勇者が死んだその先で

サドガワイツキ

1章 恩知らずの王国は落日に消ゆ

第1話 勇者は自ら命を絶った①~奪われた最愛の人~

  冬が近づき肌寒くなったある日の夕暮れ、王都を一望できる丘の上で勇者アルベリクは自ら命を絶った。魔王グレアーを討伐し王都に凱旋してからひと月もたたないうちの出来事だった。


「ラウル。僕が居なくなった後の―――“この先”を見届けて欲しい」


 それが勇者アルベリクが遺した最後の言葉。

 困ったような、寂しそうな……複雑な感情が入り混じった泣きそうな笑顔を浮かべながら、俺の目の前で自らの首に勇者の剣を突き立てた。

 魔王を討ち世界を救った勇者で、一年にわたる旅をともにした仲間。そして何より俺にとっては親友で、勇者を護る“天剣”の能力を女神に授けられた俺が守らなければいけなかった少年。

 止める間もなかった……なんて言い訳はしない。俺は止められなかったのだ。

 その眼差しに宿る哀しみを理解できていたから、動けなかった。

 世界を救ったその後にアルベリクを襲った絶望を知るからこそ……止める事なんて、できない。


 息絶えた“勇者”の亡骸の前で膝をつきながら、俺は今までの事を思い出していた。

 自らを魔王と名乗る強大な魔族が世界に現れたのは今から5年ほど前の事。

 魔王の軍勢は数年の間に勢力を拡大し世界中を恐怖に陥れ、世を暴力で支配せんとした。

 そんな魔王の暴虐を止めるべく女神の信託で選ばれたのは、勇者アルベリクを筆頭に俺を含めた総勢5人の勇者パーティ。

 2年程の旅だったが、俺達は魔王を討ち世界に平和をもたらした。そんな俺達勇者パーティが魔王を討ち、王国に凱旋をしたのは今から1年程前の事。


 王都に帰還し魔王を討ったことを王に報告した後は、俺達の勝利を祝い祝勝会が開かれた。

 そこでは王国の貴族や大臣だけでなく近隣諸国の王族を招いての正大なもので、勇者であるアルベリクは当然の事、守護の天騎士である俺・ラウルやエルフの国の姫である弓使いのファルティ、帝国出身の大魔導士ロジェ、教会から派遣された治癒の聖女イレーヌといったパーティーの仲間たちを讃える声がそこかしこに溢れていた。


 ……その中には縁談等も含まれるわけで。

 とはいえファルティは人の俗世にあまり興味はない上にアルベリクに惹かれていたし、イレーヌは幼い子供を愛でる事に幸せを感じる残念な性癖だったことで言い寄る者達にもあまり興味を示していなかった。

 俺は旅の中で恋人を失ったばかりだったのでそういった“浮ついた話”をお断りさせてもらっていることを明言していたが、ロジェは自分が成り上がる事と金しか頭にない守銭奴だったので有頂天になっていた……ロジェはクズでカスな事に定評があるから、仕方ないね。

 そしてアルベリクには心に決めた幼馴染の恋人であり、将来を誓い合った婚約者である少女のミレイユがいたため、王侯貴族からの縁談等も丁重にお断りをしていた。

 元々“勇者”アルベリクは、僻地の村に住む何の変哲もない少年だったのだ。


 祝勝会が終わり、勇者パーティの仲間たちがそれぞれの居場所に戻る時、アルベリクはわずかな報酬の金子を受け取ると村に帰る事を望んだ。幼馴染が待っているから、と。


 俺は“天剣”に選ばれる前はギルドに所属する冒険者だったので、特にやる事もなかった事もありアルベリクに帯同することにした。

 パーティの皆も勇者の結婚式には出席したいと言っていたが、静かに慎ましく暮らしたいというアルベリクの気持ちとそれぞれの複雑な立場もあり叶わなかったので旅の仲間の代表として祝ってやりたいと思ったのだ。


 アルベリクが生まれ育ったのは王都から少し離れた山の麓の村で、馬車でも一日ほど揺られれば到着する。

 だが村に帰ったアルベリクを見た村人たちの表情は皆強張り、よそよそしかった。とても世界を救った勇者に対する態度ではない事違和感を感じたが、その理由はすぐに知る事になった。


 アルベリクを待っていたのは、魔王討伐の旅に出かけている間に村長の息子と夫婦になり、膨らんだお腹にその子供を宿らせた最愛の人、ミレイユの姿。

 恋人であり、婚約者でもあった最愛の人は必ず帰ると約束して一年足らずの間にあっさりと寝取られていたのだ。

 ……魔王を討伐し世界を救った勇者に対するあまりにも酷な仕打ち。

 魔王を討つための旅の中で、どんな逆境にも負けず仲間を奮い立たせたついぞ諦める姿を見せることなかった少年が、間男の子供をその身に宿した愛する少女の姿を前に絶望の表情を浮かべていた。


 ミレイユは王都でもそうそうお目にかかれないような美少女だった。冒険者としては最上級クラスだったこともあり貴族の令嬢や王族と顔を合わせることも少なくなかった俺の目から見ても、王国でも五指に入るであろう美しさだと断言できる程に。そんな少女は膨らんだお腹をさすりながら勇者に謝罪と糾弾を繰り返した。


「寂しかった」


「貴方がいない毎日が怖かった」


「貴方の事は愛していたけれど、あの人は私に寄り添って支えてくれた」


「どうか許してほしい」


「貴方の分も幸せになるから」


そんな、謝罪が1割あと9割は自分の行為の正当化という言い訳と屁理屈。

それで済んだなら良かったが、挙句の果てには大層悲しそうに


「勇者になんてならずに傍にいてほしかった」


「置いていかれた私の気持ちをわかってくれなかった」


「魔王なんて他の人に任せてほしかった」


「こうなったのは貴方の所為で、仕方ない事なの」


 ……等と自分に都合の良い言い訳と謝罪を交互に言いながら、言外に“私は悪くない”と自己主張してきた。

 その姿に吐き気を覚え、罰は俺が受けるから母子ともに斬って棄ててしまうかと剣を抜こうとしがそれをアルが手を重ねて制止した。

ミレイユも俺が発した不穏な雰囲気に一瞬怯えを見せたが、悲しそうに首を振りながら俺を止めるアルベリクの姿に胸をなでおろしていた。


 そんな風に幼馴染に対しての対応がすみ安全だと判断してか、勇者の幼馴染を寝取った間男である村長の息子――――ポルカスと名乗る青年が意気揚々と家の中からでてきて、よく帰ってきてくれた勇者!とその偉業を口では讃えながら、幼馴染は俺が責任をもって幸せにする等といけしゃあしゃあと言い、謝罪の奥に優越感を隠すこともなくアルベリクに接していた。

 安全であることを確認してから出てくるあたりの小物で、たかが田舎の小金持ちが何イキってんだと、もう幼馴染も間男もどっちもクズだなと辟易した。

 そもそもアルベリクが魔王を討伐してなかったらこんな田舎魔物に滅ぼされて、お前達殺されてたというのに。

 村に駐在する騎士はどうしていたのかと視線を動かすと視界の隅でバツの悪そうな顔をしている騎士をみつけたので、あぁ金を掴まされてでもいたのかと舌打ちした。

……知らなかったのは勇者だけ、ということか。


 だがアルベリクは2人のそんな様子に、わかったとだけ告げて背を向けた。


……今思えばこの瞬間からアルベリクの諦めは始まっていたのかもしれない。


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