30.細かすぎて伝わらない名演技未遂。

 小一時間後。


「…………俺は夢でも見ているんだろうか」


 思わず頬をつねる。


 痛い。


 やっておいてなんだけど、これって本当に夢の中にいる場合に有効なんだろうか。そもそも「痛さを感じた」というところまで夢だったりはしないんだろうか。仮に痛覚を感じたら夢ではないとして、その事実は一体誰が決めたのだろうか。そもそもどこからが夢でどこからが現実なのだろうか。


 とまあ、実に不毛な夢の定義に関する議題を脳内で俎上にかけてしまうくらい、今俺が目にしている光景は理解しがたいものだった。


 あれだけ沢山あったのに。


 結論を言おう。


 明日香(と一応俺)は、ものの小一時間で、あのパフェの魔物、キングサイズを食べきっていた。


 今、俺らの目の前にあるのは、あの恐ろしい量の怪物が盛り付けられていた、やはり意味不明なサイズのガラスの器だけだ。


 改めて器だけ見ても恐ろしい。パフェっていうよりも、ウェディングケーキが乗っていましたと言う方がしっくりくるサイズ感。一体どこで売ってるんだろう。特注だったりするのかな。


 とまあ、そんな事実だけでも恐ろしいのに、明日香が、


「うーん……もうちょっとご飯っぽいものも食べたいわね……」


 なんてことを言いながらメニューを眺めているから恐ろしい。


いやまあ、俺は食べたいよ?パフェに関しては殆ど味見程度でしか食べてないし、昼食もまだだから、おごりの範疇と信じて、なんか食べようかなぁと思っていたところだよ?


 でもそれは、殆ど戦力としては機能していなかった俺だから言えることであって、主戦力として格闘していたはずのあなたから出てくるフレーズではないと思うんですよ明日香さん。そこんとこ、どうよ。


 まあいいや。なにせここはラブコメワールド。ちょっとやそっとのトンデモ現象で驚いてはいけないのだ。


 いるもんなぁ。ありえない量を食べながら、一切太らないヒロイン。その一方で、大して食べてないし、見た目的にも太ってるとは到底思えないヒロインが体重計の数字を見て絶望し、朝食も昼食も、なんだったら前日の晩御飯も抜いて、とうとうぶっ倒れて、主人公から食べ物を貰うみたいなイベントもあったりするのがラブコメだ。


 世の中には太れないで嘆いている人間と、痩せられないで嘆いている人間がいるらしいけど、その拡大解釈バージョンなのだろうか。


 と、そんなことはいいんだ。


 折角何か注文しようとしてるんだから。俺も便乗しておかないと。


「まだ何か食べるのか。あんだけ食べておいて」


「いいのよ。甘い物は別腹なの」


 おおっとテンプレ反論。完膚なきまでに叩きのめしてもいいけど、メリットがないのでしないことにする。


 ちなみに、甘いものが別腹に入るわけではもちろんないけど、一応、満福中枢とかその他もろもろの感覚で説明は可能な現象らしいぞ。


 でも、現実には同じ腹に入るからしっかりとカロリーとして計上されるぞ。覚えておこうね。どれだけ圧縮しても、別腹な気がしても高カロリーは高カロリーだ。


 さて。


 そんなことはどうでもいい。


「ま、いいけどな。それより、俺もなんか注文していいか?」


 明日香が俺をじっと見つめて、


「それって、もしかしなくても私に奢れってこと?」


「いや、別に。そんなことは一言も言ってない。言ってないけど、俺は今日、昼飯も取らずにここに来てるんだ。にも拘わらずさっきのキングサイズは殆ど明日香が食べちゃったから微妙にお腹が減ってるんだ。あー腹減ったなぁ。これだったら、家かえって、こまちの手作り料理でも食べればよかったかなぁー(ちらっ)」


 と、わざとらしく文句を垂れてやったが、明日香は「もう見飽きた」とでも言わんばかりに手をひらひらとさせて、


「はいはい。分かった分かった。奢りますよ。だからその安っぽい三文芝居やめ」


「馬鹿な、三文芝居だと?この名男優・立花たちばな宗太郎そうたろうを捕まえてなんてことを言うんだこの女」


「いやだって、三文芝居でしょ。っていうか大根役者?」


「ばっ……いいだろう。貴様がそこまで言うのならば、俺の名演技を見せてやろうじゃないか。と、言う訳だ。お題をよこしなさい」


「えー……名男優なんでしょ?自分で設定しなさいよ、それくらい」


「ふむ、なるほどもっともだ。それではごらんください。再三再四クソみたいな判定をされつづけたことでフラストレーションがたまり、主審・白井に対して文句を言うチームメイトを、このまま言い争いなってしまっては退場になってしまうと危惧し、主審から引き離しにかかったまではよかったものの、当の自分の打席でもクソボールをストライク判定されてしまい、唖然とするロペスだ」


「いや、元ネタが分からん」


 ちっ、面白くないやつめ。そういえばこいつ、野球はもっぱら見るよりやる派だった。そうなるとハードルが高すぎるか。やっぱり最初は、クソみたいなボールをストライク判定して、二軍監督平田と言い争いになる主審・白井くらいの方が分かりやすいか。


「分かった、それならもっと分かりやすいやつにしよう。九回スリーアウトから振り逃げで勝ち星を消された」


「お呼びでしょうか?」


 瞬間。


 耳に覚えのある声が聞こえた。


 振り返る。


 そこには、


「…………何故ここにいる」


 高島たかしまだった。


 ご丁寧にストロベリーキングダムの制服まで着ている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る