Ⅲ.不可逆の選択肢

18.どうあがいてもラッキースケベ。

「はぁーここが愛の巣ですか」


「そうだ。ここが我らが文芸部だ」


 数分後。


 俺たち三人は無事に文芸部室の前にたどり着いていた。


 いや、無事……ではないか。道中は、二人のヒロイン(笑)のボケとボケが飛び交う会話に適度にツッコミを入れつつ軌道修正し、時折飛び出す危ないワードを、通りすがりの男子に聞き取られては舌打ちをされ、女子の耳に届いてはひそひそ話の議題となり、挙句の果てには小峯こみねに対して「一緒に昼を食べないか(直球)」という男子連中とも遭遇したが、それらを何とかいなして、体力というよりも精神力を大分消耗して何とかたどり着いたのだ。


 つくづく思うけど、世のラブコメ主人公っていうのはこういうのに全くノータッチで日常を送ってるのか。あいつら凄いな。ごめんよ、難聴朴念仁だなんて思って。今後は考えを改めるよ。今日一日くらいは。


 と、まあ、ラブコメらしいやり取りをし、無駄なボケを大量に放置プレイしてたどり着いたここは文芸部室。俺が所属している部活動だ。部員数は二人。俺と、天野あまの千代ちよの二人。


 廃部になる人数制限はギリギリアウトだが、そのあたりはじきに解決されるだろう。なにせ、今、ここには二人の入部候補がいる。妹を含めれば三人。既存の部員を合わせて五人。無事に部費が出るラインを超えることとなる。


 残念だったな。幼馴染・時雨しぐれ明日香あすか。主人公のすぐ近くにいながら「廃部の危機」なんていう大事なイベントを知らないからこうなるんだ。幼馴染と美少女転校生。何故差がついたのか。慢心、環境の違い。


 さて。


 文芸部室だ。


「?どうしたんですか?入りましょうよー」


 隣から間延びした声を上げる小峯。


 考える。


 今、目の前に立ちはだかる扉に鍵はかかっていないはずだ。


 なぜなら千代が朝イチに来て開けているはずだから。


 だから開ければいい。開ければいいだけなのだが、その踏ん切りがどうしてもつかない。


 なにせ、このセカイだ。


 テンプレートなラブコメ的イベントを起こすことにエネルギーを全振りしているとしか思えない以上、こういう場面は警戒してしかるべきだろう。


 しかも、今回に関しては前例がある。


 一度、油断をして、しっかりとパンチラを拝むというラブコメトロフィーを解放済だ。


 一回遭遇していれば大丈夫、という考え方もある。が、世の中には特定キャラクターと、その手のやり取りを繰り返すことでシナリオが進むなんてケースも無くはない。


 つまり、今、この扉の向こうで、天野千代ががっつりと着替えをしていて、俺が扉を開けたその瞬間、あられもない下着姿がお披露目される可能性も決してゼロではない。


 しかも怖いのが、文芸部に置いては「ノックをしないのが普通」という“情報”だ。


 それはつまり「天野千代か、俺が油断をしていると、あっさりとラッキースケベが起こりえる」ということを示唆している。


 なので、ノックはしたい。


 したいけど、それをするとまた以前の二の前になる。


 さあ、どうしよう。


 板挟みだ。


 俺の出した答えは、


「よし、小峯。お前がまずは先陣を切れ」


「はい?私ですか?」


「そうだ。何。大丈夫だ。お前なら出来る。自分を信じて。ノックをし、進むがよい」


 今度こそ小峯は敬礼をし、


「はっ、分かりました!」


 こいつ、ミリタリものも好きなのか?まあいいや。俺は二歩、三歩下がり、


「さあ、行きたまえ小峯軍曹。君の武運を祈るよ」


「はい!」


 実にのせられやすい。あるいはのってくれたのか。どちらかは分からない。いずれにしても小峯は扉をノックし、


『あ、はい。ちょっとお待ち……きゃっ!?』


 聞こえた。


 またしても転んだらしい。


 危ない危ない……俺がノックをしようものなら、


 

