物の討伐をすることはあったがそれもごくまれな事だ。

 一日前も一か月前も一年前も、どこまでも変わり映えのしない退屈な毎日という意味では同じようなものだった。だから瞳を閉じれば、今でも鮮明に旅の光景が思い出せる。


 以前から国の外では魔王という存在が暴れまわっているという事は聞いていた。

 そんな魔王を討てという女神の啓示と共に“神弓”に選ばれたことについても、この世界において私以上の射手はいないだろうという確信はあったし……既に月皇弓を使う私からしたら“神弓”というのも使える技が増えた程度のものでしかない。


 ただ、お告げにあった、私を迎えに来る勇者と天騎士はどんな連中なのだろうかという興味はあったのでワクワクしながら待っていたら――――訪ねてきたのはまだ少年と言ってもいいあどけない顔立ちの金の髪を持つ優し気な少年と、黒髪に茶色い瞳をしたどこか気だるげな青年だった。

 どちらも顔はそれなりに整っているほうだが華のない地味な出で立ちで、お世辞にも強さを感じなかったので、これが“勇者”と“天騎士か、とがっかりしてしまった。


 2人が国を訪れると時を同じくして『ルクール姉様が魔王軍に攫われた』という伝令が飛んできたが、それを聞いた勇者の少年は自己紹介もまだなのに天騎士を引っ張って駆け出して行った。

 我に返った私はあいつらバカなの?アホなの?と唖然としながら後を追いかけたが、2人はびっくりするほど足が早くて追いつけなかった。……後で聞いたら天騎士の身体強化魔法だったけど、月皇弓に乗って飛ぶより速いって天騎士の強化も結構ヤバいわよ。

 そうしてようやく追いついたら平原を移動していた魔王軍の真ん中で“聖剣”を連射してる勇者がいた。バカスカと聖剣の光が飛び交い、吹き飛ばされる魔物達。

 その後ろでルクール姉様を抱えた天騎士が姉様を護りながら走っている……多分勇者に文句を言ってるのだと思うけどそれは文句の一つもいいたくなるだろうなぁ……と。軍勢の中にはそれなりに強い魔物もいたようだが、姉様を抱えた天騎士は防げない攻撃でも自分の身体を盾にして受け止めて姉様を死守しているので、あの中で姉様は傷ひとつない……代わりに天騎士の背や腕に矢や剣が刺さっているけど。


「ふぅん、あれが勇者と天騎士か。……まぁ、悪くないかな」


 そんな感想を抱きながら援護射撃を飛ばして魔物の群れを外側から吹き飛ばして退路を作ってやった。


 姉様を救出しついでに魔王軍の軍勢も殲滅した後、エルフの国に帰ってきてからようやくの自己紹介となった……勇者も怪我をしていたけど天騎士の方は満身創痍で、横たわる天騎士に姉様が治癒魔法で傷を癒しながらの自己紹介になったのは今思い出しても笑い種だけど。

 勇者の少年はアルベリクと、そんな勇者を護る天騎士はラウルとそれぞれが名乗り、私も“神弓のファルティ”と自己紹介をした。

 いざ近くで見てみれば勇者は穏やかで朗らかで、おおよそ戦いに向いているとは思えないようにしか見えなかったのと、人懐っこい第一印象だった。

 そのくせ戦闘になったらさっきみたいな無茶するし、コイツが勇者で大丈夫?と不安になったが、私に手を伸ばしながら満面の笑顔で言った言葉は、少しだけ心が動いた。


「よろしくファルティ。皆で一緒に世界を旅しよう!」


 世界を旅する、という言葉は魅力的だった。

 閉じた世界、退屈なエルフの森の毎日から連れ出してくれることに心の中で少しだけ感謝をしながら、私はその手を握り返した。


 そんな“勇者”アルベリクとは背丈も見た目の歳も近かったもあり、私達は何かとよく行動を共にしていた。その中で毎回アルベリクという長ったらしい名前を呼ぶのも面倒になったので、私は“アル”と短く縮めてその名前を呼ぶようになった。


