24.お隣さんの距離感で。
「あー…………」
夜。
こまちと
「そこからとは思わないじゃん……」
誰にするわけでもない、見苦しい言い訳。
でも。
だって。
そんな言葉はきっと、誰にも受け取っては貰えない。
結局、
俺だって無理矢理に入れたいわけじゃない。例え、その先にゴールが待っていると分かっていたとしても、だ。
小峯自身の意思がそちらに向いていなければ。
明らかだ。小峯自身はきっと、文芸部に入りたいはずだ。それは
にも拘わらず、小峯は拒んだ。
そこにはきっと、理由があるはずだ。
彼女の根幹に関わる、深い理由が。
「うーん…………」
寝返り。
考えられることはいくらでもある。
例えば彼女が部活動、あるいは文芸部というものに対して何らかのトラウマを抱えている可能性。
ありえない話じゃない。それならば、こんな時期に転校をした理由とも繋がってくるはずだ。考えたくはない。考えたくはないが、あの性格だ。お嬢様学校で、人間関係に不和を抱えていても不思議はない。
それ以外では、そもそも文芸というもの。物を書くということに対して抵抗がある場合。これに関しては俺や天野が説明をしなかったのも悪いが、我ら文芸部は基本的に活動らしい活動をしない。だからこそ、単純に在籍し、天野の会話相手になる……だけでも、十分成り立つはずだ。
これを、一般的、平均的文芸部像で考えていたなら話は変わる。
彼女は天才だという。
その天才が、なんらかの理由で一度筆を折っていればどうか。
文芸部という「書かなければならない可能性のある部活動」には籍を置かないだろう。
後は……
「……ん?」
なんだろう。
窓にものが当たった……ような気がした。
気のせい……だろうか。
ぽこんっ。
まただ。
また当たった。
全く……こんな夜更けに一体誰だ……文句を言ってやる。そう思い、カーテンに手をかけたところで、
「あ」
思い出す。
時々思うんだけど、俺の記憶、どういうシステムになってるんだろう。誰かがスイッチで操作でもしてんのか?
改めてカーテンを開け、窓も開け、ベランダに出て、
「…………何してんだ」
「えーと……モールス信号?」
絶対違う。
モールスさんが発明したのはもうちょっと偉大なものであって、ご近所さんの窓に対してゴムボールをぶつける迷惑極まりない行為のことでは決してない。全く……ベランダがゴムボールまみれじゃないか。
で、ゴムボールまき散らし事件の犯人こと
「取り合えずほら、ボール返してよボール」
「あん?」
「や、ほら、そっちにいったままだとモールス信号が」
「…………」
「…………」
「さぁて明日も早いからそろそろ寝ようかな。そうだ、明日は燃えないゴミの日だったな。お、ちょうどいい。ここに大量のゴムボールがあるじゃないか。これはさぞかしゴミ収集の人も収集しがいがあることだろう」
「お願いします返してください」
「全く……」
流石にここまで懇願されてて返さないほど、俺も鬼じゃない。ベランダに散らばったゴムボールを一個づつ、対岸にある時雨家のベランダへと投げ入れる。
その距離感はどれくらいだろう。正確な数字は分からない。今俺に分かるのは、ゴムボールをお互いのベランダへと投げれるのが容易な距離感、ということだ。人一人が渡るのはちょっと遠い。ボールを投げ入れるだけなら、下手投げでも届く。お互いが手を伸ばせば直接の受け渡しも出来なくはない。そんな距離感。それが立花家と時雨家、もとい、俺と明日香の距離感だった。
全てのボールを返し終わった俺は呆れて、
「で?なんでまたこんな手法を取ったんだ?」
それを聞いた明日香は何とも不満げに、
「や、だって、
「出てくれない?」
「電話」
「あ」
思い出す。
そういえば、家に帰ってきてからずっと、携帯が鞄に入ったままだったかもしれない。忘れてた。どうせそんなに重要な連絡など来ないだろうとばかり思っていた。失態だ。確かに、このセカイに来る前の俺はそうだったのかもしれない。
しかし、しかしだ。今は違う。俺、立花宗太郎に対して連絡をしようという女の子は一杯いる。
その範疇に入れていいのかは分からないが、こまちだってそうだし、いつの間にか高島の連絡先もばっちり登録されていた。天野だって、同じ部活動の仲間として当然連絡先を知っているし、明日香だって知ってる。
そう言えば、小峯の連絡先を聞き忘れたな……まあいいか、あいつのことだ。そのうち嫌でも教えてくるに違いない。もし教えてこなかったらどうしよう。まあ、そんときはそんときだ。なんだったら、会話のきっかけにしてもいい。もっとも、なんの準備も無しに文芸部の話を出そうものなら、さっきの二の舞になるのは分かり切っているけど。
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