31.オムライスに愛を込めて。
「一体なんの真似だ。っていうか呼んでないぞ」
と、文句をつけていると、
「あ、一応呼んだには呼んだよ、店員さん。ほら、そこの押しボタンで」
見れば確かにテーブルには店員を呼ぶためのボタンがあった。さっきは店内に案内されるついでに注文を済ませていたから存在に気が付かなかった。何せ、ついさっきまで、テーブル全体をキングサイズのあんちくしょうが制圧していたからね。自由を奪還したのはついさっきのことだ。なるほど、気が付かなくても無理はない。
なら、それはいい。
が、問題はまだ残っている。
「改めて聞くぞ。何故ここにいる?」
「私がここにいたいと思ったからだ」
「何故居たいと思ったんだ。お前、アルバイトしなきゃならんほど懐が寂しいのか?」
「そんなことはない。と、いうより、そんな概念が私にあると思うか?」
「ないだろうな。だけど、そうじゃないとここにいる理由が分からないだろう」
「そうか?社会経験の為とか、接客が好きだからとか、色々理由はあるだろう」
「かもしれないが、お前がそんなタイプには見えない。そのバイト先が、俺と明日香の行く先だってんだからなおさらだ」
「それはただの偶然だ」
「実際は?」
「……ご注文でしょうかぁ?」
逃げたな。
まあいい。
いずれ分かることだ。
恐らくだが、
何故か。
理由はまあ、色々だ。
引っ掻き回そうと考えているかもしれないし、単純に興味を持っていただけなのかもしれない。
バイト、とは言ったが、その立場だって、昨日までと地続きかはかなり怪しい。今日、まさに今、俺と明日香が二人でここに向かうのを知り、「バイトとしてシフトに入っていること」にしたかもしれない。高島がそれが出来る人間だ。
そして、その前後に起きる強烈な違和感は、俺にしか察知できない。他の面々からは「そういうもの」として処理される。つくづく反則技を使いやがる。
一連のやり取りを聞いていた明日香は、なんとも気楽に、
「しかし、
「まあ、色々あってな。かしこまりました」
半分は友人として、半分は店員として受け答える高島。実に器用なやつだ。
「で?
「ん?ああ、そうだな……」
俺が促されるままに手元のメニューをぱらぱらとめくっていると、高島が、
「お客様。現在こちらのメニューがオススメとなっております」
「あん?」
ぺらぺらとページをめくる高島。その先にあったものは、
「恋人限定びっくりびっくり、ラブラブオムライスはーと」
「もうちょっと感情こめて読みなさいよ……」
向かい側に座る明日香から苦情が来た。
いや、だって、ねえ?他のメニューとは一線を画する、トンデモ甘々なメニューに思わず脳がびっくりしちゃったんだよ。
なんだよこれ。オムライスの上にハートマークでは飽き足らず、カップルの名前まで書いてあるじゃないか。これを頼めっていうのか。これを頼んでどうしろというのか。そもそも、世のカップルはこれを頼むのか。メイドさんに「美味しくなーれ萌え萌えキュン」とか言われながら書いてもらうあれに近いテンションだぞこれ。
ハートマークの中にカップルの名前って。いつ考えたんだよこのメニュー。飲み会ではしごしまくった後の、深夜にノリで作ったんじゃないだろうな。どう考えても店のカラーとあってねえぞ。
というわけで、言うまでも無く却下だ。
「他にオススメはないのか?お前、一応ここでバイトしてるんだろう?」
「おや、お気に召さないと」
「ばっ……そりゃそうだろ。そもそも俺ら別にカップルでも何でもないんだぞ」
まあカップルだったとしてもごめんだけどな。なんだよこれ。羞恥プレイか何かか?こういうのをなんの問題も無く受け取れるやつが、ペアルックでデートして、SNSに、どうせ別れたあと廃墟みたいになっちゃうカップルアカウントを作ったりするんだろうな。恋は一時の気の迷いとはよく言ったもんだけど、これを平然と受け取るには一体どれくらい迷ったらいいんだろう。
と、言う訳で、別に一時でもなく気の迷いが微塵も生じていない俺は、すぐさま別のページに、
「困りましたね……そうなると、偽装でカップル限定メニューを頼んだ、ということになりますね」
「…………はい?」
なんだろう。
凄く嫌な予感がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。