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 小学校の校庭。時間は午後の放課後。私は男性教師が男子児童をエアガンで執拗に射撃しているのを見ている。細身の三十歳位の教師は全くの無表情でトリガーを引き、男子児童は苦悶の表情で襲い掛かるBB弾に耐えている。私は教師に質問する。

「一体、どうしてエアガンで撃っているんですか?」

「仕方がないんです。彼は他の児童の大切な物を壊しました。だから罰を与えているんです」

「そうだったんですか……」

 そう言うと、教師はまたエアガンを撃ち始める。

 私はその場から立ち去る。私は教師の答えに納得出来ず、男子児童を見捨てた事に罪悪感を抱く。歩きながら目から涙が流れ出す。


「会長、会長」

 ソファで寝ていたデイヴィッド・シルバースタインはロバートの呼びかけで叩き起こされた。ソファの前のテーブルには、ハバナ産の葉巻〈ロメオyジュリエッタ〉、エメンタールチーズの載った皿、シャトーペトリュスのボトル、飲みかけのグラス。つけっぱなしのテレビにはアカデミー賞の録画映像が流れている。日時は三月十一日の夜、スイス時間でその日の未明に放送された生中継のハードディスク録画を見ながら途中で寝てしまったのだろう。

「どうした、こんな時間に?」

「お休みのところ申し訳ありません。是非お伝えしたいことがございまして」

「そうか」シルバースタインはグラスをもう一つ用意して、ボルドー・ワインを注ぐ。「ま、お前も飲めよ」

「ありがとうございます」

 シルバースタインはワインを飲んでから、葉巻に手を伸ばし、シガーカッターで吸い口を三ミリほどカットし、葉巻の端をやや傾け、ゆっくりと回転させながら均一に火を付けてから口に咥え、葉巻が均等に燃焼するように穏やかに吸い込む。テレビ画面ではアル・パチーノが最優秀作品賞を発表しようとしていた。シルバースタインは助演男優賞について言及する。

「それにしても、ロバート・ダウニー・ジュニアも災難だったな、あんなのうっかりミスかもしれないじゃないか。アジア人無視するくらいどうってことないだろう、司会者殴っちゃう奴に比べたら。みんな直ぐ忘れちゃうんだなあ。そう言えばあれ、何年前だっけ?」

「さあ……すっかり忘れました」

「それに、最近のアメリカ映画にしても、すっかりつまんなくなったなあ。オッペンハイマーなんかどうだっていいだろ。原爆なんてオッペンハイマーが作んなくても、そのうち他の誰かが作ったんだからさ。文明の発展なんて、植物の成長と本質的には同じだよ。人間の意志とは関係なく、遺伝子レベルの生物学的な必然性によって既に決定されているのさ……知らないけど。でも、まあ、見ればきっと面白いんだろうけどさ、オリバー・ストーンも絶賛してたしな。昔に比べたら、アカデミー賞もずっとまともになったな。いくらなんでもだよ、反ナチス映画だからって《イングリッシュ・ペイシェント》や《戦場のピアニスト》みたいな全然面白くない死ぬほど退屈な映画が作品賞や監督賞獲って、溌剌とした才能が溢れている《グッド・ウィル・ハンティング》が助演男優賞と脚本賞だけってのはあんまりだろ、なあ」

「ですよね。どう考えても年功序列とコネが物を言う出来レースとしか考えられません」

「《グッド・ウィル・ハンティング》の脚本に限っては、もしマット・デイモンが書かなくても、そのうち他の誰かが書いていただろうとは到底思えない信じられない出来だったなあ……で、話って何だ?」

「ええ、言いにくいのですが……実は三か月ほど前から私の独断である調査を行っておりまして」

「ミステリアスな出だしだな。一体何の調査なんだ?」

「ドミトリー・イワノフ様についての調査です」

 デイヴィッド・シルバースタインは葉巻を灰皿に置き、ワインを一口飲んでから先を促した。

「ほう、AIが教えてくれること以外の何かを探り出したって訳か」

「はい、実際探り出しました」

「へえ、どんなこと?」

「残念ながら、望ましいとは言えません。三か月前、私は部下をモスクワに派遣して、彼に命じて現地の探偵社にドミトリーについての情報収集を依頼しました。探偵社の調査員は、警察、及びマフィア関係者に謝礼を支払い、様々な証言の入手に成功します。それらの証言によると、夜遊びが好きなドミトリーは、〈プロパガンダ〉というナイトクラブに入り浸っている最中にとあるマフィア幹部と知り合い、親交を深めます」

 ロバートは〈プロパガンダ〉店内で、マフィア幹部らしき人物と一緒に写っているドミトリーの写真を携帯電話の画面に表示しシルバースタインに手渡す。彼は話を続けた。

「最初の内はただの遊び仲間でしたが、やがて交流はビジネスにも及び、ドミトリーの父親が経営する銀行でのマフィア資金のマネーロンダリングを仲介する関係に発展し、更には競合相手の暗殺を依頼したとの証言も得られました」

「暗殺……」

「覚えておられるますでしょうか? ドミトリーの父親と兄を乗せたプライベートジェットが原因不明の事故で墜落したことを」

「……ああ」

「あの事故もドミトリーとマフィアによる陰謀だったとの噂が裏社会では広まっているとか……となると、昨日のヘンドリクスの事故も、あるいは彼が関与していないとも……」

「うん……」シルバースタインは思案に表情を歪める。

「どうでしょう、会長。ここは余計なトラブルを避ける為にも、ドミトリー様との関係は早急に再考なさった方がいいかと……最悪の場合、ドミトリーの共犯として刑事訴追される恐れも、無いとは言い切れません。そうなれば、ここ最近のレッドドラゴンのクリストファー・ホーマーの一連のスキャンダルを上回るパブリックイメージへの甚大な損害が懸念されます。無論、我々への刑事罰の適用は言うまでもありません。これは控え目に言っても……破滅的なリスクです!」

 しばらく無言のままだったデイヴィッド・シルバースタインはおもむろに葉巻に手を伸ばすと、ゆっくりと煙を吸い込んでから、ようやく口を開いた。

「ロバート……しばらく一人にさせてくれないか」

「もちろんです、会長……失礼します」

 彼はデイヴィッドを残し、静かに歩き去った。

 葉巻は指の間で燃え続け、灰を床に落とした。

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