第4話 勇者は自ら命を絶った④~裏切り者に死を~
王都の人間たちは何が起きたのかを理解しておらず、変わらない毎日を過ごしている。騎士たちもせいぜい連絡がつかなくなった砦に向かって伝令を飛ばしたりするだろうが、その伝令はきっと帰ってはこないだろう……その途中で魔物に倒されるだろうから。
だから俺は剣を取って馬に跨り、街道を走らせた。
―――アルベリクを裏切った幼馴染の娘と、寝取り野郎の村長の息子がいるあの村を目指して。
黒瘴山との距離が近づくにつれて森の中の生き物の鳴き声や気配が減っていくのがわかる。王都にいては気づかないが、確実に異常事態が起きていた。森の中を走り抜けてアルベリクの村が見下ろせる崖の上に馬を向かわせて見てみれば魔物の軍勢が既に進軍を開始していて、雪崩のようになりながら村へと迫っているのが視えた。黒瘴山を始発の地点とした雲霞のような魔物の群れはそれそのものが生き物のように蠢きながら村へと迫っていた。……この位置からなら身体強化で走っても充分に間に合うな。
馬から降りて鞍を外して、馬を逃がしてやる。この距離と場所からならあの魔物の群れからも逃げ切れるだろう。
そして俺は崖を滑り降りながら身体を強化して駆け、魔物が村に到着するより先にアルベリクの村にたどり着いた。
いざ村についてみれば村に駐在する騎士が土嚢を積んだり柵を作る指示をしながら魔物の群れに備えていた。この様子だと入れ違いで魔物の群れの出現の伝令も走らせているかもしれないが、逃げ出しても間に合わないと踏んで防御を固めているんだろう。
魔物が迫っていることを把握はしているが、恐らくどれくらいの規模なのか正確に把握できていない。そして、救援が来るまで凌げればとでも思っているのだろう。残念ながそれは不可能だ、迫る魔物の数が多すぎる。
「あ、貴方は“英雄”の天騎士殿!!」
村を訪れた俺の存在に真っ先に気づいたのは駐在の騎士だった。
「あぁ、天騎士様良かった!!これもアルのお陰ね」
「おおっ、これぞ天の救け!!救援が間に合ったのだな!!」
そう言って安堵しているのは、駐在の傍にいて作業を手伝う事もなく突っ立っていた裏切り者の幼馴染(ミレイユ)と下種な寝取り野郎(ポルカス)。どうやら俺を救援と勘違いしているようだが、裏切り者の婚約者さんはいけしゃあしゃあとアルのお陰なんて言っている。お前、自分がアルベリクを裏切った事頭から抜けてるのか?と叱責したくもなるが、沸き上がった怒りは今は捨て置いておく。俺はあくまで“見届ける”だけだ。
「俺はアルベリクの遺志を受けて此処に来た」
そんな言葉に涙を流し喜ぶミレイユと、その肩を抱きながらもう大丈夫だ、アイツはそういうお人よしだって知っていたろう?と胸をなでおろしているポルカス。あぁ、コイツらにはアルベリクの心を追い詰めた罪悪感も、恥もないのだな。
「何を勘違いしているんだ?言っておくが俺はお前たちを助けるつもりはない」
俺の言葉に、ヒョ?と不思議そうな顔をする寝取り野郎。言われた言葉を信じられないといった様子で間の抜けた顔を晒す2人や、村の一同。
いやいや、よくよく考えてみろ、俺がお前らを助ける理由、無いだろう??勇者を裏切った婚約者と、人の婚約者を寝取った屑男、そしてそれに加担あるいは見て見ぬふりをした住人。そして本来であればそれを止めるべきだった駐在の騎士。誰も彼も救う価値はない。
「な、何を仰るのですか天騎士殿?!貴方は英雄でしょう?!人を救うのが役目でしょう!?」
気色ばんで声を荒げる駐在の騎士に、ミレイユやポルカス、他にも話を聞いていた村人たちが無責任だ、恥をしれ等と罵詈雑言を飛ばしてくるが無視して話を続ける。
「人を救うのは勇者の役目。俺の役目は勇者を護る事、そしてその勇者は世を儚み命を絶った、つまり俺が守るべきものはもうこの世に無いとみなしていい。俺がアルベリクに託されたことは、“見届ける”事だ」
そんな言葉にサーッと顔色を変える一同。此処に来てようやく自分たちがしていたことをわずかにでも理解できたらしい。“勇者”アルベリクなら確かに今のこの現状も、結局は見捨てることが出来ずに助けたかもしれないが、俺はそうじゃない。だから魔物が迫るこの村を助ける者は他の誰もいないのだ。
「俺はアルベリクを裏切ったお前たちの末路を未届けに来ただけだ。魔物に惨たらしく殺されるかもしれない。すり潰されるひき肉のように、魔物に蹂躙され皆殺しにされるかもしれない。俺はそれを見届けるから、いないものとして扱ってくれ」
そう言いながら、よっこいしょういちなんて言いながら村の中央にある岩に腰かける。抜身の剣先を地面に突き立てて柄頭に両手を置いて静観の姿勢を取る俺の取り付く島もない様子と言葉に、あるものは怒り、ある者は懇願し、跪き、許しを請う。
「悪いが俺は勇者じゃない。天の加護を得た守護の騎士、天騎士だ。
俺の役目は勇者パーティーの盾として戦う事で、人を護る為に戦うのは勇者の仕事で、役割が違う。そもそも勇者を―――アルベリクを追い詰めて自殺に追い込んだ一端はそこの裏切り者の婚約者と寝取り男だろ?」
鼻を鳴らしながらそう告げると、真っ青な顔になるミレイユとポルカス。
「あいつだったら自分の感情を押し殺してでもお前たちを助けただろうが、俺は違う。俺はお前たちが―――後悔と絶望の中で蹂躙されようと何もしない。ただ見届ける、それ以上でもそれ以下でもない」
何の感情もなく淡々と告げる俺の言葉に、クソどもが命乞いを始めた。
「ゆ、許してください天騎士様!あ、謝ります!罪も償います!ですからどうかどうか、お腹には2人目の子供がいるのです」
涙ながらに土下座をするのはミレイユ。抱いている乳飲み子はアルベリクとこの村を訪れた時にお腹にいた子供だろうか?そして今は2人目もいる、と。うん、……心底どうでもいいな!!
「お前達が償うべきはアルベリクだろ?死人に何をどうやって償うんだ?それにお前達やお前の子供がどうなろうと俺には関係ない。助かりたければ自分で何とかするんだな」
俺のそんな言葉に、村長の息子は腰にぶら下げていた革袋を差し出しながら俺に縋るように懇願してきた。
「か、金なら払う!ここに金貨30枚はある!お前如きには到底稼げないような大金だろう?!足りなければもっと、必ず払ってやる!」
「だが断る。俺は別に金に困っちゃいないし、そもそも俺からしたらそんなのはした金だ」
頼みの綱だった金子でも俺が動く様子を見せない事にポルカスは絶望を顔に浮かべながら膝をつき、手にしていた革袋を落とす。……ずちゃり、という鈍い金属音は村に迫った魔物達の足音に半ばかき消されていた。
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