荒れる記者会見

 都内の一流ホテルであるニュークラタニ。

 本日、その宴会場には大勢の人間が入っていた。カメラのシャッターを押す音が響き渡り、ひそひそ会話する声が聞こえてくる。そう、ここにいるのはマスコミ関係者なのだ。

 元司はというと、その会見席の隅に陣取っている。スーツ姿で、パイプ椅子にふてぶてしい態度で座っていた。時おり、じろりと記者たちの方を見る。こんな風な形でマスコミの前に出るのは、何年ぶりのことだろうか。しかも、今回はプロレス関連の記者だけではない。一般誌の記者たちも混じっているのだ。

 彼のすぐ隣には、青い顔をした着物姿の男が座っている。それなりに鍛えているように見える体つきだが、場の空気に完全に呑まれているらしい。

 二週間後、元司はその男とリングの上で闘うことになる。今日は、その記者会見なのだ。




「Dー1のリング上に、生まれ育ちは関係ありません。格差も存在しません。あるのは弱肉強食の掟のみ、です。Dー1は他の格闘技とは違い、他流派にも広く門戸を開いております。また、無名の人間にもチャンスを与えています」


 道心会館の館長であり、Dー1のプロデューサーでもある石川和治は、マイクを手に語っていく。

 元司は、石川のことを以前から知っていた。プロレスラーになる前、空手の全日本大会にて何度か姿を見たことがある。当時、石川は武想館拳心道の一志部長であった。元司もまた、当時は一選手である。

 それから二十年が経った今、元司はプロレスラーとして、石川はプロデューサーとして記者会見に同席している。不思議なめぐり合わせだ。


「厳正なる書類選考の結果、こちらの四人が選ばれました。この四人でトーナメントを行い、優勝した者が大晦日にマルコと闘います。もし、マルコに勝つことが出来れば……一夜にして、人生が変わるのです」


 石川は、熱い口調で語っていく。

 この男は、マスコミ受けするパフォーマンスが得意だ。道心会館を短期間でここまで大きくできたのも、派手なパフォーマンスがあったからである。マスコミに取り上げられるような奇抜なイベントを次々と開催し、格闘技ファンの注目を集めていった。

 石川が道心会館を興した頃、元司は既にプロレスラーとしてデビューしていた。道心会館の情報は耳にしていたが、もう空手には未練がなかったし、さして興味もなかった。完全に違う世界のこととして捉えていたのである。

 それが、今になって道心会館主催の試合に出ることになってしまった。なんとも皮肉な話だ。


 石川の話が終わり、選手たちが語る時がきた。


「日本のDー1に参戦できて大変に光栄です。ベストを尽くしますので、応援してください」


 タイ人のナーク・ギアッソンリットのコメントを、通訳が日本語に直して言った。このナーク、ムエタイでは強すぎて試合そのものが組まれない……という触れ込みであるが、果たして本当だろうか。表情はヘラヘラしており、余裕すら感じさせる。

 ひょっとしたら、かなりの大物なのかもしれない。


 次は、この予選の目玉とも言える琴岩竜である。出場する選手たちの中でも、ひときわ大きな体格だ。野性的あふれる顔立ちであり、力士時代は女性からの人気もあった。

 もっとも今は、マゲを落としてスキンヘッドにしている。そのせいで、顔の怖さが余計に際立っていた。本人は反省のつもりなのだろうが、かえって逆効果ではないだろうか。

 そんな琴岩竜は、神妙な顔つきでマイクに語り出した。


「今回、このような機会を与えていただき感謝しております。自分はかつて罪を犯しました。今は更生したつもりですが、言葉をいくら費やしたところで何の意味もありません。生まれ変わった私の姿を皆さんに見てもらい、皆さんに判断してもらうつもりです」


 そう言うと、ぺこりと頭を下げた。

 元司は、この琴岩竜なる元力士のことは何も知らない。今見た限りでは、気の強そうな面構えをしている。いかにも格闘家向きの雰囲気を漂わせている男だ、と感じた。体も大きく、骨格もしっかりしている。大麻をやるような男には見えない。

