19.もっと有意義な話をしましょ。

 もくもく。


 もくもく。


 もくもくもくもく。


(ま、またかよ……)


 正直、そんな気はしていた。なにせ最初の(俺の実感としてではあるけど)出会いがラッキースケベだった相手だ。そう簡単にバランス感覚に優れたり、ガードが固くなったり、その後の自己嫌悪が無くなるはずもない。


 ましてや千代ちよが持つ、低い自己肯定感なんかはそれこそギャルゲやエロゲ的に表現すれば「千代のルートに入る」まではどうすることも出来ないはずだ。恐らくはそこが彼女と恋愛をする際に、大きなネックとなってくるはずだから。


 従って、千代とのフラグが微塵も立っていない状態でラッキースケベが発生するたびにこういうことになるのはまさに必然なのだ。それはいい。問題は、


「おい、小峯こみね


「…………」


「おーい、小峯さんやーい」


「…………おかけになりました電話番号は只今使用されておりません。メッセージを残さずにそのまま沈黙を貫いてください。ぽーん」


 このありさまだ。


 さっきまでの「賑やか」を超えて「うるさい」に片足突っ込んだトークはどこにいってしまったんだ。心なしか表情もおとなしい。ちょっぴり俯いて、もくもくと弁当を食べている。


 本来ならばその内容についてもツッコミを入れたい。なんだその弁当は。おせち料理か?あるいはどこかの高級料亭から取り寄せたのか。数の子なんて日々のお弁当箱に入っていていい食材なのか。


 そんなツッコミを入れたところで、今の小峯からは大した返答が無いのは分かっているし、それがこの状況を打開するのに全くと言っていいくらい役に立たないのも分かっている。だからやらない。


(しかし……こいつ顔は良いんだよな)


 改めて思う。


 やっぱりこいつは美少女転校生だ。


 ぱっちりとした目鼻立ちは快活な印象を与えるが、こうして黙っているとお人形さんかなにかみたいだ。芸術品のような風格をちょっぴり感じなくもない。美人というよりは美少女。カッコいいというよりは可愛い。そんな感じ。


 黙っていれば美人、という表現を付け加えたくもなるが、黙っていたらそれはそれで何ともむず痒い。でも喋り出したらうるさいって思うんだろうな。中間はないのか中間は、ローハイミッションかお前のテンションは。


 さて。


 小峯はごらんのとおり。千代は言わずもがな。


 と、なると、残るのは一人しかいない。


 ……大変しゃくだけど。


「おい、高島たかしま


 ちなみに、文芸部の長机に陣取った俺らの並びは千代と小峯が隣同士、俺と高島が隣同士だ。なのでひそひそ作戦会議をするのにはぴったりってわけ。


「なんだ宗太郎そうたろう。もうギブアップか?」


「ギブアップってなんだ、ギブアップって」


「言葉通りの意味だ。私に頼るのか?」


「頼るも何も、そもそもがお前らがひっかきまわしたんだろう」


「何を言いますか立花たちばな宗太郎くん。元はと言えばあなたが、小峯女史にノックをさせたのが原因ではございませんか?」


「それは…………そうだけど」


 高島は意地悪気に微笑み、


「だろう?だから、聞いたんだ。ギブアップかとな。自分のせいでこうなったのに、私の力を借りるのか?と。言っておくが人生にはこんな便利なサポート役はいないぞ」


「そりゃそうだろうが……このセカイは特殊だろう」


「そうだな。“このセカイ”はな」


「……なんか含みのある言い方だな」


「まあ実際含みまくってるからな」


「おいおい……」


「ともかく。保護者同伴のラブコメなんてないだろう?君が難聴だの、朴念仁だの、魅力ゼロの運だけ男だのと罵って来た相手は、こんな時、誰かに頼ったりはしなかっただろう。のび太だってドラえもん無しにジャイアンに勝つんだ。君は一生私という秘密兵器に頼り続けるのか?」


「そんな……つもりは……」


 ない。


 いや、ないつもり、だったのだ。


 確かに、ラブコメの主人公は難聴で優柔不断で朴念仁で成績だって運動だって大したことはなくて、魅力的にはお世辞にも見えないことが多い。


 けど、一人だ。


 最終的には一人の力で、ヒロインの心を救ってみせている。


 それが出来ないのか?


