20.推さない子

「やーあの最後は無いですよね。散々引っ張っておいて、出てくる敵役があれじゃ、気持ちが悪いだけですもん」


「そうだね。でも、あの作者って、原作で新しいの書いてなかったっけ?」


「そうらしいですねー。どうせあれですよ。最後は胸糞なだけの展開ですよ。はー嘆かわしい」


 一体なんの話をしているのかって?


 ラブコメの話だよ。


 ただ、ちょっと作者の方に飛び火しただけなんだ。


 作家は体験したことしか書けない。


 そんな阿呆なことがまことしやかにささやかれている。


 が、そうなればそもそもSFもファンタジーも全て現実に起きたことになってしまう。


 要は嘘っぱち。


 でも、作品には作者の思想はがっつりと出る。


 人間理解の狭さも。


 いるんだよ。テンプレートな人間関係とか成長を押し付けるだけの物語を書くやつが。で、当人はどんな人生歩んでますかっていったら、自分の下に踏み台となった人間がいることも知らずに「楽しかった過去を共有したい」とか笑顔でほざいてみたりするわけ。


 まあでも、そんな下らないものでも受けるんだよね。だって人間は大体テンプレート。誰かと一緒ならそれでいい。皆一緒なら赤信号でも毒物で集団自殺だってなんだってやるってそういう話。ぶるぶる。大人って怖い。僕は一生子供でいいや。


 さて。


 ラブコメ談義からの作者批判に話を膨らませるのは結構だし、話しているのを観察するのもそれはそれで面白いが、流石にそろそろきちんと紹介しておかないとならんだろうと思い、


「あー小峯こみねくん。小峯くん。なにか忘れていることはないかね」


「えーなんでしょう。婚姻届けですか?」


「こんいん……?」


「ちがわい。と、いうか、そんなものは学校に持ってくるもんじゃない。家にしまっておけ馬鹿もの」


「あー酷い。馬鹿って言った方が馬鹿なんですよ」


「うるさいぞ馬鹿。良いか。こうやって馬鹿を擦り付け合う不毛なやり取りでもしてみろ。最終的には部外者から三馬鹿だのという全くありがたくない汚名をかぶせられるんだぞ。ここはひとつ。二人とも賢いということで手を打とうじゃないか」


「あーそうですね。それじゃ賢者の私に何か用ですか?」


「そうだ。賢者タイム小峯ならもう気が付いているかもしれないが、君はまだ、天野あまのに対して自己紹介を済ませていない」


「あーそういえば」


 賢者タイムという小粋なボケは完全放置された。なるほど、こいつはボケ専門か。

 代わりに高島たかしまが、


「そう言えば賢者タイムって実際どんな感じなんだ?賢者の宗太郎そうたろうくん?」


「知らん。後お前も自己紹介をしろ。しれっと「最初からいましたよ」みたいな空気を出すな。反応からして、初対面だろう」


「ちっ……可愛げのないやつだ」


 可愛げなんてなくて結構。そんなもんは動物園にいるアルパカさんとか、小動物系の妹にでも丸投げしておけ。まあ俺の周りには一切いないけどな。小動物系の妹。仕方ないから動物園でも行くか。なんの意味があるかは分からないけど。アルパカってどの動物園でもいるもんなのかな。


 と、俺が疑似的に作り上げられた生態系に思いをはせていると小峯が、


「あ、えっと、小峯詞葉ことはです。転校生です。よろしくー」


「転校生……ってこの時期に?」


「はい、この時期にです」


 またなんで?という表情だ。だが、声には出さない。


 俺が聞けば答えてくれる……ような気がしないでもないが、さて、どうしたものか。


 と、考えていると、高島が、


「言っておくが、選択肢やセーブポイントはないからな」


「うるさいな……」


 分かってる。


 ここで踏ん切りをつけるか、飲み込んでしまうかで大分未来が変わってくるようなそんな気配がビンビンとしている。


 具体的に言えば「選択肢直前」っぽい気がする。


 この場合は、誰に対して踏み込むか。踏み込みたいか。


 俺が出した答えは、


「改めて思うが、高三になってからって大分不思議な時期だよな?」


 尋ねる。


 正直に言う。


 地雷だろうと思った。


 だからこそ千代ちよは進むことをためらった。


 けれど、俺は主人公なのだ。いや、実際にお墨付きを貰ったわけではない。地に足を付けて考えれば、たまたま二つの記憶があって、ちょっぴり起きる出来事がラブコメなだけの人生という可能性の方が圧倒的に高い。


 が。


 それでも。


 ここは踏み込むべきだ。


 なんとなく、そんな気がした。


 そして、その答えはといえば、


「やーまあ、変な時期なのは分かってるんですけどねー。でもまあ、過ぎたことに目を向けてもしょうがないじゃないですか。ほら、英語の格言にもあるじゃないですか。幸運の女神は前髪にしかいないって。だから、私は前を見続けるのです。えへん」


 そう言って腰に手を当て、鼻息を荒くする。


 逃げられた。


 間違いない。


 小峯詞葉のポイントはここだ。


 彼女が高校三年生なんて、あまりにもイレギュラーな時期に転校してきたのにはきちんと訳がある。そしてそれはきっと、彼女の根幹と絡みついている。


 そこに踏み込むのは、きっと、今じゃない。


「前髪にねぇ……」


「はい……ってちょっと立花くん?」


「いや、前髪っていうから、掴んでみたんだけど。これで俺、幸せになるのか?」


 言うまでも無いが当然掴んだのは小峯の前髪だ。千代と違って長くはないから掴みにくい。


「はーなーしーてーくーだーさーいー」


「分かった分かった」


 俺はゆっくりと前髪から手を放して、高島に、


「んで、そこ。傍観者面してないで、自己紹介。ワッチュアネーム?」


「アイキャントスピークジャパニーズ」


「嘘つけ」


 高島は「やれやれ」と言った感じに肩をすくめ、


「高島さくら。宗太郎のクラスメイトで、トゥルーエンドのヒロインだ」


 君、それもしかして全員に対してやるつもり?


 あくまで冗談。ちょっとした言葉遊び。


 が、そういうのは相手を選ぶべきだ。


 選ばないと、


「あ、え?ヒロイン……?え、彼女さん?」


 ほら。こうなる。


 俺が渋々、


「ただのクラスメートだ。気にしないでくれ」


 話をまとめにかかるが、高島が再び引っ掻き回す。


「ただのクラスメートとは随分だな。同じ屋根の下で寝食を共にする仲だろうに」


「え」


「ほぅ」


「なっ」

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