2章 エルフの国の災禍
第12話 血染めの姫君①~呪詛の記憶~
王国を旅立ちエルフの国を目指して歩く中で、魔物に襲撃された村の跡地や、村や砦逃げ出したがあえなく魔物においつかれて殺されたであろう人間たちの遺体を幾つも見つけた。
生憎とそのすべてを弔ってやるほどの時間も余裕もなかったので、手を合わせる事はして捨て置くしかなかった。
……大量発生した魔物の侵攻は予想以上のようで、王国の周囲の国の近くにもその手は伸びているかもしれない。さすがに王国が陥ちたことは伝わっているだろうから、他の国は組織として抵抗するだろう。もしかしたらロジェやイレーヌには再度招集がかかっているかもしれないな。
ある時、ルクールの飛ばした鳥が俺を見つけて手紙を送ってきてくれた事あった。
エルフの国に保護をお願いした友人たちは無事辿り着き、エルフの国で穏やかに暮らしているようで、良い報を聞いた。
パン屋のおやじはエルフの国でも焼き菓子やパンを焼くことを始めた等、皆の近況について書かれた後には俺を心配する言葉がつづられていた。
なぜ王国が堕ちたかや、あの時俺の家を訪ねてきた時の“その後の事”について触れてこないのは何かを察しているからなのか、それとも俺が自分から言うまでは聞かないでいてくれるのか。どちらにせよ、ルクールには直接会った時に包み隠さず話そうと思う。
彼女の好意と優しさにはきちんと向き合わなければいけない。
そうやって手紙の返事を鳥に託した後再び歩きはじめて暫くしての事。
「そうだ、天騎士殿の故郷はどんなところだったのですか?」
俺の隣を歩いていた魔神が、何の気なしにそんな事を聞いてきた。俺と同じ距離を歩いているのに息ひとつ乱してないのは魔神たる所以だろうか?別に無視しても良かったが、ただ無言で歩くというのも変わり映えがしないので――――もしくはほんの気まぐれか、昔を思い出しながら答えた。
「王国の近くの小さな村だったよ。魔物に襲われて住人が結構死んで、俺は幼馴染や生き延びた大人と一緒に王国に逃げ込んで暮らしていたんだ。だから故郷という場所はもうないな」
そう、アルに幼馴染がいたように俺にも幼馴染がいたんだ。俺と一緒に村の中や野山を駆け回るのが好きな活発な娘だった。
「幼馴染!天騎士殿にも幼馴染がいたのですか。……ということはその方は先ほどの王国で落命されたのですか?」
「……いや、アイツは、ジャニスはもういない。俺が天騎士になる前は一緒に冒険者パーティを組んでいた事もあったけど、俺が旅立った後は王国の警邏隊に転職してな。
だけど魔王の軍に襲撃されて攫われた。次に会った時は……人類を裏切り魔王の配下、紫色の肌にツノを生やした魔族になって俺達の前に立ち塞がったんだ」
今となっては過ぎ去った事で、あのときああしていたらという事を言っても仕方がない後悔ではある。ジャニスと俺は幼馴染で恋人だった……もしかしたらアルと同じように戦いから帰ったら一緒になるという未来もあったのかもしれないが、攫われたジャニスは魔王の与える快楽と力に溺れて人間を辞めて、魔族へと転生していた。
与えられた力に溺れて幾つもの国を襲い、そして壊滅させたジャニスは魔王軍の幹部と呼ばれるまでの存在になっており、その犠牲になった将兵や民は万をくだらなかっただろう。……ジャニスと再会した時点で、アイツは看過できる存在ではなくなっていた。
俺の親しい人間だったから狙われたという点についてはとばっちりで、ジャニスには恨まれても仕方がないと思う。その点についてはすまない……、本当にすまない……と思い出すたびに心苦しくなる。
……だがそれでも、魔族となり多すぎる人を殺戮したジャニスを止めるには討つしかなかった。
「それでご自身の手で討たれたのですね」
顛末を察したのか、魔神が俺の言葉の先を読んで言ってくる。やはりこの魔神、感が良いというよりも鋭い。
「他の仲間にそんな業を背負わせることはできないし、ジャニスが魔族になったのは俺に原因があったからな」
こんなところで赤の他人、いや赤の魔神にそんな事を言ってもどうにもならないが、あの時の事を思い出してつい空を見上げてしまう。
「そうですか。……その方は最後に天騎士殿に討たれて人の心を取り戻したのでしょうか?」
「いや、俺のせいで攫われて魔族になったと恨んで、呪いの言葉を叫びながら逝ったよ」
―――死ね、呪われろクズが!!お前が幼馴染だったせいで私は攫われて魔族になったんだ!私は何も悪くない、そう、おまえさえいなければこんな事にはならなかった!私が魔王に抱かれて堕ちたのも人を殺戮したのも何もかも全部お前が悪い!それなのに私を斬るつもりなの、このクズ!!
地獄に堕ちろ、最低の外道!!許さない、私はお前を許さない!英雄に呪いあれ、お前の魂に穢れあれっ!いつか絶望の淵で死ぬときにこの私の怨嗟を思い出せぇぇぇぇぇぇぇっ!!
ジャニスの最期の断末魔、怨嗟の呪詛を思い出す。
目から血涙を流し、俺の剣に心臓を貫かれて尻もちをつき崩れていく自身の身体を嘆きながら最期の瞬間まで俺に呪いの言葉を投げ続けていた。
……天の力を持つ守護の騎士なんて大層な肩書があっても、大事なものは守れなかった。魔王を討って世界を救ったのも皆を率いた“勇者”がいたからこそで、俺はただ盾として働いたにすぎない。
「……お労しや天騎士殿」
暗く沈む俺の思考を断ち切るように、魔神が声をかけてくる。その声が酷く優しく感じて、余計に辛い。
……あぁ、エルフの国への道は半ば程でまだまだ遠い。今にも雨が降り出しそうな灰色の空を見上げながら、俺は唇を噛んだ。
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