第64話 最後の戦いへ

「ふう・・・こんなところで温かい湯に入れるとは、悪くないねえ。」

「ええ、本当に気持ち良いわあ・・・ありがとうね。ミナモ、シエラさん。」

サクラさんとの『水鏡みずかがみ』の修練を終えると、これから霧の外へ出るには遅い時間となっていたため、私達は聖域で朝まで休息を取ることに。

お母様とアヤメ様にも、野営での大きな楽しみとなっている、水魔法を用いたお風呂を体験していただきます。


「お母様達にも喜んでいただけて良かったです。あっ、でも・・・」

「ええ。私は旅に加わってから、火の魔法で温める手伝いをしているだけ。最初に道具を揃えたのはサクラとミナモだと聞いています。」

私が少し言いにくそうにしたことを、シエラさんが横から伝えてくれました。もちろん、温めるのが楽になったことは感謝しているんですよ。


「おや、サクラ。休憩は木の上でも出来るから、移動を重視した旅を教えたはずなのに、随分とぬるいことを始めたもんだねえ。」

「ち、違うんです、アヤメ様。私が旅に不慣れでしたので、少しでも楽に過ごせるようサクラさんが配慮してくれたんですよ・・・!」


「文句があるなら、母さんだけ今すぐ上がってもらおうかな。」

「ちっ、仕方ないねえ。」

にっこりと笑って口にするサクラさんに、アヤメ様が小さく舌打ちをしました・・・聞かなかったことにしましょう。



「そういえば、私やシズクの生まれであるカゲツとスイゲツ、そしてシロガネとクロガネが、どうして国なんてものになったか知っているかい?」

お風呂で上機嫌になったのか、アヤメ様が語り始めます。


「二百年前、西の三都市と協力してテンマの国を打倒した後、この地が混乱することを避けるため・・・でしょうか。」

「ああ、それが今の時代まで伝わっている話だ。だが、私はこうも思うんだ。もしかすると、ご先祖様達は仕方なくそうしたんじゃないか・・・とな。」


「えっ・・・!? いえ、言われてみると、それが自然に聞こえてしまいますね。」

「確かにね。私達が今まで会ってきた四ヶ国の末裔・・・それこそ、私とミナモちゃんも含めて武具を継承しているような人は、王位なんて継ぎたいと思うほうが珍しい気がするね。」

初めは驚きが声になった後、納得する気持ちになってしまった私に、隣からサクラさんもうなずきます。


「ああ、そもそも聖域と呼ばれているこの場所で、『始まりの剣士様と魔法士様』、それにご先祖様達が何をしていたかと古書を調べてみれば、自分を高めるための剣や魔法の修練、それに今まで出来なかったことへの挑戦が主だったらしい。

 まあ、盗賊みたいなのには容赦なく対処してたそうだから、自然と上に立つような雰囲気にはなってたようだけどね。」

「私もアヤメに同感だわ。想像にはなるけれど、テンマの国に対して反乱を起こしたのも、無理に領土を拡げようとして多くの人達を苦しめていたからではないかしらね。」

遠い昔、私達のご先祖様が過ごしていた場所で、私達は過去に想いを馳せます。


「まあ、私達が言いたいことは、お前達も国だのなんだの気にしないで、好きなようにやってこいということだ。」

「うん。もとよりそのつもりだよ、母さん。」

「気にしないという意味では、私達はとても良い面々が揃っていますね。」


「ん? 今こっちを見なかったか、ミナモ。」

「大丈夫、私も一緒に見た。」

「わ、私はそんなことしてないからね、ティア。」

「ふふっ、私とシノも都市を自分で出てきた身だし、ミナモの言う通りだと思うわよ。」

星空の下に、私達の笑い声が響きました。




「あ、あの、サクラさん・・・」

そうして寝る準備を整え、いつものようにサクラさんと毛布にくるまったところで、あの時から気になっていたことを尋ねようと、顔を上げます。


「うん。寝る前にしようか。」

「はい・・・!」

やっぱり、同じことを考えてくれていたようです。『水鏡』の時にそうしたように、サクラさんと私は唇を重ね、しばらくお互いを深く感じた後、微笑み合いました。


「おやすみなさい、サクラさん。」

「おやすみ、ミナモちゃん。」

私達の時間に、一つの特別が加わったのを感じて、いつもより穏やかな気持ちで眠りへと入ってゆけそうです。

・・・少し欲張りかもしれませんが、朝起きた時にもお願いしようと思いながら。




「それじゃあ、行ってくるよ。」

「終わりましたら、また此処へ迎えに来ますので、一緒に帰りましょう。」

翌朝、聖域の境でお母様達に見送られながら、私達は出発します。


「ああ、気を付けて行ってきな。」

「良い報せを待っているわね。」


「それじゃあ皆、出発するよ!」

サクラさんの声に、皆がうなずきます。向かう先はもちろん、テンマの残党が集う根拠地。次が最後の戦いとなることを強く感じながら。

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