 高島はそう言いたいのだ。


 なるほど、上等だ。


 あんなモブみたいなやつらに出来て、俺に出来ないはずがないだろう。


 ようし。


「そういえばなあ、小峯」


「は、はいっ?」


 はいっ?じゃないよ。さっきまでの威勢はどうした。


 俺は無理やり巻き込む。


「お前、ラブコメ脳じゃん」


「えーそんなことないですよ。私はちゃんとしっかり世間を」


「ラブコメ脳だよな?」


「はい分かりましたそれでいいです」


 しゅんとしている。ううん、めんどくさい。まあ、のべつ幕なしにしゃべくられてもめんどくさいはめんどくさいんだけどな。小峯詞葉ことは、めんどくさい女。


 俺は続ける。


「それなら質問だ。お前、『邪気眼でもラブコメがしたい』って見たこと」


「ありますよー」


 即答だった。そして、それと共に元気になり、


「え、もしかして宗太郎くんも見たんですか?見たんですよね。そうですよね。あ、だからヒロインにはもっと衝撃的かつ斬新的な出会い方を求めるんですか?それなら私もえっと……」


 小峯は片手で目を抑えて、


「くくく……この目が疼くぜ」


「だまらっしゃい」


「ぁいた」


 思わずチョップ。


 なんなんだこいつは。生粋のボケなのか?ボケてないと死んじゃう生命体なのか?

 が、そんなやり取りが功を奏したようで、


「小峯さん……も、知ってるの?」


「はぇ?」


「あ、えっと……」


 もごもごと言い淀んでしまう。


 いいきっかけだ。


 ここ二人を仲良くさせてしまおう。


 どうせこれから一年近く一緒の部活動をする仲だ。あ、半年かな?文芸部っていつ引退なんだろう。


 ともかく。


「ほら、『邪気眼でもラブコメがしたい』だよ。天野あまのも見たんだよ、なあ?」


「えっと……うん。でも、私よりも立花くんの方が」


「え、ホント?」


 その時だった。


 小峯の表情がふわりと柔らかくなった。


 今までで見せたことのない表情。


 千代は頷いて、


「う、うん。でも作品自体って言うよりも内容に関しての、」


 必死に俺の考察を聞かせようとする。が、小峯はそんなことお構いなしに、


「えー、ホントに?ね、ね、他には?他には何か無い?」


「何かって……?」


「ほら、えっと……」


 俺は助け舟を出す、


「こいつ、ラブコメ脳だから」


 そんな俺の言葉に対する小峯の反応はと言えば、


「あー酷い。まだそんなこと言ってる。良いですか、宗太郎くん。私は至って普通の女の子であって、決してラブコメ脳だとか、世間知らずだとかそんなことは決して、」


「だから、きっと、ラブコメ好きの仲間が欲しいんじゃないかな。多分だけど」


「……人の話を聞いてください」


 不満げに俺に湿った視線を投げかける小峯。


 そんな彼女に、千代は、


「えっと……それだったら、あれは、どう?「月に寄りそう」


「え、凄い。天野さんよく知ってるね」


「えっと、うん。一応」


「あれ、凄いよね。ラブコメの頂点じゃない?」


「えっと……そんなに?」


 気おされている千代に対して俺が、


「そうだぞ」


「わっ……立花くん?」


「なんだ小峯。良いことを言うじゃないか。あれは普及の名作だ。バイブルだ。人類のラブコメ好き、いや、創作に携わる全ての人間が触れていないとおかしいレベルの作品だ。まず見ろ。あのプロローグを。プロローグだの序章が要らないだとか、あるとブラウザバックだとか下らない主張が蔓延って久しい昨今だが、あれほどのプロローグを見てもそんなことが言えるのであれば、残念だ、きっと視力がおかしいか、脳に異常があるに違いない。良い脳外科か、眼科医を紹介しよう。それくらいの作品だ。そろそろノーベル文学賞か、平和賞が授与されるはずなのだが、おかしい。人類はおろかだ。大変に気分が悪い」


 それを聞いた小峯は物理的に椅子ごと後ずさり、


「うわ……ちょっと引きます」


 ええいうるさい小娘。何が引くだ、自分でその話題にしておいて。追いつめるぞ。

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