第13話 血染めの姫君②~闇に沈む天騎士~
王都を旅立ってから何日か経ち、エルフの国へも大分近づいてきた。
エルフの国は深い森の中にあるので、近づくほどに平野から森林地帯へと変わっていくので移動は日中に絞り、夜間は暖を取りながら結界を張って休むようにしていた。今日も夜になったのでたき火を炊きながら野営をしていると、魔神が俺をじっと見てきた。
「なんだ、俺に何か言いたい事でもあるのか?」
そんな俺の言葉にこくり、と魔神が頷く。
「黒の竜王……ホロヴォロスの軍勢は、今の所王国の周りの国や村を襲っているようですが、やがてエルフの国へと至るでしょう。もしも彼らがエルフの国を襲うとしたら、天騎士殿はどうされるおつもりですか?」
「……戦うだろうな」
そんな俺の言葉に、おや?と首をかしげる魔神。
「おやおやおや。おやおやおやおや?王国は滅びるのを見届けて、エルフの国は助けるのですか?――――矛盾していませんか?」
「……そうかもしれない。でもきっと、理屈じゃない。いざエルフの国が襲われて、ファルティやルクール達が危険だってなったら……俺は盾を構えると思う。それに、ファルティ達を“見届ける”対象だとは思っていないってのもある」
俺が見届けるべきはアルベリクを死に追いやった者達で、そこにエルフの国の皆は含まれていない。むしろ俺が手間と迷惑をかけている側だと思うから。
「ふゥむ、なるほど。その心の矛盾が私を惹きつけたのかもしれませんね。……ですが、天騎士殿と竜王がぶつかってもよくて相打ちが八割、後の二割は犬死ですよ?」
「そんな事は理解ってるさ」
王都で奴と視線を交わした時から、奴と戦ったとして俺にできるのは死力を尽くしたとしても相打ちになるのが精いっぱいだというのは知っていた。
竜種は強固な鱗による守りと吐息(ブレス)、他にも強靭な四肢による近接戦闘とこの世界の魔物における最上位種である。
その中でもあの巨体と都市一つを焦土と化すほどの力、間違いなく竜種の中でも最強に君臨する存在だ。
本来、天騎士の天剣は自身の強化と守りの力を持って盾役を務める能力であって、剣技こそあれどその火力は竜種のような自身よりも格上の存在と戦うには火力不足だ。
だから俺がもしホロヴォロスと戦うとなったらあの巨大な竜相手に自分の耐久を削りながらの消耗戦を強いられるので、勝算と言っても、ジリ貧になりながら相打ってやっとだろう。
同じようにファルティの神弓も飛び道具に対する耐性を持つ竜の鱗には威力を軽減されて決定打にはならないが、それでもファルティがぶつかるよりは勝ちの目があるのは確かだが……。
「困りましたねぇ、……私はあんな竜王に天騎士殿を倒されてしまってはつまらないのですが。それでは魔王軍と戦っていた時に竜種と戦った時はどうやって倒していたんですか?
「……“勇者”の聖剣だよ」
聖剣―――それは、竜種の鱗であっても紙切れのように断ち切る綺羅星のような輝き。魔王討伐の旅の中で何度もみた、勇者パーティの切り札にして最強の力。
「そうですか、勇者の聖剣。では、それを用意するのがよさそうですね」
何でもない事のように、そして良い案を閃いたと頷く魔神。
「お前は一体、何を言ってるんだ?」
「――――世界最強の暴力装置を、天騎士殿に持っていただくことにしましょう」
そう言って笑みを浮かべたまま、ぱんっ、と掌を合わせる魔神の動きに合わせて、たき火が消えて周囲が暗く……いや、一瞬のうちに闇の中に沈んでいた。
「この闇は天騎士殿の心の闇、世界の狭間です。
女神が世界への祈りと希望で剣を産みだしたのであれば、私は一人の人間の内なる心と絶望から剣を造りましょう。女神が聖剣を産みだしたのとは真逆の生成方法ですが、造るのが私なので―――出力されるものの威力は同等の筈ですよ、天騎士殿」
俺の前で上下逆さまに、空中に立つ魔神がそういいながら愉快そうに俺を視る。その言葉の端々に意味深なものを感じつつも、何をどこから言葉として返せばいいのかわからず言葉に詰まる。
「こういった事をするのは初めての体験なので私も胸が躍ります。天騎士殿の心から生み出される“聖剣”は、はたしてどんなモノなのでしょうね」
そんな俺の様子を気にする事もなく、にこにこと笑みを浮かべながら朗々と言葉を紡ぐその姿に、俺は得体のしれない恐怖と共に、初めてこの魔神に畏怖を感じる。そもそも魔神、というものは何なのだ?この世界を守護する女神に対して何故この魔神はこうも気安いのだろう。今までこの世界に魔神、という概念は観たことも聞いたこともなかった。
「お前は……何なんだ?」
やっとの事で絞り出した言葉がそれだった。我ながらなんて間の抜けた言葉だと思うが、そんな俺の言葉にいつもと変わらない様子で返事が返ってくる。
「―――魔神ですよ?それ以上でも、それ以下でもありません」
そして俺の意識は、闇の中に沈んだ。
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