第63話 水鏡
「さて、そろそろ情報交換といくかい? サクラ達も、ここへ遊びに来たわけではないだろう。」
「そうだね、母さん。」
再会の挨拶も済んだところで、アヤメ様が私達を見回して続けます。
「特に、城塞都市の領将様と、その従姉妹が『
「気付かれていましたか。流石はサクラのお母様ですね。ただし、少し訂正させていただくならば、私シエラは城塞都市の元領将。そして公の記録にどう記されるかはともかく、シノは私の妹です。」
「うん! 私はお姉ちゃんの妹。それから『
・・・ご希望であれば、堅苦しい言葉で言い直しましょうか。アヤメ・ミナヅキ・カゲツ様?」
「あはは、城塞都市にも面白い子達がいたもんだねえ。もちろん好きなようにしてもらって構わないよ。それと、アヤメより後ろのはとっくに捨てた名前だから、やめておくれ。」
相手の力量を測るような視線と、シエラさんの心配そうな表情を察してか、即座に切り替えたシノさんに、アヤメ様が笑いました。
「確かに、最初は私達が良さそうですね。ただし、短くはない話になりますが宜しいでしょうか。アヤメ様、お母様?」
「ああ、構わないよ。こっちは少しばかり動きにくくなって、退屈してたんだ。」
「ええ。もちろん長さは気にしないから、しっかりと聞かせてちょうだい。あなた達がどんな旅路を歩んできたのか。」
「はい! それでは、お母様の転移魔法で逃がされた私が、サクラさんと出会った時のことから・・・」
サクラさんと目を合わせてうなずきながら、私達は話し始めました。
*****
「あはは、そこの魔道具士フォルトネの娘は『
「おっ、あんたも親父のことを知ってるのか!」
「ちょっと、ティア。サクラさんのお母様に、それは失礼だよ・・・」
私達の話を聞き終えて笑うアヤメ様に、ティアさんとメイさんが反応します。
「ああ、そこまで気を遣わなくていいよ。見ての通りの人だから。」
「えっ、えっ・・・」
西の商業都市から始まり、海を渡ってお母様達の故郷までやって来た旅路を話し終えたサクラさんは、少し柔らかい表情に見えました。
「淋しい思いをさせたことは申し訳なかったけれど、良い旅をしてきたのね、ミナモ。」
「はい、お母様・・・」
そして、隣から頭に優しく手を当ててくれたお母様の言葉に、私も胸がいっぱいになりました。
「さて、次は母さん達の話も聞かせてくれるかな。怪我はともかく、状態はあまり良くないように見えるけれど。」
「・・・!」
サクラさんの言葉に、私にも緊張が走ります。元気そうに見えるのは確かなのですが、お母様とアヤメ様の内に感じる魔力は、ぼろぼろになっているように思えて、いつ触れたものかと悩んでいたところでした。
「ああ、あんた達に隠すのは無理があるか。とはいっても複雑な話じゃあない。シズクをここへ連れてくるまでに、魔力を使いすぎたってことだ。」
「私もよ。ミナモと『
話には聞いていたけれど、無い魔力を無理矢理に引き出そうとすると体に良くないのね。当分の間、本調子には戻れそうにないわ。」
「そんな・・・・・・いえ、そこまでしなければ、お母様とアヤメ様は危なかったのですよね。」
「うん。生きていてくれて本当に良かったよ。ミナモちゃんはシズク様のことをずっと心配していたから。」
「はい・・・・・って! サクラさんもアヤメ様がここに居ることを察した時、表情が変わってたのは分かるんですからね!?」
「あはは、やっぱりミナモちゃんには気付かれちゃうか。」
少しだけ言い合いをする私達のことを、お母様とアヤメ様がじっと見つめていました。
「・・・その前後のことは、大した話でもないけどね。私はサクラに『華月』を継承して、教えることもほとんど無くなった時に旅に出た。
そうして情報を集めながら久しぶりにこっちへ来たら、スイゲツがだいぶ危ない情勢だったから、シズクの所へ向かったら案の定だったねえ。」
「もう、たくさん頑張ってくれたはずなのに、簡単そうに言うんだから・・・背景から話すと、私とアヤメは小さい頃からの親友だったのよ。
たまたまスイゲツの血が濃く出たとかで、王妃の候補なんて話で引き取られた私を、遊びに来たカゲツの王女様が連れ出してくれてね・・・アヤメが国を捨てて出ていく時には、付いていくか迷ったものよ。まあ、もしもそうなっていたら・・・」
そこまで話して、お母様が私に微笑みます。
「こ、恐いことを言わないでください・・・」
その場合、私は存在していなかったんですね・・・ちょっとだけ寒気がして、サクラさんに抱き付きます。
「うん、ミナモちゃんがいてくれて、私も本当に良かったよ。」