 若くして人気力士になり有頂天になっていた時、よからぬ輩が寄って来て悪いものを覚えてしまった……そんな経緯だろうか。もちろん、全ては想像でしかないが。


「ありがとうございました。次は、本田柔像さんですね。試合に向けての、意気込みをお願いします」


 司会者に言われ、本田は顔を上げた。その目は、完全に泳いでいる。こうした場に出るのは初めてなのだろう。

 立ち上がると、マイクを手にして口を開いた。


「時は来た、以上です」


 その声は、緊張のためか上ずっている。

 元司は吹き出しそうになった。この男は、真面目な顔で何を言っているのだろうか。いや、逆に真面目な性格だからこそ、意識せずにボケたセリフが飛び出したのか。ひょっとしたら、今後は面白武術家として有名になるかもしれない。

 記者たちの間にも、微妙な空気が広がっていく。そんな中、本田は席についた。


「あ、ありがとうございました……では、最後は荒川元司さんです」


 司会者の何かをこらえているような声に応え、元司はマイクを握り立ち上がった。いよいよ、プロレスラー荒川元司の出番である。ここは、自分に求められている役割を果たす時だ。


「さて、全国の格闘技ファンの皆さん。いろいろ予想してるとこ申し訳ないけど、俺がさくっと優勝させてもらうからな」


 言いながら、元司は居並ぶ記者の顔を見回した。そう、彼は悪役レスラーである。ここでも、ヒール悪役の役割を演じなくてはならないのだ。社長のライアンやプロデューサーの石川が求めているものは、これだろう。


「ま、こんな連中とやらせるなんて時間の無駄なんだよ。全員、素人に毛の生えたような連中ばかりだしよ──」


「んだと?」


 元司の暴言に、真っ先に反応したのは琴岩竜であった。立ち上がり、元司を睨み付けている。近くで見ると、やはり大きい。外国人レスラーにも、全くひけを取らない体格だ。

 しかし、元司は怯まなかった。


「なんだお前、誰かと思えば大麻力士か。大麻が切れてイライラしてんのか? だったら、さっさと帰って吸ってこい──」


 言い終える前に、琴岩竜が恐ろしい形相で迫ってきた。手を伸ばし、元司に掴みかかろうとする。

 その時、配置されていた道心会館所属の警備員たちが素早く割って入った。

 それでも、琴岩竜はなおも元司に詰め寄ろうとしている。警備員たちは、数人がかりで彼を引き留めようとしていた。

 元司もまた、数人の警備員に手足を掴まれた状態だ。そのまま、強引に引きずり出されようとしている……プロレスでは、よくある展開だ。

 ただ、格闘技の場合は本気でエキサイトしているケースが多い。基本的に格闘家は、試合前はピリピリしている。そこに、相手のちょっとした言動で火がついてしまう……結果、本気の喧嘩になってしまうこともあるのだ。

 とはいえ、元司はプロレスラーだ。これも仕事だとわきまえている。彼は、ヒールの役割を果たすべく叫んだ。


「おいコラ! てめえに度胸があんなら、勝ち上がってこい! 決勝までこれたら、八百長なしできっちり相手してやるからよ!」


 吠えながら、元司はさりげなく他の者を見た。タイ人のナークは、通訳と共にニヤニヤ笑いながら元司を見ている。雰囲気から、本気でないことを察知しているのか。あるいは、日本語がわからないため状況が呑み込めていないのか。いずれにしても、なかなか胆の据わった男であるらしい。

 元司の隣にいた本田は、パイプ椅子に座ったままである。こちらは、動こうという気配は全く感じられない。この状況下で、いったい何を考えているのだろうか。

 だが、そんなことはどうでもいい。とりあえず、悪役レスラーとしての仕事は終わりだ。マイクを投げ捨てると、元司は会場を後にした。




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