第7話 勇者は自ら命を絶った⑦~光(ぜつぼう)の牢獄~


 村が魔物に滅ぼされた後、俺はホロヴォロスの軍勢が王都に到達するより先に王都に戻った。俺と一緒に勇者の悪い噂に対して異を唱えていた友人達を王都からエルフの国へと逃すためで―――最後までアルベリクの名誉のために協力してくれていた、勇者パーティと懇意にしてくれていた人たちは“見届ける”対象にはしないでおこうと思ったからだ。……それが五指に満たない人数しかいない、というのは悲しいけれど。

 皆深くは聞かずとも時間がないという俺の言葉に従ってくれたので、移送はスムーズに進んだ事は天祐といえた。

 避難先については、予めルクールに王都の友人達をエルフの国で保護してもらえないかと頼んである。秘密裏にエルフの国から護衛を派遣してくれていたので、エルフの国へも問題なく移動できるだろう。


 皆を逃がすのとほぼ同時に、ようやく尋常ではない数の魔物の軍勢が向かって来ているとようやく認識され王都は慌ただしくなった。

 魔王が死んだことに安心してすっかり平和ボケした軍は亀の動きよりも鈍重で、手遅れになるまで行動が後手に回り対応が何もできていなかった。

 既に魔物の軍勢の到達は数日とたたず襲来するという段階であり、今更王都の人間全員で逃げ出すことなど到底できないほどの距離だ、こと此処にいたりようやく事態を把握するあたり本当にどうしようもなかったが、アルベリクの村を滅ぼす前後あたりから中間の砦の伝令や村々からの早馬も始末されていたのかもしれないが正直心底どうでもいい。


 そんな中で俺は王に呼び出され、胸中を隠しながら謁見をする事になった。

 玉座の前で跪けば、態度だけはふてぶてしいまま青い顔をした王がからいばりで俺に声高に指示を出してくる。


「天騎士よ、貴様が勇者の遺志を継ぎ王都に迫る脅威に対処するのじゃ、それと万が一に備えてこの国にしっかりと防壁を張るのも忘れるなよ!!簡単に魔物が突破できない位強力な防壁じゃ、お前はそう言う事が出来ただろう?!確か、もしお前が死んでもその防壁は残るはずじゃったな、さぁはやくするのじゃ!!グズは嫌いじゃよ」


 怯えを威勢で隠すようにもみえる居丈高な態度に加えて身勝手極まりない物言いと、よりにもよってその文言かと失笑がこぼれ出そうになるのを押しとどめる。あぁ、勿論勇者の最期の遺志に従うよと心中で嗤いながら、ここはその言葉に沿うように動いてやるとしよう。


「―――承知しました。仰せのままに」


 これは、忠誠心など欠片もないしこの国の末路を見届ける事は変わらないが、希望には応えておいてやる方がきっと酷いことになるからだ。


 そして俺はその日のうちにわずかな荷物を纏めて城の外に出たが、俺が城外に出ると同時にはね橋をあげて騎士も兵も閉じこもる姿勢を見せた。どうやら俺を締め出した後、誰も外に出るつもりはない様で俺1人に丸投げするつもりのようで笑ってしまう。……まぁ、俺はもうこの国に戻ることはないから別にいいんだけど。


 そして俺は王都を見渡せる丘へと歩いていく。……そこはアルベリクが命を絶った場所でもある。

 そして俺はため息を零した後、俺は王都を見下ろしながらから“天騎士”の技を発動した。

 王都をぐるりと囲むように光の防壁を展開すれば、王都の住人たちはそれに安堵し、それぞれに喜びのをあげている。

 ……けどな、その防壁は固いが無敵ってわけじゃないんだ。言ったとおりに防壁を展開することはしてやったが、それで絶対に安全だとは限らないんだぜ?

