新たなる旅へ
第70話 旅立ちの朝
「あれから、もう一年経つんですね。」
「うん。短くはない時間のはずなのに、あっという間だったかな。」
サクラさんと二人、早く目が覚めてしまった朝に、テンマの残党との戦いを思い返します。
「無理もありませんよね。ずっと慌ただしかったですから。」
「うん、本当にね。」
あの巨大な魔装具・・・『戦士』を止めて、テンマの残党を無力化した時から、私達は次の動乱へと巻き込まれていったのかもしれません。
最後の戦いを終えて皆で喜び合ったのも束の間、向き合う必要があったのは、テンマの拠点に残る数多くの気を失った、あるいは動けなくなった人達。
私達六人だけで彼らを連行するのは無理がありましたし、そう遠くないところにいたスイゲツの警備隊の皆さんが、洞穴からの大きな音や揺れを感じて駆け付けてくれたのは、本当に幸運でした。
そうして、お母様とアヤメ様を聖域へ迎えに行き、スイゲツの王城へと戻れば、シロガネの国からヒカリさんと
私達は立場上、自由の身ですので、難しいことはお姉様やヒカリさん、お母様方に任せてしまいましたが・・・シエラさんがもっと口を出しておけば良かったと苦笑していたのは、少し後のこと。
「東大陸については、収まるべきところに収まったと言えるのかな。」
「はい。この辺りのことは『まだ一年』と言うべきなのかもしれませんが、落ち着いてきているように思えます。」
テンマの残党が引き起こした動乱により、二国が滅びたあの地は、旧カゲツ領をスイゲツの国が、旧クロガネ領をシロガネの国が統治することになりました。
元より、村のように小規模な単位で自治を行っているところがほとんどだったので、暮らしている人達に大きな混乱は無かったそうですが、新たに悪事を企む人達の拠点などにされることがないよう、どこが統治しているのかは明確になったほうが良いのでしょう。
「『自由都市』は相変わらずだけど、東の国と西の諸都市の共同声明が出て、両者の交流も以前より盛んになったから、ますます賑やかになってる感じはするよね。」
「テンマの残党が引き起こした混乱と、討伐に関する共同声明・・・もちろん各地の人達を安心させて、一体感を出すためには必要なことだったと思いますけど・・・」
「あはは、私達が慌ただしくなった原因って、大体はあれだよね。」
各地で起きた事件は二百年前に滅びたテンマの国の残党が原因だったこと、彼らは討伐され不安は取り除かれたこと・・・それを伝えるための発表でしたが、皆が実感を持てるように少し踏み込んだ情報や、自由都市での大きな戦いをはじめとして様々な場面で功績のあった人達への報奨も・・・
それが効果的だったのは確かですが、そうなれば私達のことも隠すわけにはいかず・・・多くの人達の前での表彰は断固として拒否しましたが、自由都市でのことなどはだいぶ人目に触れていたこともあり、しだいに噂は広がり吟遊詩人の物語にもされ・・・都市の中などで声をかけられることが増えてきました。
「英雄だなんて言われても、そんなことをしたつもりはないんですけどね・・・」
「私達の個人的な信念でやったことだからね。まあ、各地への影響が予想以上に大きかったというところだろうけど。」
「シエラさんとシノさんは、その辺り凄いですよね。『気にせず、ただ堂々としていればいいのよ。』って・・・」
「あの二人は、元々がそういう環境だったからなあ・・・良くも悪くも慣れているのかも。」
「そういえば、称号の授与のことも少し心配でしたが、淡々としていましたよね。」
「うん。二人で一緒にいられることが、一番大事だろうからね。私達が初めて会った頃から、それは変わっていないと思うよ。」
シエラさんはテンマの残党討伐の功績により、シロガネの国とスイゲツの国から合同で、東の地の王族相当の称号を授かり、シエラ・ハヅキ・アクロフォリアが正式な名前となりました。
家名のほうはそのままにしてほしいと、体面を重んずるところのある城塞都市から要望があったそうで、それを受ける代わりにシノさん共々、今後の行動に関して一切口出しされないことを認めさせたようです。
