第3話 勇者は自ら命を絶った③~滅びの始まり~


 勇者の死が“美しい出来事”として処理されて暫くした頃、生前のアルベリクが俺宛で送っていた手紙が届いた。発送から配達までの間がかかるように指定されたその手紙には、女神からのお告げとしてあいつが知らされていた事、そして自分が死んだ後に起こるであろう事象がいくつも書かれていた。


 そもそも魔王の復活というのはあくまで世界の危機の一つに過ぎない。この世界には他にも幾つもの人類存亡の危機があり、魔王が死んでも次の災厄が人類を襲うだけなのだとあった。

 王都で暮らしていたある日突然お告げとして知らされたようだ。

 発送された日付を見ると俺が暗殺を指示される数日前となっているので、この手紙を書いていた時点でもう世界を救う意志はなく、自ら命を絶つ事を考えていたのだろうと余計に悲しくなった。


 ……アルベリクが俺に先を見届けて欲しいと願ったのは、この事だろうか?

 今となってはあいつの意図はわからない。

 だがもしも、自ら命を絶つことがアルベリクなりの復讐だというのなら―――俺はその遺言に書かれていたことに関して一通り見届けようと誓った。そのためなら愚王に頭を下げて泥を啜ってでも生きてやる。この国の糞野郎達が滅びるさまをきっちり俺が見届けてやろう。


 その間も勇者の死を悼んだたくさんの弔問客が国を訪れていた。ロジェからは相変わらず便りの一つもなかったが、イレーヌからは手紙が届いたが、そこには色々と周囲がキナ臭くて動けない事の謝罪が書いてあった。“何か不穏な動きがあるのか?出来ることはあるか?”という旨や、俺の心配をする内容だったので心配をしないでくれと手紙を返しておく。一緒に勇者の悪評を調べていたのもあるとは思うが、色ボケしてないときのイレーヌは妙に勘が鋭いから、もしかしたらアルベリクの死が陰謀によるものだということや俺が関わっていることに気づいていたのかもしれない。

 だがイレーヌを巻き込むわけにもいけない、これは俺がするべき復讐なのだ。


 それからファルティの姉であるもう一人のエルフの国の姫、ルクールが勇者の弔問として王都を訪れた。まだ幼い容姿のファルティと異なり女性らしく成長した容姿といつでも穏やかなルクールは絶世の美女として人々の目を引いた。陽の光を浴びれば輝く金の長髪は一本一本が絹糸のようで、エルフ族特有の整った顔立ちの中で優しそうに少しだけ眉尻のさがった瞳が慈母のような雰囲気を纏わせる。あまり異性の容姿に興味を持たない俺のような男でも、美しいと思う程に。

 エルフの国王の名代としての仕事を済ませた後、ルクールは俺の家を訪ねて来た。


「お久しぶりです、ラウル様」


 そう言って俺を見上げるルクールは、間近で見ると依然見た時よりもずっと美しくなっている……様な気がした。

 初めてルクールと会ったのは、魔王の軍に攫われたルクールを救出した時だったっけな。

 助けに行ってから細かいことは考えよう!と敵陣に飛び込む勇者に半ギレで突っ込みながら、一緒に敵陣をかけぬけたのも今は良い思い出。

 本陣まで斬り込んだ後、俺は助け出したルクールを抱えて走り、聖剣を連射するアルベリクに先導されて魔王軍の中を突破して帰ってきたのを思い出す。

 今思えば無茶をしたと思うけど、アルベリクは誰かを助けるとなったら結構無茶をする上に脳筋になるから大変だったなぁ……うん、危なっかしくて放っておけないけどいい奴だったよ。


 そんな出会いが始まりで、ルクールとは鳥に手紙を運ばせて旅の最中からこの方ずっと手紙のやり取りをしている。文通……とでもいうのかな。なので俺からしたら旅の仲間たちと変わらないくらいには、ずっと気安い存在だった。


 少しだけ旅の中の楽しい記憶を思い出し苦笑を零しながらルクールを家に迎え入れる。護衛の兵士たちも一緒に入ってくれば良かったのだが、家の周りで待機していた。一国の姫を一人暮らしの男の家に入らせるというのは……どうなんだろう。信頼の証、と受け取っておけばいいんだろうかね?


 ルクールが持参した茶葉をいれてくれたのでそれを飲みながら、俺の事を心配してくる事に対して大丈夫と安心させたり、お互いの近況を話した。ファルティは泣きはらして引きこもっているようだが、アイツははアルベリクに惹かれていたから、さもありなん。そんな話が一区切りした頃、ルクールが意を決するようにして俺に提案をしてきた。


「――――エルフの国に来ませんか?」


 懇願するような、希うような泣きそうな眼差しで俺を見つめてくる。俺の雰囲気に何かを感じているのだろうか?あまり自分の意志を強く主張しない彼女をよく知るからこそ、そんな態度は意外だった。

 ……だが今の俺はアルベリクの最期の願いを完遂させてやらなければいけないから、今此処を離れるわけにはいかない。


「すまない。俺にはこの国でまだやらなければいけない事が残っているんだ」


 目を伏せながら静かに告げる。そんな俺の言葉と、意志を込めた言葉に静かに俯くルクール。とはいえこの子の存在は俺の中でも小さくはないのだ。この国が滅びた後―――俺にはファルティの断罪を受ける義務もあるし、どちらにせよエルフの国にはいかなければいけない。そんな胸中を秘めつつ、言葉を続ける。


「この国でやり残したことが終わったらさ、必ず会いに行くよ。約束する」


「……はい、待っています」


 顔を上げて俺を見つめた後、少しだけ目尻に涙の滴をにじませながら……それでも優しくほほ笑むルクールに胸の奥が少しだけ暖かくなるのを感じた。


 エルフの国に戻っていったルクール達を見送ってからさらに1年ほどの時間がたった頃、王国からほど近い黒瘴山(こくしょうさん)から天を裂くような咆哮が聞こえたという伝令が飛び、それから暫くして黒瘴山の麓にある砦と連絡が取れなくなったという早馬が飛んできた。……王都と黒瘴山を結ぶ直線上にはいくつかの中継拠点や村落があり、その中にはアルベリクが生まれ育った村もある。そうか、砦はもう落ちたのか。


――――世界の滅びが始まったな


 曇天の空を見上げながら、俺はこれから起こる事を思い浮かべながら静かに嗤った。

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