 俺、ノックをする

 ↓

 千代、転ぶ

 ↓

 小峯、何があったと扉をあける。



 という流れで無事にラッキースケベの完成だ。よかった。これで被害は無くなった。別にパンツが見たくないわけじゃない。わけじゃないけど。そういうのはほら。色々あるじゃん。うん。後はまあ、その後の沈黙が耐えられないんだよね。こっちの方が大きい。


「だ、大丈夫ですかー?」


「いてて……うん。大丈夫です……けど。あなたは?」


「あ、私ですか?私はですねメインヒロインの小峯こみね詞葉ことはですー」


「メイン……ヒロイン」


 おいこらそこのマシンガン女。意味不明なワードを初対面の文学少女にぶつけるんじゃない。ぽかんとしてるじゃないか。ぽかんと。あ、いや、見えないけどね。実際には。でも、ほら、多分そうじゃないかなって。


「そう。メインヒロイン。そして、私がトゥルーエンドのヒロインだ」


 高島が出て行って話をややこしくする。千代が、


「トゥルー……?」


 ほらみろ、ハトが豆マシンガンでも食らったかのような反応じゃないか。いや、違うか。マシンガン食らったらもっと悲鳴が出るか。ひぎいぃ!とかそういう感じのが。


 小峯がはっとなり、


「あ、もしかしてもしかして。貴方もヒロイン?既にアドバンテージのある?うわーこれは強力なライバル登場ですね。負けられないですよこれは(ちらっ)」


 高島が続いて、


「そうだな。だが、安心するといい詞葉ことは。君はメイン中のメインだ。いわばパッケージの中心にデデンと描かれたメインの子だ。スピンオフにちょい役として出演して人気投票一位をかっさらい、ヒロインをぐぬらせる役だ。ただまあ、それも全ては主人公ありきの話だがな(ちらっ)」


 どうやら二人は意地でも俺を「文芸部室の入り口」に立たせたいらしい。


 だが、その手には乗らない。


 俺は少し声を張り上げ、


「天野、大丈夫か?」


「あ、え?立花たちばなくん?そこにいるの?」


「ああ、ちょっと離れた主人公らしからぬ位置に見切れてるよ。それで、大丈夫か?俺がそっちに行ったらラッキースケベになったりはしないか?」


「えっと……あ、ちょ、ちょっと待ってね!」


 やっぱり。


 どうやら千代はまたしてもラッキースケベおあつらえ向きのこけ方をしたらしい。ここまで来ると芸術の域だな。


 暫くして、文芸部室内から、


「もう大丈夫だよ」


 声が聞こえる。良かった。ラッキースケベなイベントは起こらなかったんだね。

 俺は安心して文芸部室内へと入る。室内には高島たかしま、小峯、そして、先ほどまでスカートの中がばっちりと見えていたはずの千代がいた。今はしっかりとスカートを直していた。


「よ」


「う、うん。えっと……この二人は?」


「それは……話すと長くはなるが……取り合えず飯にしないか?」


「う、うん。そうだね」


 戸惑う千代。


 だが、取り合えず納得はしてくれたようだ。一安心。俺は胸を撫でおろ、


「え……?」


 そうとして、気が付く。


 部屋の奥へと向かう千代。俺に背を向けたその背中……厳密にはそのスカートが、


「天野くんと言ったか。君は実に期待通りの動きをしてくれるな」


 実に意地の悪い笑顔を浮かべる高島。


「あ、」


 訂正しよう……として止まる。そんなことをしたらどうなるか。言うまでも無い。



 俺、スカートがめくれていることを指摘する。

 ↓

 千代、気が付いてびっくり

 ↓

 またしても気まずいお昼タイム



 指摘出来ない。出来るわけがない。


 だが、高島はする。そこに痺れもしないし憧れもしない。


「スカートがめくれて、可愛い下着が丸出しになっているぞ」


「えっ……?あっ…………」


 すぐさま直す千代。そして、俺の方を見て、


「…………見た?」


「…………はい」


 見てない、とは流石に言えなかった。


 こんなアクロバティックなラッキースケベがあるとは思わないじゃないか。ちくしょう……今日は水色か……。

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