第6話 勇者は自ら命を絶った⑥~ある村の惨劇~

 そして村人達と俺とのやり取りの間に魔物達は村に迫っており、慌てて逃げ出すものもあれば、猟師たちは弓を手に柵や土嚢に身を隠しながら矢をつがえていた。

 どんな行動をとるかは自由だから俺はそれぞれの行動を肯定も卑下もしない。


 ―――――結果として、それらの行動は何もかもすべて無駄だったが。


 迎撃を試みた猟師達は、小鬼(ゴブリン)等の武器を持つ魔物が放ったそれ以上の本数の矢の雨に全身矢まみれとなってあっけなく死んだ。

村への侵入を防ごうと最前線に立った駐在の騎士は奮戦していたが、―――恐らく希少種の―――非凡な力を持つ大型トロールに打ちのめされたところを魔物達に群がられて、断末魔の悲鳴を上げる間もなく息絶えた。

 抵抗を試みた者達が殺された後は混乱の中で逃げまどう住人たちが一方的に蹂躙されるだけ。

 村を出ようとした者もいたが既に手遅れで、魔物の別動隊が退路を塞ぐように村を取り囲んでおり、村から逃げ出すことは不可能になっていた。

 村に閉じ込められた人たちにできることは、逃げる事、隠れる事、その末に死ぬことしかない。


 魔物達は誰一人逃げ出すことを許さず、隠れた人間も執拗に探し出しながら入念に殺し尽くしていく。

 魔物が人を襲う理由として多いのは捕食のためだが、これは人が存在することを許さない、とでもいうような殺すためだけの虐殺。

 息絶えるまで身体を損壊されて玩具にされるものもいれば、生きたままなるべく死なないように嬲られたり、普通に貪り喰らわれるものもいた。勿論、虫けらのようにあっけなく殺される姿もあり、死に方は様々だった。


 そんななかで身重のミレイユを置いて逃げ出したポルカスは、人面を持つ巨大な樹木の姿をした魔物に捕獲されて村に連れ戻されていた。

 逃げ出した罰とでもいう様に急所を外して念入りに全身を刺し貫かれるその身体は挽肉の詰まった血袋とでもいうような有様となり、何度も触手に突き刺されながら魔物に命乞いをし、揚げ句に見苦しく俺に助けを求めてきた。


「いちゃいいいいいいいい!いぢゃいよぉぉぉぉぉっ、おまえぇぇぇぇぇ、はやくおれをたしゅけろぉぉぉぉぉぉ!それでも英雄がょぁぉぉぉぉぉッッっ!!」


 だが俺は酒の瓶を口につけてガブ呑みしながらそんな様子を眺めながら答える。


「お前たちが勝手に言っているだけだろ?俺は自分で英雄と名乗った事は無い」


……あぁ、今日は酒が美味い。アルベリクを死なせてしまってからどれだけ飲んでも水のように味がしなかったんだけどな。


「おかね、おがねありますがらっ!おがね、きんがっ、あげますがらあっ!たしゅげでぐだざいいぃぃっぃっ!おでぇぇぇじにだぐねぇぇぇぇぇよぉぉぉぉぉっ!いぎだいっ!!」


 勿論そんな懇願は無視する。

 救いが無いことと、痛みと絶望の中で精神が崩壊したのか、ポルカスが何の反応もしなくなると魔物はつまらなそうにポルカスの頭から股間までを串刺しにした。

 痙攣の後に動かなくなったポルカスの死体は磔のように樹木の魔物の枝に吊るされていた。他にもいくつかぶら下がっている死体は、村から逃げ出そうとした者達だろうか?知らんけど。


 そうそう、ミレイユは早々に乳飲み子を棄ててどこかに隠れていたっけな。

 赤子を連れていては鳴き声でバレるからだろうか、魔物が村に侵入し始めて隠れる場所を探す段階で躊躇なく子供を地面に置いて逃げ出した。

 どこまでわが身可愛さだけで出来ているのだろうか?追い詰められて出た本性か、あるいは持って生まれたものかはわからないけど。

 ちなみに地面に捨てられた赤子は通りすがりの狼型の魔物に捕食されていた。


 そして我が子を捨ててまで自分だけ生き延びようとしたゲス女も今では大型モンスターに下半身を喰われて上半身だけで転がっているんだけどな!