 アルは戦いに向いているは思えない優しすぎる性格と、命が失われないようにと他人の命には必死になるのに自分の事になると抜けている子だった。

 その上何事も頑張り過ぎて危なっかしいところがあって放っておけないので、旅の中でいつしか常にアルを気にかけるようになっていき、戦いの時もそうでない時もいつも目でアルを追うようになっていた。


 誰かの笑顔が好きで、静かな時間を過ごすことを愛している子供のアルに、何故勇者という重荷を背負わせたのかという事については今でも女神に対して文句を言ってやりたくなる。いっそ、長命故に総じて他者への思いやりや関心に乏しいエルフの剣士でも勇者にしておけば、事務的に勇者の仕事を遂行しただろうに。

 とはいえアルの優しいところは私にとっては好ましいものだった。


 旅の中でアルはあっという間に成長していった……エルフの1/10以下の寿命しかない人間は、あっという間に成長する。

 あどけない顔立ちの少年は精悍な顔つきになり、旅立ちの頃には同じくらいの身長だった筈が背丈も伸びて、その顔を見上げなければいけないほどの差になっていた。

 少年と青年の間の儚さと美しさを宿す美男子に成長したアルは、旅の行く先々で人目を引いた。

 同時にその成長速度の違いは、悠久に近い時間を生きる私とはほんの50年程度の時間しか一緒に生きることができないというアルとの違いを感じさせてどうしようもなく哀しかった。


 旅の中、西日にきらきらとひかる水面の輝きをみつめながら何かを―――もしかしたら故郷に残してきた恋人の事を―――想うアルの横顔は見惚れてしまいそうなほどに美しかった。

 話しかけようと思ったけれど、言葉が出ない。私の緩慢な心臓の鼓動が少しだけ早くなるのを感じて、その時がきっと……恋に落ちた瞬間だった。


 魔王討伐の旅は良い事も悪い事もあったけれど、それでも―――美しいものをたくさん観た。エルフの国にいては知る事が出来なかったことばかりで、それらは自分の価値観を変える経験だった。

 そんな私の心を両親は喜ぶべきか、窘めるべきか迷っていたようだけど、私は世界を見る事が出来て良かったと思う。


 魔王を倒し王都への凱旋を終えた後、私はエルフの国へと帰る事になった。

 人の寿命が尽きるまで、ほんの50年くらいだしこのままアル達と一緒に暮らしていてもいいだろうと思ったけれども両親から国に戻るように強く言われ、私が王族である事を持ち出されたら折れるしかなかった。

 そうして国へ帰る最後の夜、私はアルと2人で話をした。……星の綺麗な夜だった。

 

「ねぇ、やっぱり、幼馴染の事が好きなの?」


 アルの顔を見上げながらそう言って問いかけた私の言葉に、心底驚いたような顔をするアル。そういう所だぞアルぅ!この朴念仁!鈍感っぷりもきっと世界一なんじゃないかしら。

 そんなアルは驚きから落ちつくと、その言葉の意味に目を閉じて―――それからハッキリと強い意志をこめ、私を見つめ返しながら答えた。


「うん。……ごめんね、ファルティ」


 ……やっぱり、ね。知ってた。

 あーあー、ふられちゃったかぁと内心ではため息をつきながらも、ここで手のひらをかえして私に靡くような子だったらきっと惹かれてはいなかっただろうから、恋というものは難しく度し難いと苦笑するしかなかった。


「そ。それじゃあせいぜい、幸せになりなさいよ。アンタは辛い思いも苦しい想いもたくさんして、ようやく世界を救ったんだから……その分だけ、うぅん、それ以上に幸せになる権利があるんだから」


 私は旅で得た沢山の宝石のような時間と、得難い思い出や出会いと、そしてほんの少しの失恋の痛みを得て、エルフの国へと帰った。


 ……今思えばなんて残酷な言葉だったんだろう。その時はまさか幼馴染が既にアルを裏切って他の男に寝取られているなんて知らなかったから。


 私が国に帰ってきて少し経ったある日の事、エルフの国にその報が届いた。


――――“勇者”が死んだ、と。


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