サクラさんが私を胸に抱き寄せながら、いつものように頭を撫でてくれました。
「ふうん、シズク。私達の娘は、随分と仲が良いようだねえ。これなら、あれを教えてもいいんじゃないか?」
「ええ。私もそう思うわ、アヤメ。」
そんな私達を見て、お母様達がうなずき合います。あれとは、なんでしょうか。
「サクラ、ミナモ、そして一緒に来た四人も。これからあんた達は、テンマの本拠地に向かうってことでいいんだよね?」
「うん。もちろんだよ、母さん。」
「はい、各地を騒がせてきたテンマの残党を、完全に止めるために向かいます!」
「よし、それじゃあ二人に教えたいことがある。他の皆は少し待たせてしまうけど、構わないかな?」
「ええ、サクラとミナモにとって大事なことであれば、もちろん待たせていただきます。」
アヤメ様の言葉に、シエラさんがすぐさま笑顔で答え、皆もうなずきました。
「さて、『華月』や『水月』が私達のご先祖様から長く伝えられてきた武具だということは、二人も知っているだろうけど、他にも伝承の術はある。そしてこれは、そのご先祖様方の師である『始まりの剣士様と魔法士様』から伝えられたという、とびきりのものだ。ただし、余程信じあった者同士でなければ使うことは叶わず、逆に身を滅ぼしかねない。」
「・・・っ!」
「そんな術が・・・!」
アヤメ様の言葉に、サクラさんも私も息を呑みます。
「今からその術についての書を二人に見せるから、どうするかは話し合って決めてちょうだい。」
そしてお母様は、私達にそれを渡しました。サクラさんと顔を寄せ合いながら、記されたものを確かめます。
・・・・・・え、これは!?
「ミナモちゃん。術式は少し難しいけど、私達なら出来るよね。」
「はい! もちろんです、サクラさん!」
微笑むサクラさんに、私も大きくうなずきました。
*****
「さて、やっぱり待たせてしまったけれど、二人の準備も整ったようだから、この場でお披露目といこうか。」
私達が少しの時間をかけて術式を自分達のものとしたところで、アヤメ様が皆のほうを見て言います。
「母さん、それはちょっとした意地悪のつもりかな? 私達には効かないけど。」
「はい! 皆の前でも何も問題はありません。」
「あらあら・・・」
堂々と宣言する私達に、お母様が微笑みました。
「それじゃあ始めようか、ミナモちゃん。」
「はい! よろしくお願いします、サクラさん。」
まずは私がサクラさんにたっぷりと魔力を渡し、互いの全身を包むような術式を一緒に構築します。
「いくよ。」
「はい・・・!」
それを確かめ合った後、サクラさんと私は目を合わせ・・・
「「『
最後の詠唱を終えて、唇を重ねました。
これが特別なものであるのは分かりますし、私とサクラさんにとっても初めてのことですが、いつも抱き合って眠っていた私達には、驚くほどのものではありませんでした。むしろ、初めてという事実のほうが意外なのかもしれません。
「こ、これは・・・!?」
近くでシエラさんの驚く声が聞こえます。そう、大事なのはこの術の効果。唇を重ねた瞬間、私とサクラさんの身体は一つになったかのように、たくさんの情報が流れ込んできます。『華月』と『水月』の共鳴が、私達の間でも強く強く起きているような感覚でしょうか。
サクラさんの剣術や気配の感じ方、そして何より温かい気持ちが伝わってきます。私の想いも同じように届けられていると思うと、本当に嬉しいですね。
そして、アヤメ様が言っていた『余程信じあった者同士でなければ使うことは叶わず、逆に身を滅ぼしかねない』ということも本当なのでしょう。もしこれが、私達とは違って裏で嫌い合うような間柄で行使されれば・・・考えるだけで恐ろしいです。
「私達には、心配の無いものだよね。」
「はい・・・!」
そんな思考もしっかり感じ取ってくれたサクラさんに、私はうなずきました。
「それじゃあ、試しに一つ・・・!」
サクラさんが、私の得意とする水魔法を発動し、少し離れた空中に浮かべます。私に何をしてほしいかは、もちろん伝わっていますよ。
「私に剣はありませんので、これでっ・・・!」
『水月』の周囲に風魔法を展開し、『華月』の刃の代わりとします。
「当たってください!」
「・・・・・うん、お見事。」
伝わってきた剣の扱い方にも助けられながら、私が飛ばした風の斬撃は水球を切り裂き、サクラさんとうなずき合いました。
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