シノさんもクロガネの家名を正式に受け継ぎ、シノ・ナガツキ・クロガネとなりましたが、互いの名に違いがあろうと、二人はこれからもずっと姉妹として生きてゆくことを、各所に宣言されていました。
「称号といえば、ティアとメイは喜んでいたよね。」
「はい。メイさんは事の重大さに、困惑も大きかったようですが。」
シエラさんと同様に、ティアさんとメイさんも称号を贈られ、ティア・キサラギ・フォルトネと、メイ・ムツキ・フォルトネ・・・二人は晴れて国のお墨付きで家族となりました。ただ、そこに王族相当のものが入っていることを聞くと、メイさんは震えていたようでしたが。ヒカリさんは、前例だってある一代限りの授与なんだから気にしないでいいと言っていましたが、そういう問題ではない気が・・・
それでも、サクラさんと私にも、サクラ・ヤヨイ・カゲツとミナモ・ウヅキ・スイゲツという名前があるように、一緒に旅をしてきた皆が同じ状況というわけですし、間の名前がどうだろうと私達は私達だ! とティアさんが笑い飛ばすのを見て、やっと落ち着いてくれたようでした。
皆でマイエルの村を訪れると、久し振りに帰ってきたティアさんと手を繋ぐ、メイさんの存在に子供達も興味津々。最初は戸惑っていた様子のメイさんでしたが、港湾都市の近くで同じ年頃の子達と暮らしていたおかげもあってか、程なくしてティアさんと一緒に笑顔で皆と遊ぶ姿が見られたのでした。
あの時の子供達の受け入れ先として、マイエルの村も候補に挙がっているらしく、実現すれば賑やかなことになりそうです。
「慌ただしいといえば、アヤメ様とお母様もですよね・・・」
「あはは、誘ったのは私の母さんだろうけど、魔力の使いすぎから回復したと思ったら、二人で依頼を受けるようになるとはね。まあ、あちこち見て回れるってシズク様は楽しそうにしていたし、無理さえしなければ良いんじゃないかな。」
「それはそうですが・・・あれだけのことがあった後なので、やはり心配です。今日のように、ここでサラさんのお手伝いをしていれば、まだ安心なのですが。」
「母さんは間違いなくそういう性格じゃないからなあ・・・サラさんとは似ているところもあるせいか、頼りにはしてるけどずっと世話になるのは苦手という関係みたいだし。
それに・・・私達が今それを口にすると、どう考えても人のことは言えないだろうって話になるよね。」
「うっ・・・確かにそうですね。」
商業都市のサラさんの宿・・・私とサクラさんが初めて出会った日にも泊まった場所で、今は皆で同じ部屋を借りながら、私達は顔を見合わせて笑いました。
「サクラさん、窓の外が明るくなってきました。そろそろ皆が起きてきそうですね。それで・・・」
「うん。まだ私達の『おはよう』をしてなかったよね。」
「はい・・・」
同じ毛布にくるまり、体を寄せ合いながら、私達は唇を重ねます。
「私、この一年で少し背が伸びましたよね。前よりもしやすくなったんじゃないですか?」
「うん。でも、こっちのほうは少しだけやりにくくなったけど。」
「わぷっ・・・」
サクラさんがいつものように、私を胸元に抱き寄せて笑いました。
「ミナモちゃんは、どっちのほうが好き?」
「ど、どちらも大好きに決まってるじゃないですか・・・!」
その腕に包まれる幸せを感じながら、もぞもぞと顔だけを出して、すぐ上を向きます。
「あはは、そうだよね。私もだよ・・・」
「はい・・・!」
そしてぴったりと身体を触れ合わせたまま、もう一度唇を重ね、互いの呼吸を深く感じながら、私達は心地よい朝の一時を過ごしました。
*****
「それじゃあ、行ってくるよ。」
商業都市の外、ミナモちゃんと初めて会った場所の近くで、旅立ちの言葉を交わす。
「目指すは、オルフス南嶺・・・今では越える者など居ないと言われていますが、『商業都市』エルメールを大きく発展させたという二人、そして私達の推測が確かならば『始まりの剣士様と魔法士様』でもある方々がやって来たとされる、あの山々の向こうです!」