 

 確かに防壁は内外を完全に遮断する。それが破壊されるまでは侵入を阻むが、代わりにそれが破壊されるまで王都の誰も外に出ること―――逃げ出すこともできない。まさに天騎士特製の牢獄ってわけだ。

 指示をしたのは王様自身、だからこれは自ら望んだ王国の終わりの形。……俺はそれをここで“見届ける”ことにする。


 やがてホロヴォロスの軍勢が王都にたどり着くが、防壁に勢いを殺されて王都に侵入することはかなわず、見事にその侵略は防がれた。

 王国の中からはここへ届くほどの歓声が上がり、城外の魔物への罵詈雑言を投げかける様子や、王を讃える声に満ちていたがそれが怨嗟と絶望の声に染まるまで、そう時間はかからないだろう。だって城の中から誰も出られないんだぜ、アレ。

 酒瓶を口につけて喉を鳴らしながら嚥下し、やがて来る破滅の時を待ちながらのんびりとその光景を見続けた。


 王都に侵攻することがかなわなかったホロヴォロスの軍勢はぐるりと王都を取り囲むようにして布陣する形を取った。王都の中ではそんな外の光景を揶揄していたが、根本的にこの判断は間違っているのに城内の人間たちは気づいていない。そもそも籠城というのは外に遊軍と増援がいて初めて成り立つものなのだ。

 貝殻の中に閉じこもるように城に籠るのは愚策どころか論外。その先に待つのは物資が尽きた末の飢えの中での自滅と死、あるいは籠城を破られるかそのどちらかだ。前世の知識として知っている小田原城の戦いとか思い出すなぁ。


 ――――1日がたち、3日が過ぎ、5日を迎えた。


 城の外の魔物の軍勢は動く様子はなく、むしろ昼夜を問わず防壁に対しての攻撃を繰り返し続けていた。王は防壁に攻めあぐねて魔物が退散するとでも思っていたのだろうが、考えが甘かったな。

 “あの村”の入念な殺戮は明確に人を殺すための意志を持って統率されていた。だからこそ、目の前にあるこの巨大な籠を前に立ち去る事なんかする筈がない。

 魔物の群勢は防壁に阻まれて雑魚が死んでも、次から次へと後続が防壁に特攻して死んでいく。防壁の耐久は少しずつ、だが着実に削られている。それが破られた先にあるのは―――。

 そして内外の往来が絶え、王都の中限られた資源しかない中で終わりのない侵攻に耐えなければいけないのだが……民衆の心はいつまでもつかな。



 「クククッ、宜しいのですか天騎士殿。貴方の“天剣”であればあの程度の雑魚の群れは一人で押し返せるでしょうに。死力を尽くして戦えば、いずれ直接乗り込んで来るであろうホロヴォロスとも良い勝負になるでしょう。お世辞ではなく、相打ちに持ち込める確率は8割はあると思いますが。」


 そんな声に顔を向けると、いつのまにか俺のすぐ隣に“それ”はいた。

 フリルがついた侍女服、俗にメイド服なんていうような服装をした美女だが、人と違って側頭部からは雄牛のような角が生えている。

 ゆるくふわふわの銀髪は光の加減で紫色を帯びるような不思議な髪色をしており、虹色の虹彩も含めて俺の知っている魔族ともまた様子が違った。……まぁ、こいつが何者か別に興味ないしどうでもいいが、退屈しのぎに質問には答えておく。


「命を懸けてまで助ける義理がない」


 そんな俺の返事に、女は心底愉快そうに声を上げて笑う。


「ハハハハハッ!いや、失礼。ですがそうですね、確かに貴方があの者達を助ける理由はありませんね」


 笑い終えた後もくっくっく、と喉を鳴らしていて、感に堪えないという様子だ。それを怪訝そうに見ていると、女は居住まいを正して恭しく名乗った。


「――――そうだ、申し遅れましたが私、“魔神”と言います。勇者アルベリクが知らされた、世界を滅ぼす驚異の一つです」

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