15.かくして主人公はヘイトを集める。

 美少女転校生というワードがどこか甘美に聞こえるのには色々と理由がある。


 そのうちの一つが「関係性のリセット」だ。


 当たり前と言えば当たり前だが、転校生というからには高校一年生のフレッシュかつ流動的な人間関係とは一切縁が無い。それらが全て決まり、なんとなくあいつとあいつが仲がいいとか、クラスにおいてこいつの発言権が強く、こいつの意見は全く通らないみたいな、誰が決めたわけでも無いカーストがかっちりと設定されきった後に出てくるイレギュラー。それが転校生だ。


 彼ら彼女らとの関係性はまさにフラットだし、誰だって仲良くなる権利がある。もちろん、実際にはクラスの委員長様みたいな、教師からも信頼をばっちり勝ち取った、笑えばきらりと白い歯がこぼれなさるような人種と仲良しになられることが多いわけなんだけど、それはそれ、これはこれだ。


 ことラブコメだと、まずこの部分でイレギュラーが起きる。


 そもそも美少女転校生という漢字六文字がなぜここまで人の心を揺り動かすのかについては今説明した通りだ。人間関係のリセットだ。もっと簡単に言うと「モブだった俺にも一発逆転のチャンスがあるんじゃね?」というありもしない幻想にすがる淡い期待感だ。


 そして、その期待感は「一見ぱっとしない男への好感度が、他のクラスメートよりもなんか高い」という謎現象によってあっさりと瓦解する。


 当たり前と言えば当たり前だ。


 ラブコメは主人公の為にある。


 それは転校してくる美少女だってそうだ。


 彼女は主人公といちゃこらラブラブするために設定された、いちハーレム構成要員に過ぎない。当然そこには、他のなんでもないモブとくっついたりしないような設定がなされている。


 例えば転校してくる前に出会っている。幼馴染だった。席が隣になるので、案内役を任される。どんな形であれ、最終的にはラブコメ主人公の元へとやってきて、存在しえない可能性に胸を躍らせてたその他大勢のモブから嫉妬と羨望のまなざしを向けられ、時には嫌がらせや、直接的な攻撃を受けたりするところまでがワンセット。それが美少女転校生というワードの持っている正体だ。


 ラブコメなら、主人公の元に。それ以外の現実リアルでは、正論を振りかざすことが大好きないけ好かない正義漢の軍門へと下っていく。その他大勢はいつだって泣き寝入り。


 と、まあそんなわけで、


立花たちばなくん、立花くん。右も左も分からない転校生としてはですね。是非とも学校内のあれやこれ、それやどれの案内を頼みたいわけなんですよー。具体的には購買部の場所を教えてください」


 美少女転校生こと、小峯こみね詞葉ことはは無事に俺も元へとやってきましたとさ。


 めでたし、めでたし。


 ……いや、終わらないよ?


 だって、このまま終わったら完全に打ちきりじゃないですか。そんなの許しませんよ、俺は。序盤だけ大風呂敷ひろげておいて、いざ核心に迫る話を書きだしたらトンデモ陳腐なものになったとか、筆が遅くなったとか。そんなものは名作として認めませんよ。


 作品は全体で見るもんだ。最初の方っていうかタイトルに内容全部集約して、読者を確保したら後は野となれ山となれだなんて。そんなのに釣られるようなお馬鹿さんを相手にしたラブコメになんぞするもんですか。何が追放された俺だ。除名して放逐しますよ。いやまあ、そもそも俺に決定権があるのか分かんないけど。


 おっと、なんだっけ?


 そうだ、美少女転校生だ。


 俺を物語としたラブコメ(と思いたい)は、この美少女転校生をヒロインとして認定しているらしい。だからこそ、俺の右隣には不自然すぎるスペースがあったし、そこに彼女がすっぽりと収まったんだ。それはいい。


 問題は、


「ほら、宗太郎そうたろう。ヒロインがああ言ってるんだ。案内してやったらどうだ」


 高島桜このイレギュラーの存在だ。


 一体どういう理屈で成り立っているのかは定かではないが、どうやら、俺の左隣に陣取った。窓際の美少女(自称)・高島たかしまさくらは、入学以来ずっと俺と仲が良い扱いになっているらしい。


 しかも、それだけでは飽き足らず、入学当初はそのビジュアルも相まって、それなりに人気を博しており、なんだったら呼び出されて告白されるみたいな一大イベントもそれなりに頻発していたらしいのだが、それらすべてを断り続けている、という情報まで付随する。


 それだけならまだいい。俺には二人の幼馴染がいますね。しかも、そのどちらもビジュアルに関して“は”大変よろしゅうございますね、おーほほほほ。それで済む話。


 問題なのは、そこからだ。


 この女、一体何を考えたのか、告白を断った理由を、


「私には心に決めた相手がいるから」


 と、設定しているみたいなのだ。設定という表現もどうかとは思うが、仕方ない。だって、そう表現するのが一番しっくりくるから。高島はどういう訳か……いや、物語の核に関わるキャラだから当たり前か。作中の人間関係とか、そう言った情報を、ゲームの怨霊設定を弄るような手軽さで変更出来てしまうようなのだ。


 今回だって同じ。


 高島桜は高校入学時から、俺、立花たちばな宗太郎と仲が良い。


 そして、告白に対しては「心に決めた相手がいるから」と断り続けている。


 そのイベントからすぐに、俺をからかっては楽しそうにする高島。


 それを見るその他大勢のモブたち。


 その思考回路がどういう動きをするかなんて最早考えるまでも無い。


 結果として俺は「多くの男子が付き合いたい美少女との間に挟まる、イケメンでも何でもないモブみたいな障害物」として認識され、敵視されてきた……ということに、昨日今日の間に変更されたらしい。


 その上での、今日だ。


 既にヘイトを買っている、一般ラブコメ主人公こと立花宗太郎くん。


 それとは関係ないはずの美少女転校生の出現。


 今度こそはといきり立つモブの皆さま。


 舞い上がった雄を一気に奈落へと叩き落す担任の一言、


「小峯の席は……立花の隣が空いてるからそこにするか」


 ブーイングの嵐。


 実にめんどくさそうに鎮める担任。


 事態を全く理解せず、ただ小首をかしげる小峯。


 火に油を注ぐかのように続く担任からの「なんかあったら立花に聞いてくれ」という放任主義を拡大解釈した一言。


 再びブーイング。


 鎮める担任。


 全く事態についていけない小峯。


 口角がひくつく俺。


 左隣で口元を抑えて肩を震わせるヒロイン(笑)


 全てはつつがなく、ラブコメしていた。


 当事者になってみて思う。


 くっそめんどくさい。

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