気合いを込めた表情で、ミナモちゃんが続けて言った。
「つまりは、今は誰もあの向こうを知らないってことだろ? 楽しみだな。」
「うん・・・今度は旅の始まりから、私もいられて嬉しい。」
これから進む先を見据え、笑うティアの隣で、私達六人の中では最後の合流だったメイも微笑む。
「あれから英雄扱いに加えて、各所との調整も忙しかったから、旅のほうが気楽よね。」
「お姉ちゃんと一緒の時間が長くなるのが、一番。何かあったら、私が守るから。」
シエラとシノも、晴れやかな表情で手を繋ぎながら言った。
「依頼所としては、皆様ほどの方々が長く此処を離れてしまうのは残念なのですが・・・ミナモさん、一軒家の話はどうなりましたか?」
「えっ・・・!? と、当分は大丈夫です。」
商業都市の依頼所での仕事を抜け出して、見送りに来てくれたマリーさんが、今となっては懐かしいくらいの話を出すのを、ミナモちゃんが少し慌てつつ首を振る。
「あら。それなら城塞都市のほうで、面倒事に巻き込まれないような隠れ家は用意できるかしら。」
「はっ! シ、シエラ様・・・あちらのことなら、リリー!」
「えっ!? 姉さんそれは無茶振り・・・け、検討させていただきますね。」
「まあ、当分は旅に出るからゆっくりで良いし、畏まらなくてもいいのよ。領将を辞めたら妙な称号が付いたけど、私は偉ぶるつもりもないし。」
休暇を取って城塞都市からここまで来ていたリリーさんが慌てるのを見て、シエラが笑みを向けて言った。
「贈った側からすれば、簡単にそう言われても困るんだけどね・・・」
「半ば無理矢理みたいなものだから、仕方ない。」
「シノの言う通りね。それより、あなた達はこんな所まで来ていて良いの?」
「ふふ、皆のおかげもあって東のほうは落ち着いているから、このくらいは平気よ。ね? みいか。」
「名目上は、近い将来シロガネの王位を継ぐための勉強を兼ねた外遊なのだけど、ひいかはちゃんとやっているのかしらね。」
「わ、分かってるわよ・・・! 何か大きなことが起きたら、シロガネ王家として皆に直接依頼しに行くんだからね。そこに隠してる緊急帰還用の転移魔法陣を使ってでも!」
じとりとした視線を夜美花さんに向けられつつ、ヒカリが近くの茂みをちらりと見た。
「いや、これはまだ実験みたいなものですし、ヒカリさんには起動できませんよね? 向こうからお姉様を連れて来るなどしなければ・・・もっと
「うぐぐ・・・ではシズク様は・・・ご了承いただけませんよね。」
「ええ、皆の旅に無粋なことをするつもりはないわよ。アヤメと私だって、あちこち行ってみるつもりだから。まあ、何かあれば感じられるかもしれないけれど。」
「その時は悪さした奴等をぶったぎるのが、私の役割だろうね。」
「うん、母さんらしくていいんじゃないかな・・・」
隣でミナモちゃんも苦笑しているけれど、本当に報せが必要な時にはきっと頼りになるだろう。
「マイエルの村にも、またちゃんと帰って挨拶しないとね。」
「ああ、村長とかには長めの旅に出ると言ったから、当分は大丈夫だろうけどな。」
少し距離があるためここにはいない、村の人達を思いながらティアとメイがうなずきあっている。
私とミナモちゃんも、サラさんや商業都市でよく顔を合わせていた人達に挨拶はしてきたから、あとは本当に出発するだけだ。
「サクラさん、一年前を思い出しますね。」
「そうだね。本当にできて良かった。」
「疑うわけありませんよ。これからも・・・!」
「うん、ずっと一緒に・・・!」
あの時はミナモちゃんと二人、城塞都市に向けて旅立った日のことを思い返しながら、手を繋ぐ。
「皆、準備はいいかな。出発するよ。」
「はい・・・!」
ミナモちゃんがすぐに応え、皆も続いてうなずき、私達の新たな旅は幕を開けた。
風斬りの少女と水月の姫 孤兎葉野 あや @mizumori_aya
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