3. 日本三名泉が一つ、下呂温泉
岐阜県下呂市、下呂温泉。
岐阜県北東部の飛騨地方に位置し、飛騨川の畔、山々に囲まれた土地にある温泉地。
湯島と呼ばれていた千年以上前から温泉地として知られ、兵庫の有馬温泉、群馬の草津温泉と並んで日本三名泉と称される。
なんでも室町時代、万里集九という歌人としても有名な禅僧がこの三つの温泉を三名泉と呼び、江戸時代の儒学者である林羅山も「天下の三名泉」と讃えたことからこの評価が定まったそうだ。
因みに近隣に、中呂と上呂という地名があるのはあまり知られていない。それを知った時に「え、下呂って三兄弟なの!?」と口に出すほど驚いたことには皆さん共感していただけると思う。
なお読み方は、
現代においては主に鉄道車両が停留する場所のことを駅というが、本来の意味でいえば駅とは馬舎、つまり古代中国において伝令が各地に走る際に馬を乗り継ぐための場所のことだった。
これに倣って中世日本においても各街道に一定間隔で駅が置かれていたが、飛騨路のこの辺りでは駅間が離れてしまっていた。あまりに駅間が離れてしまっていては馬がバテてしまうので、新たに
地名一つ取ってみても歴史があるものだ。
治水と舗装工事で当時とはまた違う姿になったのであろうこの国道ではあるが、千年以上もの昔から変わることなく重要な交通路であり、人々と物品の流れを支えてきた。
月日は百代の過客にしてして行きかう人々もまた旅人なり。
その積み重ねを指して、歴史という。
そして、ようやく私は下呂温泉街へと到着した。
飛騨川の幅はかなり広く浅くなっており、河川敷には足湯もある。
ようやく辿り着いたその足湯に疲れた足を浸しながら、私は死にかけていた。この時の私と比べれば、コンクリートの上で干からびかけてるミミズの方がまだ生命力に溢れていたことだろう。
なんだかんだで片道80km超というロングライドを成し遂げた訳である。
だが途中脚を攣りかけたり補給が底をついたりで、7月の炎天下、結局フラフラになりながらの到着となった。コンビニ見つけた時はもう飛び上がるほど喜んだよね。店員さんから「なんだこの満面笑顔の
さて。
下呂温泉の飛騨川河川敷には無料の足湯があって、いい具合のぬる湯なので川のせせらぎを聞きながらいつまでも脚を休ませたいところだがそうも言ってられない。普通に炎天下の直射日光で焼け死んでしまう。
私自身が半生ミイラの天日干しになる前に、昼飯と行きたいところである。
何を食べようか、と思案しつつも心の中では何を食べるかは決まっていた。
南端部とはいえここ下呂市は岐阜県飛騨地方、である。
飛騨。
言わずと知れた、飛騨牛の、飛騨である。
温泉街ということは宿泊客も多いという事で、近隣の食事処の案内に踊るは「飛騨牛」の輝く三文字!
ここまで来て、飛騨牛を、食べないなんて選択肢があるだろうかいや無い。
喰い気味の反語表現もそこそこに私は早速目につけていた和食レストランへと赴き、飛騨牛を堪能――
「あの、ランチは予約制なので……」
「おっふ」
この程度で飛騨牛を諦められるだろうか? いやできない。
次ぃ!
「臨時休業」
「うぐっ」
つ、次……。
「あの、オーダーストップで…」
「ひぎぃ」
………(ビクンビクン)。
時計をちらりと見る。足湯に浸かってなきゃオーダーストップに間に合ってた……?
しかしそんな事を言ってもアフターフェスティバルというやつである。人間前を向いて生きなきゃならないのだ。
下呂温泉の温泉街を歩き回る。
平日の昼下がりとあって、観光客もまばらだ。
私は接客業なのでこうして平日が休みな訳だが、それは下呂市のお店も同じ事。特に個人経営のお店は昼の営業をしていなかったり休みだったりが散見された。
平日休みはね、出かけた際にお店で待たされる事が少なくて良いんだけどね。こういう目的のお店が休みってこともあるのがね。何もかもは上手くいかないものだ。
さておき飛騨牛である。
路地の一角に、小さなステーキハウスがあった。覗いてみると営業中とのことでようやく私は昼飯にありつける事になったのである。炎天下の中無駄に歩き回ったので、出されたお冷の美味しい事! レモンウォーターが沁みるっ……!
早速飛騨牛ステーキセットを注文。ここで迷いに迷って最大サイズではなく中サイズを注文するのが私である。
「ひよってる奴いる!? いねぇよなー!!」
「はいここにいます」
ダメすぎる。
待つ事十数分。
おまちどうさま、とやってきたステーキセットを前に、感動と共に手を合わせる。
ミディアムに焼かれたステーキ、香ばしい焼けた色と断面から見える桃色の肉。ガロニとして牛肉の下にはフランスパンのスライスを敷いてある。ソースはポン酢とわさび醤油のほかに、梅干し、そして朴葉味噌だ。
旨い肉は脂っこい。脂っこいと次第に重くもたれてくる。それをいかにさっぱりと食べてもらうかという工夫な訳だが、それが四種類も!
まずは飛騨牛本体をそのままでいただく。さほどナイフに力を入れなくとも軽く切れる柔らかさ。そして舌の上で膨らむ、焼いた肉の香ばしさ、次第に溶け出す甘い脂。
真に上質な肉の脂とは、さらりとしていてそれ自体に甘みがある。
舌の上に広る甘みが背筋にまで広がる感覚。本当に美味しい肉を食べるというのは官能的だ。エロスの一種ですらある。
いつまでも噛んで味わいたい官能感を飲み込んで、次の一切れ――朴葉味噌を添えて。
耐火性の高い朴葉を鍋がわりに、味噌や野菜を焼いて香りを移すのは飛騨地方の郷土料理だ。
その強い香りの味噌に負けない牛肉の味。強さと強さが打ち消し合うのではなく、互いに高め合い引き立て合う完璧なマッチング。
勿論ポン酢もわさび醤油も梅干しも、それぞれが別の角度から飛騨牛の良さを引き出している。そんなことが成立するのは、土台としての飛騨牛の旨さとその懐のは深さがあるからだよなあ……と感心する。
飛騨牛単体は勿論、味変によって全く飽きることはない。ご飯に乗せてよし、フランスパンに乗せてよし。ペロリと平らげてしまった。
ご馳走様、飛騨牛。ありがとう飛騨牛。
また食べにくるよ。
さて。
下呂温泉には一風変わった神社がある。
その名も加恵留神社。ゲロということでカエルをモチーフにした観光用の神社である。
境内の至る所にカエルのデザインが配置してある。灯篭の模様や、手水舎の出水口がカエル、そもそも祭られているのが加恵留大明神という、カエルの石像なのである。
なんでも加恵留大明神に参拝するとありがたいお告げを頂くことができるのだとか。
ふむ。よくわからんが……とりあえず五円玉を賽銭箱に放りこんで手を合わせてみると天から声が聞こえてきた。
『ありがとうございます。あなたにはきっと、幸せが微笑みカエルでしょう。気を付けてお帰りください。ゲロゲロ♪』
おお! すごい!
まあ賽銭箱のセンサーを利用したランダム再生の自動音声なので、チープな仕組みといえばその通り。
しかしこういの聞くと、やっぱりちょっと嬉しくなってくる。実際に観光客にも人気のスポットであるそうだ。
これでカエる時も安全が保証されたようなもの。
後顧の憂いもなくなったということで、本日のメインディッシュ、下呂温泉を味わうことといたしましょう。
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