 その最期は惨めなもので、隠れてるところを発見されて泣き叫び失禁しながら逃げていたところを地中からサンドワームに奇襲され、胸から下を飲み込まれた状態で悲鳴を上げながら地面や壁面に叩き付けられて自慢の美貌も見る影もない有様になっていた。挙句に俺に助けを求めていたが無言のまま放屁で返事をした。

 ……そして最後の瞬間はアルベリクに許しと助けを求めながら身体を喰い千切られていた。

 絶望に染まった顔をした上半身だけがその場に残され、サンドワームはミレイユの下半身と胎児を食った事で満足したのか地中に帰って行ったが、その様子を見ながらあぁ、因果応報は本当にあるんだなと思いながら酒を煽った。


 殺戮の間、俺は天騎士のスキルを使って防壁を貼っておき、それでも俺に向かってくる魔物だけは自衛のために倒すようにしていた。

 俺の周りには助けを求めようとして寄ってきてそのまま魔物に殺された村人の死体も数多くあるが、それを見ても我が心は不動ってやつよ。

 最初の頃は俺にもモンスターが向かっていたが、手を出さなければ倒されないと理解すると俺を避けて魔物達は村人を殺して回った。


 そうやって村の目立つところで虐殺を傍観していると、恐らく群れの指揮官の魔物が話しかけてきた。外套の奥で赤く目を光らせているが、死霊系の魔物か何らかの種族のアサシンクラスだろう。なんであれ、相応に強い魔物ではあると思う。


『……貴殿は相当の手練れとお見受けする。我々を止めないのか?』


 この魔物も俺と戦えば自分も危ういという事は理解しているのか、声にはこちらの様子を伺い、意図を探るようなものを感じる。

 俺が敵対することを示せば自分が俺の対処をしなければいけないという事を覚悟しているのだろう、存外出来た将なのかもしれないな。

 だがまぁそんなことは俺にとっては些細な事なので素直に応える。


「止めない。俺はこの村で起こる事を見届けに来ただけだ」


 俺の言葉に面食らったのか、「そ、そうか…?」と少し困惑したようすに小さく呟いているが、魔物は少しだけ考えたそぶりを見せた後頷いた。


『承知した、ならば……我ら黒き竜王ホロヴォロス様に従う軍勢の虐殺、特等席で見ているといい!』


「ありがとう」


 踵を返し殺戮の指示を飛ばしながら去っていく魔物に対して敬礼と共に謝意を告げる。へぇ、この魔物たちを率いるのはホロヴォロスというのかおぼえておこう。

 そしてそんな指揮官とのやり取りがあったからか、以降は魔物が俺を襲ってくる事は無く俺はのんびり、ゆっくりと村が滅びていく様を見届ける事が出来た。

 それから数時間の間に、村の住人は老若男女等しくただの肉の塊になった。


 魔物達が立ち去った後の村を一瞥し……いざ見届けても何の感慨も湧かいもんだなと失笑した。……自分で自覚していないだけで俺の精神はもう壊れているのかもしれない。

 旅の中でロジェが言っていたが復讐というのは死んだ人間のためにやるのではなく、生きてる人間がスッキリするためにやるものだという言葉を思い出した。

 やるかやらないかなら復讐はやったほうがいいと言っていたロジェの言葉が今なら少しだけわかる。アルベリクを裏切った婚約者や寝取り男やこの村の住人達が平和を享受しながら生きていくのは許しがたいし、ゴミみたいに死んだ事はこいつらの自業自得だと思う事にした。

 ただ少しだけ、旅立ちの時に見た時のミレイユと今のミレイユの姿の乖離っぷりが気になった。……年頃の若者は付き合う相手で変わるというが、この肌にまとわりつくような嫌な空気は何なんだろうか?いやまぁ、済んだことだし実際にポルカスもミレイユもどうしようもない奴らだったので今更詮無い事ではあるけども。


 さて、村の終わりを見届けることも終わったし王都へ急いで帰らなくては。……あの魔物達は道中の村や砦を虱潰しにしながら王都へと向かうだろうから到着にはもう数日は時間がかかるだろう。連中が王都につくまでに済ませておくこともあるしな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る