8.そうだ、プロローグを探しに行こう。

「やっと終わったか……」


 終業の鐘がなる。


 漸くの放課後だ。


 改めて思うが、高校時代はこれを毎日のようにこなしていたというから驚きだ。


 最初の内は楽しく聞いていた授業もだんだんと眠りへといざなう呪文にしか聞こえないようになっていき、とうとう六限目は殆どを睡眠学習に使った。


 だって、ねえ?仕方ないと思うんだよ。俺の座ってる席が悪いと思うんだよ。窓際から一個となりの一番後ろ。一個隣なら大丈夫だろうって?残念なことに、俺の隣には誰もいないんだよ。空席……っていうより、机自体が存在しない。だから遮るものがなく、日光がぽかぽかぽかぽか。昼飯を食べた後の、ちょっとまどろみかけた思考回路にダイレクトアタックだ。そりゃ眠くもなるよね。


 ちなみに、俺の左がいないのはまあいいとして、ひとつ右もいない。そして、その更に隣には席がある。つまり、俺だけ両隣がいないという、恐ろしく不自然な構造になっているのだ。


 数の関係で歪になるのはまあ分かる。でも普通はどっちかに詰めるでしょうよ。こりゃ、なんかあるな。多分右となりに転校生がくる。でも不思議なもんだ。こういうヒロインっていったら大体窓際一番後ろのイメージなんだけどな。決まりはないんだけど。


 と、まあ無駄なことに思考を巡らせていたら、こまちからメッセージが届いた。今日はよるところがあるから、一人で帰ってほしいとのことだった。わざわざ連絡をしてくるってことは、時間が合うなら一緒に下校しているのだろう。これでブラコンを指摘しようものなら全力で否定してくるんだからとんだツンデレですよ、これは。


 ただ、そうなると、放課後の時間がぽつりと空いたことになる。


 妹からは先に帰っていてほしいという連絡があった。


 文芸部の方も、昼休みに「放課後は部室に来ないんだけど、もし立花たちばなくんも来ないようだったらもう鍵閉めちゃっていいかな?(要約)」と聞かれ、イエスと答えたこともあって、千代ちよに会いに行くことも出来ない。


 明日香あすかは……分からん。クラスが違うこともあって、登下校時に会わないと遭遇しないのかもしれない。幼馴染はこういうある種近いが故のドライさもラブコメの負け要因だよな。多分。


 とまあ、今日出会った、一連のヒロインは全員が全員、今日の放課後、会うことは出来ない(厳密には明日香は探せるけど)。


 と、なれば、可能性はひとつである。


(メインヒロイン……か)


 そう。


 作品によって様々だが、こういうぽっかりと空いた時間は、メインヒロインと衝撃的な出会いをするにはおあつらえ向きだ。


そして、今考えられるのはやはり、あの交差点の少女。顔も背格好もよく分からない。記憶しているのは長い黒髪に、白いワンピース。それだけだ。いかにもという感じのビジュアルがより期待感を高まらせる。


(取り合えず、件の交差点行ってみるか……)


 これが一度も出会ったことのない人物だと、どこで出会うかの見当はつけられない。なんだったら、深夜のコンビニ帰りに、異形の生命体に襲われているところを、助けられる……みたいなファンタジーとかSFみの溢れる出会い方だってあり得るといえばあり得るわけで、俺に出来るのは「普通に過ごす」ことだけだったはずだ。


 今回は違う。


 なにせ一度出会っている。


 ならば、その出会った場所に行ってみるのが一番だ。そういうちょっとしたことへの、ある種無駄な好奇心は主人公の特権と言ってもいいかもしれない。時と場合によってはそれが周りに迷惑をかけたりするのが少年漫画だけど、今回に関しては交差点で人を探すだけだからまあ、大丈夫だろう。


(よし……行ってみるか)


 そうと決まったら話は早い。


 特に用も無ければヒロインも不在の教室に用は無い。ささっと荷物をまとめて、帰路へと向かった。

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