9.存在しえないあの場所を求めて。
「さて……ついたわけだが……」
交差点だ。
しかもただの交差点じゃない。
ヒロインとの出会いの場となるかもしれない交差点だ。
しかも、メインもメイン、パッケージの中心に描かれそうなヒロインとの出会いだ。
テンションが上がらないわけがない。
早く出てこないだろうか。
出てきたら、
「……どうするんだ」
考えてなかった。
と、いうよりも、そもそもメインヒロインなんているんだろうか。
いやいや、今更そこを否定するなよって感じはする。
するのだが、じゃあ実際に地に足を付けて考えてみればまあ、疑いの余地しかない。
今、俺がやっていることは「自分がいる世界はラブコメっぽいから、ラブコメの王道に倣って動く」ってことだけだ。
そもそもの前提条件が間違っている可能性は決して低くは無い。ここがラブコメ的世界である保証も、その主人公が俺であるという証拠も一切ない。
なんだったら、俺がどうして、死の記憶を持ちながらなお、こうして生きて動いているのかすらも、正しい説明が付けられていない。ないないづくし。
一応の説明はつけた。ただ、それらばあくまで仮説だ。全てが想像の域を出ない。ほんのちょっとの追加情報で前提条件から崩れ落ちてしまう、絶妙なバランスの元にそびえたつ斜塔だ。
ただ、それでも、この交差点の持つ意味は変わらない。
俺の仮説が正しくても、間違っていても、あの少女が重要で無いはずはない。今の俺が持つ全ての疑問に対して、正しい答えを持っている可能性があるのが、現状彼女くらいなのだ。
と、いうわけで、探しているが、
「見つからんな……」
そりゃそうか。
そもそも「交差点のど真ん中にいて、車が往来しようがびくともせず、車の運転手も意に介さない」なんてこと、あるわけがない。もしあるとすれば、
「……幽霊?」
ありえる。
幽霊というのは、よくあるホラー映画みたいにしっかりと見えることは無く、視線の端に一瞬映り、意識して振り返った瞬間にはもう見えないという、「意識の外にある情報」だという話を聞いたことがある。あの時の少女も、俺が意識した瞬間にいなくなった。状況としては合致する。
「幽霊のヒロインなぁ……」
無いわけじゃない。
ただ、幽霊なので、当然ラブコメじみたこととかエロゲじみたことには発展しない。
この場合、物語としては大体ふたつのパターンに分けられる。
ひとつが、幽霊を成仏させるという形。
そしてもうひとつは幽霊が蘇る、あるいはそれに準ずる形で主人公と接することが出来るようになるという形。
このふたつだ。
ただその場合、その幽霊自体にかなりフォーカスがあたるはずなので、今まで出会ったこまちや明日香、千代のようなヒロインが配置されているとは思い難いのだ。
そして、何よりもまず、幽霊は文芸部員の人数としてはカウント出来ない。幽霊部員は問題ないが、幽霊の部員は大問題だ。一体誰がその存在を証明するというのか。
という訳で、幽霊ではありえない。
しかし、だからといって見つかるわけでは無い。
これだけ探しても見当たらないのだから、いないのだろう。
他にも出会うシチュエーションはいくらでもある。
そんなことを考え、家に帰ろうとした、その瞬間だった。
「……っ!?」
いた。
間違いない。
今度は視界の端なんかじゃない。がっつりとこの目で捉えられる。
道路を一本渡った対岸。そこに白いワンピースの少女が佇んでいる。
視線は道と反対方向……つまり、俺には背中を向けているので、顔は見えない。
だけど、分かる。
これはもう、理屈じゃない。直感だ。間違いなく彼女は、朝見かけたあの少女だ。
(くそっ……早く変わってくれよ……)
物語というは実によく出来ているものだ。
なにせ、明確な作り手がいる。
だから、「ここで妨害が入ると物語が面白くなるだろうな」という所で妨害が入る。
今回は赤信号と、大型の車による目隠し。
暫くして、信号が変わる。
俺は一目散に道を渡り、さっきまで少女がいたはずの場所で辺りを見渡す。
「そんな遠くには行ってないと思うが……」
右、左、右、左。
何度も見返すが、少女の姿はない。
またしても見失うのか。もしかして、彼女と出会うのが最終的な目標になってくるのか。そんなことを考え始めたときだった。
「これ……道……になってるのか?」
気が付いた。
少女の先にあった草木。その間に「木で作り上げられた階段のようなもの」を発見する。山道なんかにあるやつだ。
もっとも、半分以上が雑草で覆われているので、階段というよりはかつて階段だったスペースと表現した方がいいかもしれない。
それでも、道にはなっている。
よくよく見ると、生い茂った草木の間に、ちょっとした隙間が見えないことも無い。
誰からも思い出されることも無い、けれど確かに存在したどこかへの道。
可能性は、ここしか思い浮かばない。
「よし……行くか」
意気込んで、足を踏み入れる。学生服でこんなところに足を踏み入れるやつがいればさぞかし注目の的になるのかと思ったが、不思議と注目は受けない。まあ、だからなんだって話だけど、取り合えずここが私有地だったり立ち入り禁止だったりする場所ではなさそうだってことは分かった。
更に奥へと進む。
階段はかなり急で、しかも、それなりに長かった。
段々と下界から離れていき、雑音が減っていく。
代わりに聞こえるのは木々が揺れ、枝と枝が触れ合う音と、あまり聞きなれない虫や、鳥獣たちの声だ。熊……なんかは流石にいないと思いたいが、そんなことを考えてしまう位には自然の中だった。これ、無事に帰れるよな?
どれくらい歩いただろう。
十分もかかっていないような気もするし、数時間歩いたような気もする。なにせ時間を確認する術がない。こんなにかかると思っていないから、一体いつからこの自然をかき分けているのかを確かめるのを忘れてしまった。空模様だって、今はすっかと枝葉で覆い隠されてしまっていて、日が上っているのか、それとももう夕暮れ時になっているのか。そんなことすらも確認が取れない。
それが、
「おっ……と」
無くなった。
空が、見える。
同時に。視界も開け、
「なん…………だよ、あれ」
視界に、あまりにも見慣れた、異様な光景が広がる。
桜だった。
しかもただの桜じゃない。
幹の太さも長さも、枝葉の数も、咲き誇る花の豪華絢爛さも。
全てが俺の知っている桜の数倍ある。
まるで、そう。世界遺産に指定される、古の大木のような佇まいで、親しみあるはずの植物がこちらを睥睨している。
そして、その眼下には、
「あ…………」
間違いない。
今度こそ間違うはずもない。
長い黒髪に、白いワンピース。
交差点の、少女だった。
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