第2話 勇者は自ら命を絶った②~踏みにじられた尊厳~

  そうして失意のうちに王都に戻ったアルベリクは王都のはずれの小さな家で静かに暮らし始めたが、程なくして“勇者”に対する謂れのない誹謗中傷や悪評で街は持ちきりになっていた。

 姫に口説き迫り手ひどく断られただとか、貴族の令嬢をとっかえひっかえ手を出しているとか。酷いものだと国民の税金を王に無心して私腹を肥やしているというものもあった。

 銭ゲバのロジェならまだしも、アルベリクに限ってそんな筈はない。

 ギルドの伝手を頼ってもなぜか噂の出どころについては“わからなかった”、いや、わからないという答えしか返ってこなかった。それをおかしいと思い、イレーヌに連絡を取り聖女の立場を使って王国の外側から状況を調べてほしいと頼んだ。

 俺も自分の伝手を使い、協力して王国の内外から調査を進めて判ったのは、悪い噂は“勇者”の名声と人気を疎んじた王達によるアルベリクを失脚させる政治的な根回しという事だった。

 魔王という脅威のなくなった平和な世界では、勇者の持つ力と名声は王や貴族にとっては脅威でしかない。この世界で生まれ育つ前の前世の記憶で、“狡兎死して走狗烹らる”という言葉があった事を思い出し、嫌な気持ちになった。


 アルベリクにかけられた汚名を雪ごうと奔走している間にも、噂はいつのまにか事実として広められていく。その速度は俺の想像を超えていて、権力と結びついた悪意の邪悪さを感じさせずにはいられなかった。もう、俺一人の手ではどうにもならない程に事態は悪化していたのだ。

 ありもしない悪評を広められ、魔王を討伐する前にはあんなにアルベリクを持て囃していた王都の人間も、今ではアルベリクを親の仇のように憎み王都でのアルベリクは針の筵のような状態だった。

 穏やかで平和を愛するアルベリクがそんな事をするはずがない。

 俺や、勇者パーティーと親しかったわずかな住民が噂に反論したが、結局焼け石に水でしかなかった。

 それからのアルベリクは家に引きこもりがちになり、心配した俺が訪問しても変わらない態度で接してくれるがそれがなお一層不安を感じさせた。

 王国と同規模の国家規模を誇る帝国なら外側から今の状況を変えられるのではないかと、ロジェにもアルベリクの置かれた状況と助力を願う手紙を出したが、返事は帰ってこなかった。

 それならいっそファルティを頼ってエルフの国に逃げればと、個人的に交流があるファルティの姉に連絡を、二つ返事で許可を貰ったがファルティやエルフの国に迷惑がかかるといけないからと首を縦に振らなかった。

 ……今にして思えば既にこの時、アルベリクは自分の行く末を決めていたのかもしれない。


 ―――そしてそれからしばらくして王から俺に直接命令が下った。


 反逆者・アルベリクを討伐せよ、という暗殺の命令。王国の冒険者ギルドに所属する俺は立場上は王国所属になるから、俺に対する命令権を国王は持っている。

 そして俺に暗殺の命令が下ったのは、アルベリクと親しい俺に対する踏み絵と、パーティの中でアルベリクを殺すことができるのは相性的に俺だけだったからだろう。

 ロジェは帝国の所属、治癒専門のイレーヌでは不可能、ファルティはそもそもアルベリクに惹かれて協力してくれているエルフの国のお姫様である。となると俺しかいない、ってワケだ。


 ――――もうね、アホかと、バカかと。


 王城にいる人間位なら、俺一人で皆殺しにだってできるのだ。

 自分たちが害されるという事を微塵も思っていない傲慢さと愚かさに、何考えてんだこのオッサン達と呆れるしかない。あぁ、愚王ここに極まれり。

 俺が断るとは微塵も思わず無邪気に勇者の剣を欲しがる王子も、勇者は顔がいいし死体は玩具にして弄びから持ち帰ってほしいという姫も、正直狂ってると思う。

 そんな王達におべっかをつかう貴族や大臣たちも、即座に斬らなかったのは、もうこんな連中死んでもいいからアルベリクと一緒に反乱でも起こそうか思ったから。

 王への翻意を隠しつつ、そうですかと応えてから俺はアルベリクを王都が一望できる丘の上へ呼び出した。


 正直に言えば、俺とアルベリクの2人だけでこの国の武力征圧なんて1日もかからず出来るだろう。

 ただの衛兵や騎士達では天騎士の護りの前に傷一つつけられないし、勇者の聖剣は別に魔物相手しか発動しないわけじゃないし、別に人を殺したって問題は無い。勇者というのは人の便利な道具という訳ではなく、魔王を倒せるだけの圧倒的な力を持った人間というだけなので気に入らない奴を殺戮する事だってできるのはこの力が与えられた時に理解している。

 己の心に従いなさいと与えられた能力。だったら己の心に従ってこの国の恩知らずたちを滅ぼしたっていいはずだ。

 

 ――――だが、アルベリクは自ら命を絶つことを選んだ。


 王が命じた暗殺の命令と、それに対して2人での反乱を提案したがアルベリクは頷かず、ただ寂しそうに首を振るだけだった。


「ラウル。僕もう、疲れたよ。……ごめんね」


 夕暮れの色に染まりながら、流れるような美しい所作で剣を引き抜く。そして俺にこの先を見届けることを願い、自らの命を終わらせたのだ。

 

 王にアルベリクの死を告げると、大層喜んでいだ。流石にアルベリクの亡骸を姫に渡して冒涜されるのは嫌なので、アルベリクの亡骸は俺の“天剣”の技で光に還したが、討伐の証として勇者の剣は回収して王に渡した。王子は聖剣は俺の物にする!と鼻息を荒くしていたが、残念ながら剣そのものに力があるわけではない。

 勇者の“聖剣”はアルベリクに与えられた技なのだ。この剣はもう二度と、輝きの奔流を放ち敵を切り裂くは無い。


 その後は国王が自分の都合のいいようにアルベリクの死を美談として書き換え流布し、アルベリクを蔑んでいた王都の国民も掌返してその死を悼んでいた。その様子に、あぁ、この国の奴らは恩知らずでクソみたいなやつらだな、と呆れるしかなかった。

 ……勇者パーティと懇意にしていて噂に反論していた一部の人達はその流れに眉をひそめていたが。


 ―――それからしばらくして、俺は死んだアルベリクからこの世界が遠くない未来に滅びることを知らされることになる。

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