第56話 笑顔
「いよいよ明日だね、ミナモちゃん。」
「はい・・・!」
スイゲツの国都への到着を翌日に控えた夜、宿の部屋から窓の外を眺めていると、サクラさんが声をかけてくれます。さっきからこうしていても、なかなか緊張が解けないのは、隠せるわけもありませんよね。
「こちらの様子を探っている人達も、思った通りここで仕掛けてくる気配はなさそうだね。」
「はい。あの時に言っていたように、都に到着してから・・・なのでしょうね。」
その指揮を執っている人・・・私が都で暮らしていた頃に警護をしてくれていたのでしょう、少し懐かしい気配を感じる相手と、接触した夜のことを思い出します。
「うん、私もそう思うよ・・・それで、都へ着いたら、やっぱりあれで行くの?」
「はい。都の入口で私が何者かを明かし、お姉様の出方をうかがう・・・そうしたいと思います。
認めてくれるならそれで良し、駄目なら侵入する大義名分が出来ますから。最初から逃げたくはない気持ちになりまして・・・」
「あはは、侵入に大義名分か。それも良いかな。どちらにせよ、戦う準備はしておく必要がありそうだけど。」
「そうですね・・・サクラさん、今の私はどう見えますか?」
「戦いになることは薄々分かっていても、そうならなければ良いな・・・という気持ちを捨てきれない感じ?」
「はい、全くその通りです・・・だめですね、私は。」
戦いそのものは、今まで何度も経験しているのに、身内と呼べる人が絡んだ途端にこうなるなんて・・・
「ううん、ミナモちゃんはそれでいいんだよ。シエラだって、いつもすごく冷静に全体を見てるけど、シノが関わることは心配性になる時があるよね?」
「はい、確かに・・・」
シエラさんの布団がぴくりと動いた気がしたのは、見ないふりをしておきましょう。
本当は何か言いたいのかもしれませんが、そうなってもお互いに気まずいですし、何より一緒に眠っている、大切な妹のシノさんを起こしてはいけないという、優先順位を間違えない人ですから。
「さて、ミナモちゃんもそろそろ寝ないと、明日に響くよ。」
「は、はいっ・・・!」
サクラさんが私をひょいっと抱き上げて、そのまま布団の中へと運んでくれます。
「眠れるまで、私がこうしててあげるからね。」
「あ、ありがとうございます・・・」
本当は、それからどこか距離を置いているようなサクラさんを、私が抱きしめてあげたい気持ちにもなりますが、まだ少し早いのかもしれません。
温かくて優しい腕に包まれていたら、いつの間にか緊張は落ち着き、眠気もやってきたのでした。
*****
「皆さん、よろしくお願いします。」
「うん、行こうか・・・!」
少し早い時間に皆で宿を出て、お昼前に都へと到着します。この先で、私は自分の名を明かし、お姉様の前へ・・・!
「サクラさん、あれは・・・!」
「門の前を兵が固めているね。敵意は無さそうだけど・・・」
そんな私達の機先を制するように現れたのは、歓迎の気配すら見せる故郷の国の兵士達でした。
「恐れ入りますが、ミナモ様ですか?」
「はい、その通りです・・・」
予想していなかった展開に少し動揺しつつも、この国で継承されてきた武具の『水月』を手に取って示します。
「ええ、見間違えようはずもございません。お帰りをお待ちしておりました!」
これを偽物だと言い張る可能性も考えてはいましたが、そんなことは無いようですね。
「フブキ様もお待ちです、どうぞお入りください。お付きの方々も共にと仰せつかっておりますので、ご一緒にどうぞ。」
「あ、ありがとうございます・・・!」
お姉様の名が出てきて緊張が走りますが、サクラさんに目を合わせると、うなずいてくれましたので、そのまま皆にも目配せして都の中へ。もちろん周囲への警戒は怠りません。
・・・ティアさん、物珍しそうに辺りを見回している場合ですか? あっ、メイさんがそれとなく注意してくれましたね。ありがとうございます。
シエラさんとシノさんは、城塞都市で人前に出る立場だったこともあり、堂々とした雰囲気です。むしろ私のほうが、こういうことに慣れていないのですが・・・
サクラさんが私に小さく微笑んでくれました。そうですよね、今はあんは風にお姉様の前にも立つ気持ちでいなければ。
「この先は王城となります。どうぞお入りください。」
「はい・・・」
都の大通りから城内に入り、そのまま奥へと進んでゆきます。私も立ち入ったことの無い場所ですが、この先にお姉様は居るのでしょうか。
やがて、分厚い扉の前へ案内され、先導する兵士の隊長らしき方がお伺いを立てます。そうして返ってきたのは、私達六人で中へ入るようにとの言葉。兵士の皆さんにお礼を伝え、開いた扉の奥へと進みました。
「・・・! お姉様。」
そうして進んだ先には、丈夫そうな椅子に座るお姉様の姿。あれが王座・・・と呼ばれるものでしょうか。
「久し振りね、ミナモ。ずっと会いたかったわ。」
「あ、ありがとうございます・・・?」
これまで私を見る時には、とても冷たい視線を感じたものでしたが、今はにこやかな笑顔。それがかえって、ぞわりとしたものを感じさせます。
「お姉様、私がここへ来たのはお母様の行方を・・・」
「あなたをこの手で始末できる時を、ずっと待ち望んでいたの。」
「・・・!!」
私が言いかけたことなど耳に入らないように、お姉様が笑顔のまま、すっと手を動かします。
その瞬間、辺り一帯が強い魔力の奔流に飲み込まれたのでした。
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