第5話 勇者は自ら命を絶った⑤~愚か者の独白~

 ―――勇者アルベリクと私の関係は幼馴染から始まった。


 私に名付けられたミレイユという名前は昔々のおとぎ話に出てくる勇者の恋人から取ったのだと、お母さんはいっていた。

 人口100人にも満たない小さな村では同じ世代の子供の数も少なく、年が近いのは私と、アルベリク―――“アル”と、村長の息子のポルカスの3人だけだった。

 いつも穏やかで優しいアルの事が大好きで、何をするときも一緒だった。

 2人の関係は幼馴染から恋人になり、そして成人を前にしたときにはいずれ夫婦になる……事実上の婚約者として扱われていた。


 そんな関係が変わったのは、世の中に“魔王”が現れて、アルが“勇者”に選ばれたから。勇者として旅だったアルを見送って最初は手紙のやり取りをしていたけれど、次第に不安になってきた。アルはいつになったら帰ってくるのか?そもそも、途中で死んでしまうのではないか?本当に魔王なんて倒せるのか。

 そんな私に寄り添ってくれたのがポルカスだった。


「子供のころからずっと思っていたけど、君は可愛い。王都の貴族達だって敵わない。だけど、いつまでアルを待つつもりなんだい?1年?5年?10年?アルは魔王を倒すまで帰ってこない。その間ずっと待つつもりなのか?折角の美しさも若さも、ただじっと待つだけで浪費するつもりなのか?」


 ポルカスの言葉に私は答えられなかった。それからポルカスは私の傍で愛を囁き、私の不安な心を落ち着かせるたくさんの言葉をくれた。

 王都まで連れて言ってくれて、綺麗な服を買ってくれて、街を歩けば道行く人たちが私の美しさに振り返って、私が非凡な美貌を持っていることを知った。


 ……だから私はアルではなくポルカスを選んだ。


 そもそもアルが旅に出て私を1人にするのが悪い。

 旅の中で命を落とすかもしれない。

 そして待っている間にも私の時間は失われて行く。


 だから私が現実を視てポルカスを選ぶのはごく自然な事であり、私を置いていった彼に全ての責任があるのだ。


――――だけどまさか、2年足らずでアルが魔王を倒して帰ってくるなんて思わなかった。


 アルが本当に世界を救った英雄になったと知ったときは、驚きと後悔が襲ってきた。……どうしよう。アルに責められたら。もしも罰せられたら、と。

 だが“勇者”は私の選択を責めることはしなかった。一緒にいた天騎士が肌で感じるほどの殺意を噴出したときは恐怖に振るえたが、それもアルが制止していた。


……ゆ、許された。


 安堵と共に村を去るアル達を見送り、胸をなでおろした。そしてその夜はポルカスとの愛に燃え上がった。


「ハハハハハ!みたか今日のアルの顔!今にも泣きそうなみっともねぇ顔でよぉ、俺はずっとあいつが邪魔だったんだ!同じ幼馴染なのにお前を侍らせやがって、俺の方が金もあるし家柄だっていいんだ。あんな奴にお前は勿体無えよなぁ!勇者だか何だか知らねえけどすごすご帰って行くあいつは結局弱虫の負け犬野郎なんだ、笑えるよなぁ!!」


「本当ね、結局アルは優しいだけの男で、恋人を不安にさせるしょうもない男だったって事ね!やっぱり貴方を選んで正解だったわ!!」 


 許されたという安堵と、“勇者”を蔑み侮蔑することが出来た優越感に自己肯定感を満たされて、私たちは村での平和な日々を享受していた。小さな村だけど未来の村長の妻してそれなりに裕福な生活は約束されて、何不自由のない暮らしは私にとって十分すぎる。そう、私たちは、人生の勝ち組!


―――――そのはずだったのに。


 村から逃げ出す暇も時間の猶予もまともにないまま、今この村は魔物の群れに迫られている。

 もう駄目だと絶望しかけた時に天騎士がきたので、これでコイツが私たちを護るから安心と思っていたらあろうことか“見届けるだけ”とか非道極まりない事をのたまいはじめた。

 ふざけるな、人の為に命を戦う事がお前達英雄の義務でしょ……!!

 何を言っても通じないという態度で村を見渡せる中央に鎮座して、村の様子を見ている。話しかければ答えが返ってくることはあるが取り付く島もない。

 なんなんだこの男は、私たちのために戦って死ねばいいのに、アルみたいに!!!やくめでしょ!!!

 何とか戦わせようと色々と話したが結局無駄どころか切羽詰まっている中の、時間の浪費にしかならなかった。


 地面に落ちた金貨の袋からこぼれた貨幣をあわあわと拾ってつめなおす、情けない夫(ポルカス)。そしてそれを路傍の石でもみるような冷めた目で見る天騎士。


 村に迫る地響きは魔物の群れの足音。それに対して武器を持った人があわただしく走ったり、荷物を背負って逃げ出す者もいた。

 そんな中で抱えた息子の泣く声を酷く耳障りに感じながら考えてる。逃げるとしても私の足では間に合わない。隠れなければ。どこに?この子供がこうやって泣いていてはすぐに見つかってしまう。

 そう思った私は地面に赤子を置いた。何より大事なのは自分の命。私が生きてさえいればやり直せる。どんなことよりも私の命が優先されるんだ。

 死にたくない、まだこんな歳で、若い盛りで、もっともっと人生を愉しみたいのにこんな所で死ぬなんて嫌だ。折角美しく生まれたのにこんなところで死んでたまるものですか……!!


 いつのまにか走って逃げだしていたポルカスの事もどうでもいい。隠れよう。他の人間が代わりに喰われたり殺されてる間息をひそめて隠れてやりすごそう。あは、あはは、そうだ。私は誰よりも幸せになるんだ、こんなところで死ぬはずがないんだから!!私は、私は、私はっ、死なないッッッ!!

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