16.箱入りお嬢様は購買部を御所望ざます。

 で?なんだっけ。


 ああ、そうだ。購買部だ。


 購買部……購買部かぁ……


 俺は小峯こみねに向き直り、


「えっと……一応、理由を聞いていい?」


 小峯はさらりと、


「えーだって購買部と言えば血を血で洗う争奪戦が繰り広げられる、鉄板のバトルフィールドじゃないですかー?」


 ですかー?と聞かれても困る。


 何とも間延びした話し方をする子だ。


 それに、気になるワードも聞こえた。


「……一応聞いておくけど、その購買部に関する知識は一体どこから……?」


「それはまあ、色々」


「ラブコメとか?」


「そんなことはどうでも良いじゃないですか。取り合えず行きましょうよ、購買部。なんてったって、ラブもコメも無いかもしれないですけど、男の戦場はあるはずです。ふんす」


 ふんす。じゃないんだよ。


 しかし、これではっきりわかった。


 こいつ、購買部に対する知識がまるきりラブコメとか、学園もののそれだ。


 いやまあ、実際に、うちの高校では血で血を洗う……とまではいかないけど、それはそれはかなり熾烈な競争が今日も繰り広げられているはずで、その点に置いては小峯の認識はけっして間違ってはいない。いないんだけど、


「えっと……もうひとつ質問いいかな」


 小峯は鼻息荒く、


「なんですかまだ質問ですかそんなことをしていると購買部の超人気パンが逃げてしまいますよ早く行きましょうそれで質問はなんですか?さあ、早く。それに答えたら行きますよ、購買部」


 マシンガンかお前は。


 思わず突っ込みたくなった。


 が、そんなことをしてしまえば、そのツッコミに対する反応と、それの倍はあるであろうボケ散らかした速射砲のようなトークが飛んでくるのは間違いない。


 なので、端的に、


「お前、ここに来る前はひょっとしなくてもお嬢様校みたいなところに通ってなかったか?」


 それを聞いた小峯は一瞬目をぱちぱちとさせた後、


「あら凄い。なんで分かったんですか?あ、ひょっとして、お嬢様のオーラが漂っていましたか?おほほ、ロココざます」


「意味が分からん」


 そもそも「ざます」なんて語尾と組み合わせるならロココよりもバロックじゃないのか。


 なんてツッコミが口をついて出てきそうだったけど、必死に抑え込んだ。危ない危ない。そんなことをしようものなら、フランス宮殿の建築様式に対してのなんの意味があるのかも分からない掛け合いが発生して時間と紙面を無駄に浪費したあげく、ブラウザバックの読者を増やすだけだ。そんなものが俺の人生に存在しているのかは分からんけど。


 でもここまでラブコメラブコメしてるんならオーディエンスの一人や二人いてもおかしくはないと思うんだよね。いえーい!見てるぅー?横ぴぃ~す!


 そんなことよりも、


「安心しろ。別にお嬢様のオーラも漂ってないし、ロココな感じもない。なんだったら、ラーメン屋に連れてっても固め濃いめ多めコールの大ライスで、「やっぱりこれですの」ととんでもないことをのたまわりそうな雰囲気すらあるぞ」


「えーそんなことないですよ。後好みは固め濃いめ少な目です」


 冗談で言ったつもりの部分にまでマジの反応をされてしまった。


 本当にお嬢様学校から来たのか?こいつ。


 まあいい。


 俺は話を軌道修正し、


「要は、お前の持ってる購買部に対する知識があまりにも創作から取ったものだから、お嬢様学校とか、ずっと家庭教師を付けてましたとか、そういう世間離れする要素がどっかにあったんじゃないかって思っただけだ。違ったか?」


 それを聞いた小峯は今度こそ純粋に驚いたのか、話すペースが落ち(それでも一般人からしたら早いくらいだ)、


「はー……なるほど……確かに私の通っていた学校では、血みどろの購買部はありませんでした」


「血みどろってなんだよ、血みどろって」


 俺のツッコミは完全に無視され、


「でもでも、この高校にはそれがあるんですよね?それで、宗太郎そうたろうくんは、そこに都合二年ちょっとは通っているわけですよね?それなのになんで、フィクションから得た知識だって思ったんですか?」


「そんなもんお前、常識として」


「でも、この学校では、ラブコメみたいな購買部が常識なんですよね?」


「だとしても、だ。俺にだって、他の高校に進学した友人はいるし、情報として知ることは難しくないだろう。たまたまこの高校がそういう購買部を持っていたとして、それが常識じゃないことくらいは判断出来る。っていうか、お前はそういうの考えなかったのか?」


「はい」


「なんで」


「幼稚園からずっと持ち上がりだったので」


 エスカレーター式の私学か。


 分かってはいたが、いいとこのお嬢様なんだな。


 話していてその感じが全くないのは……まあ、そのうちなんでか分かるだろう。財力があるから通わせているけど、両親は至って庶民的とか、家族とかクラスメート以外の親しい相手で、こういう感じのやつがいるとか。


 後ありえそうなところだと、好きなラブコメのヒロインとか。まさかと思うけどありえない話じゃない。中二病だって、そういう漫画とかアニメのキャラクターだと思い込むみたいなところがあったりする。だったら、ラブコメのヒロインみたいな喋り方をする女がいてもおかしくはない……はずだ。まあ、中二病というにはちょっとばかし年齢が行き過ぎているような気もするけど。

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