23.差し伸べられた手を握らない。

 と、俺が考え込んでいるとこまちが、


天野あまのさん……?って文芸部の先輩だよね、確か」


「はい、そうです。文芸部の天野さんです。えっと……」


 おっと。


 そういえば紹介がまだだった。


立花たちばなこまち。俺の妹だ」


「こまちです、よろしく」


 ぺこり、と頭を下げる。小峯こみねがそれを受けて、


「あ、いえいえ、こちらこそ。そんなお構いも出来ませんで……」


 意味が分からなかった。


 一体ここはどこなんだ。お前の家か?


 とと、脳内ツッコミはこれくらいにして、


「こまち。こいつは小峯詞葉ことは。高校三年生という実に中途半端な時期に俺たちのクラスに転校してきた変わり者だ」


「小峯……詞葉さん……」


 こまちが反芻する。


 と、小峯が、


「ちょっとちょっと宗太郎くん。酷いんじゃありませんか?確かに私は変な時期に転校してきたかもしれません。けど、けどですよ?それは私というパーソナリティに対しては何ら影響はない。違いますか?」


 うるさい。文字数がうるさい。


 あと、パーソナリティだとか小難しい言葉を使おうとするんじゃない。キャラにもないことをしおってからに。


 とはいえ、ここは突破口だ。反撃の糸口だ。どうせ答えてなどくれないだろうが、つっついてみよう。反応から見えてくることもあるだろう。


「ああ、影響はない。影響はないが、それなら変人でも何でもない、至って常識人の小峯詞葉さんは一体ぜんたいなんでこんな時期に転校してきたのでしょうか。わたくしめにも分かるように説明していただけないでしょうか?」


 その反応はといえば、


「禁則事項です」


 両人差し指でばってんを作っての拒否。そして、この台詞だ。いやまあ、確かにラブコメだろうし、普及の名作だとは思う。思うけど、ちょっと古くは無いですかね。小峯さんや。アンタ一体何歳なんだよ。干支が一回りくらいしないとそこには行きつかないはずなんだけどな。


 まあ、いい。


 ちょっとやそっとで引き出せる話じゃないのは分かった。


 俺はこまちに、


「まあそんなわけだ。こんな時期に転校してきたこいつは、俺の隣の席となり、流れのままに学校内の案内をさせられ、これまた流れのままに部室に良き、天野とすっかり意気投合した、というわけだ」


「はぁ」


 なんとも覇気のない返事だ。


 別に不機嫌なわけでは無い。


 これがこの妹のフラットな対応なのだ。


 もちろん、いつもこの喋り方なわけではない。


 俺の脳内に“情報”としての情景が残っている。


 中学時代。友人たちと会話をするこまち。


 その表情はいつもよりも豊かで、口数もいつもよりも多かった。


 それは、俺のことが嫌いで、友達といる方が楽しいというわけじゃない。


 単純な話。


 俺には心を許しているんだ。


 兄ならば、気を使わなくてもいい。


 兄ならば、何を言おうとしているのか察してくれる。


 相手任せ、と思うかもしれない。


 けれど、それは一方からの偏った見方だ。


 俺はそんな妹のことが嫌いじゃないし、考えてることだってナチュラルに分かる。


 だからむしろ、気を張ってほしくない。


 だって、妹が饒舌な時は何かを隠している時だから。


 関係性ってのはそういうもんだ。


 ただ喋ればいいってもんじゃない。うるさくするだけなら猿にだって出来る。


 そんなこまちとは違い、口数の多い女高島桜は、


「隣の席と言えば私もそうなのだが、おかしいな。私はそんなに優しくされた記憶が無いぞ」


「あるわけないだろう」


「なんと。それは差別じゃないのか?」


「お前…………分かってて言ってるだろう?」


 当たり前だ。


 なにせ高島との関係性は偽りだらけだ。


 席が隣同士という事実だって、後から作られたものだし、居候の事実だって、昨日の夜までは無かったものだ。そんなやつに対して学校内だの、部活動を案内して回るなんてことがあるわけがない。それに、もしあったとしても、それはこいつが勝手に生成した偽りの事実であって、俺のあずかり知る話ではない。


 これ以上つっつくとめんどくさそうなので、俺は話を小峯に振り、


「しかし、小峯」


「はい、なんでしょうか」


「お前、そんなに気に入ったんなら、入部したらどうだ?」


「はい?」


「いや、はい、じゃなくて」


「ワッツ?」


「言語を変えろと言ったつもりはない」


「はー……それではどんな意味でしょうか」


「どんな意味って……」


 こいつ、からかってるのか?


 今の流れで、まさか俺が「ようこそウエイトリフティング部へ!さあ、君も最高のマッチョ目指して日々精進しようじゃないか。まず初心者は自分の体重と同重量のバーベルを上げられるようになるところからだぞ。筋肉!筋肉!」などと言うとでも思ったのだろうか。そんなわけはない。当然ながら文芸部の話だ。


 高島の話を信じるのであれば、小峯詞葉は天才だ。


 それもただの天才じゃない。


 百年に一度レベル、だという。


 もし、彼女を“攻略”するために、その才能を開花させる必要性があるのであれば、文芸部へと入部させるのはその第一歩になるはずだ。本当ならば、俺が興味を引くべきところを、小峯は自ら進んで興味を抱いてくれた。この絶好のチャンス。逃すわけにはいかない。


 俺は改めて、


「だから、そんなに気に入ったんなら、文芸部、入部しないか?って話。幸いにも、うちは部員数が少ないから、部室が狭くて面倒とかそんなことは一切ない。天野だって毎日のようにいるから、いつだって、今日みたいな話が出来る。どうだ?」


 そう。


 この時の俺はあまりにも軽く考えていた。


 天才を開花させる。


 そこに存在するかもしれない、


「あー……ごめんさい。遠慮しておきます。すみません」


 “拒絶”という可能性に。

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