29.フードファイター明日香。
と、まあそんなわけで現在に至る。
今、俺たちは喫茶店・ストロベリーキングダムの店内に来ている。
キングダムなんていうからどれくらい豪華な店なんだろうと思っていたが、想像よりも数段小さな、古き良き雰囲気を携えた喫茶店だった。
電車に揺られること数駅。普段は家と学校の往復で生活している俺からすれば割と遠出の域に入るそこは、都内最大の長さを誇る商店街のある町だった。
喫茶店は比較的駅からほど近い位置にあったが、商店街の全長で言えば何と八百メートルもあるらしい。まあ、そんな数字を言われても全然実感はわかないんだけどね。
そもそも商店街自体そんなに足を運ばないし。毎日の食材を仕入れるために、買い物慣れしてるこまちならもうちょっと感動してくれるのかな、八百メートル。
そんな商店街の一角に構えるストロベリーキングダムはどうも界隈ではそれなりに有名なお店のようで、カップル限定以外にも大小様々なパフェの他に、名前の通り、イチゴを使ったスイーツを提供している、らしい。俺もさっき知った。
このあたり、どうなんだろうか。このセカイ特有なんだろうか。
ほら、あるじゃない。実際は電車で数駅どころか。車で数時間の二つの地点が、割と近所みたいに扱われているってパターン。
学校の校舎だと思ってたのが実は北欧の国にあるホテルだったとか、そんなのはざらにあるからな。「ストロベリーキングダム」も、もしかしたらこのセカイだけのネーミングなのかもしれない。
と、まあそんなわけで。俺は
「なあ明日香さんや」
「なんだい
「いや、別に写真は撮っててくれていいぞ。俺の質問に答えてくれさえすれば、それでいい」
「ん。で、質問って?」
「今俺の前に鎮座していらっしゃるこれはなんだい?」
「デラックスクイーンパフェのキングサイズ」
「いや、それはさっき聞いた。聞いたし、それに関しても聞きたいことしかないが、それ以前にまずなんだこのとんでもないサイズのパフェは」
「だからデラックスクイーンパフェのキングサイズだって」
「メニュー名を復唱しなさいと言ったんじゃありません。そうじゃなくて、なんなんだこの馬鹿みたいなサイズは」
そう。
今俺の目の前にはまさに、通常ファミレスなので「パフェ」と言った名前がつく、女子高生がきゃいきゃい言いながらつつくようなこじゃれたそれとは随分とかけ離れた物体だった。
何が違うかって、まずサイズが違う。
あくまで想像上の比較にはなるが、恐らく三倍から四倍は軽くある。
それも高さと横幅両方で、だ。
つまり全体の体積はその自乗で九倍から十二倍に膨れ上がっているはずだ。
そんな頭のネジが数本外れたサイズ感なのもそうだが何よりも突っ込みたいのは、
「なあ、明日香」
「なに?あ、写真撮っていいよ。こっち来る?」
「いや、いい。もうお前が十分撮っただろうからな。そうじゃなくて、これがカップル限定なのか?」
「うん。そうだよ」
ちなみに、明日香の姿はキングなんとかパフェに遮られて一切見えない。声だけが聴こえる状態だ。
これ、ホントにその辺のカップルが頼んでいいメニューなのか?彼氏が力士出身とか、フードファイトをきっかけに知り合ったカップルとか、そういう、マイノリティもマイノリティな経歴の人たち限定のメニューじゃないのか?
巨大なパフェ山の向こうから明日香が説明する。
「このお店ね、パフェが凄い有名なんだけど、それぞれのメニューとか、サイズごとに微妙に使ってる食材とかが違うって噂があるの」
「なんだそのとんでもない噂」
「で、中でもこのデラックスクイーンパフェのキングサイズはね。サイズもあって、普段は滅多に使わないような貴重なイチゴまで使ってるって噂があって、それなら確かめないわけにはいかないってそう思ったわけ」
思うな。
素直にそう思った。
けど、仕方ない。
明日香もまた、甘い物に目を輝かせる一人の女の子なのだ。
まあ別に、女の子だけが甘いもの好きじゃないんだろうけどさ。でも、まあ、そういう注釈を入れたくもなる。なにせ、
見た目がってわけじゃない。見た目だけだったらワンピースだってウェディングドレスだってなんだって似合うはずだ。なんだって元が良いからな。そうじゃなくて、こう、イメージの話。俺の脳内にいる、思い出の中の明日香は、お人形さんよりも虫取り網が似合う存在だって、そういうわけ。
で、そんな明日香の、唯一といっていいくらいの女の子らしい特徴が「甘い物好き」っていうわけ。
もっとも、女の子っぽいのは「甘い物好き」っていう響きだけで、実際今、俺と明日香の間に鎮座しているキングサイズのそれは、とてもかわいらしい女の子からは離れた物体だけどな。
美味しそうに何かを食べる女の子は好きだけど、これは美味しそうに食べるから大きく逸脱してる気がするんだよな。どっちかっていうと……戦い?
俺は当然の疑問を明日香にぶつける。
「で?確かめたいのは結構だけど、こんなバカみたいなサイズ頼んで大丈夫なのか?言っておくが、俺は大した助けにはならないぞ」
「あ、大丈夫。私、これよりもデカいパフェ、一人で食べたことあるから」
とんでもない事実が返って来た。え、これよりもデカい……?それはもう、人類の食べるものなのだろうか。
実は最初、ゾウか何かに食べさせるために作ってたんだけど、それを見たフードファイターな同僚が、「美味そうだからそれ、もう一個作ってよ」とか言い出したのが発端で出来たメニューとかじゃないよな。
大丈夫だよな、明日香。俺の幼馴染はきちんと人間の枠組みに入ってるよな。実は人外でしたとかやめてよ。このセカイのことだからそれくらいの可能性は普通にありえそうだからさ。地球外生命体とか、情報なんとか思念体とか。そんなものが出てきてもおかしくはないからな。
「さ、食べよ食べよ。ほら、宗太郎も」
そう言って、巨大パフェもとい明日香が俺に対してスプーンを手渡す。
受け取ってみて思う。
本当にこのサイズのスプーンであっているのだろうか。
装備を間違えていないだろうか。
もっとこう、おたまとか、ゴム素材のヘラとか、そういうアイテムが必要な気がするんだけど。
まあ、いいや。
どうせ俺は賑やかしだ、カップル限定メニューを食べるための口実だ。実働隊としては何一つ期待されていないんだ。今はただ、幼馴染の人外一歩手前のフードファイトを眺めて感心しつつ、その相伴にあずかろうじゃないか。
そう心を決め、目の前にあるキングサイズにスプーンを指して、ひとすくい。
「…………これ、ホントに無くなるのか?」
思わず正直な感想がこぼれる。
だってそうだろう。
今、俺はそれなりに力を入れて、かなりの量をすくったはずだ。実際スプーンにはそれ相応の量が乗っかっている。
にも拘わらず、そのひとすくいはキングサイズの牙城を、ほんのちょっと傷つけただけに過ぎなかった。なあ、これ、ホントに大丈夫だよな?食べきれない、お代を払えない、皿洗いさせられるの三連コンボギャグに繋がってないよな?
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