7.早口オタクでも恋がしたい。
そして困った。
確かに俺はアニメ『邪気眼でもラブコメがしたい』を全話、視聴している。それは間違いない。しかも二期ではなく、今まさに
そう。
大体なのだ。
その辺の「作品全く知りませんよ」って人に説明するならばそういう大雑把なものでいいかもしれない。しかし、今俺が求められているのは、もっとコアなものだ。なにせ目の前にいるのは、作品の厄介オタクな可能性が高いのだから。
とはいえ、今更「実は内容はうろ覚えなんだよね」とはいかない。
取り合えず、手持ちの記憶をフル動員して、
「そうだな……まあ王道って言ったら王道だったけど、そこに中二病っていうエッセンスを入れたのがポイントかな」
さて、これを聞いた千代の反応はというと、
「ほうほう……」
そう言って、「ささ、続きをどうぞ」と言わんばかりに手を差し出してくる。
なるほど。分かった。彼女は『邪気眼でもラブコメがしたい』の厄介オタクじゃない。俺の厄介オタクだ。
いや、厄介かは分かんないし、この場合オタクという言葉を使っていいのかも分からないけど、要は、彼女が一番興味を持っているのは「俺の感想」なのだ。
そりゃ作品自体も好きなのかもしれない。しかし、一番重要なのは俺・
端的に換言すれば「ラブコメ博士」みたいな立ち位置みたい。違う言い方をすれば先生と生徒。それだとラブコメには……いや、発展しそうな感じはするけど、この場合はしない。憧れは憧れだ、恋愛感情にはなりえない。
だけど、これならば幾分簡単だ。
なにせ、相手が求めているのは「作品に関する細かな要素」ではない。
これが厄介オタクならば、ちょっと用語を言い間違えただけでとんでもない勢いの怒りと訂正が入ってくること間違いなしだが、この場合は大丈夫だ。俺が作品を評価することそのものに対して尊敬のベクトルが向いているなら、多少固有名詞を間違えても平気なはずだ。だって、俺、いつもそんな感じだし。
と、いうわけで、
「そうだな……まあ、作り的には王道なんだよ、正直。主人公の元にヒロインが引っ越してくる。そのヒロインとは実は過去に出会ったことがある。そこから部活動を作るだのなんだのって話になる。で、ラブコメだから二人は恋愛関係になる。その状態からひと悶着起きて、物語が終わるってのもラブコメとしては割と王道だし理想的なバランスだよな」
「なるほどなるほど……」
「で、最終的な問題に関しても、これもまぁ、遡ってみれば見えてるんだよ。だって主人公は中二病卒業してて、ヒロインはまだ中二病なわけだろ?で、敵対……っていうほどじゃないんだけど、それに近い立ち位置のキャラが現実目線っていうか、中二病否定路線。それが話の後半のあたりで出てきたってことは、最終的には中二病をある程度肯定する話になるのは読めるよな」
「続けて続けて」
もう催促するようになってきちゃったよこの人。まあいいか。
俺は更に続ける。
「でもまあ、中二病を限定的とはいっても肯定するっていう作りは、俺的には結構好きかな。ほら、中二病とかそういう夢じゃないんだけど、子供じみたみたいに否定されることってあるじゃん。それって、作品が進むにつれて「成長」の二文字で処理されて、テンプレートな「大人」に進んでいくことが多いから。子供っぽさを肯定して終わってるのは、個人的には良いと思うよ。うん」
「他には」
「もうねえよ」
思わずつっけんどんになってしまった。邪気眼ラブコメ情報以上だよ。もういいぜ。どうも、ありがとうございました。
それらを聞いた千代は改めて、
「やっぱり立花くんは色々考えてみてるんだなぁ……」
「そう?」
「そうだよ。私、そんなすらすらと出てこないよ。面白いなぁとか、可愛いなぁとか、それくらいで」
「そんなもんか」
「そんなもんだよ」
即座に肯定される。
うーん、分からない。俺からすれば見た物語に対してこれくらいの感想が出てくるのが自然だからな。分からんもんだ。
何はともあれ、これで大分さっきのラッキースケベイベントの印象は薄められたはずだ。
俺はここぞとばかりに、
「さて、昼飯食うか」
「あ、うん。そうだね……」
一気に声のトーン小さくなったなぁ。ボリュームが二十から五くらいまで下がったんじゃないのか。
基本は物静か。でもたまに早口オタクがさく裂する。それが災いして、ちょっとした齟齬が生じて、「自分はモテない。需要がない」という認識が作られ、現在に至っている。これが恐らく、
これに踏み込むのは大分勇気がいる。そして、もし踏み込みかたに失敗しようものなら、この居心地のいい空間までもがぶっ壊れる可能性を孕んでいる。そりゃまあ、踏み込まないよね。
友達以上、恋人未満。それくらいの距離感。それがもう一歩踏み込むためには、友達……つまりは俺が、誰かの恋人になってしまう危険性が出てこない限りは難しいだろう。そして、それはきっとそう遠くない未来に起こる、はずだ。
とまあ、そんな分析をしたところで、実際にメインヒロインが現れないことには俺にはどうしようもない。だから、今はただ、こうやって、可愛い文学少女の友人と昼食を取るって話。
ちなみに、
「そういえば、今日も豪華だね、立花くんのお弁当」
「あー……そうだね」
ブラコン妹の作ったお弁当の中身は、作り手が高校一年生の女子とは思えないほど、華やかさゼロの、男子の好み全振りのものだった。凄くない?ご飯と、栄養バランスに対しての無駄なあがきとしか思えないプチトマト一個以外、ほぼ茶色だもん。まあ、好きだけどね。
朝食は普通にバランスの取れた日本食だったので、弁当だけ俺の希望を叶えている……のかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。