第55話 視線
「ミナモちゃん、気付いてるかな?」
スイゲツの国へ入り、歩き出して少し経った頃、サクラさんが小声で聞いてきます。
「はい・・・ただ、本当に遠くから見られているだけのようですので、どうしたら良いものかと思いますが。」
「うん。明確な悪意は感じないけれど、動向を探ろうと力を入れられてる気はするね。」
私も気付いてはいました。国に入ってから、こちらをじっと探るような複数の気配。もちろん、国の境であれば、盗賊のような人達が入り込まないか注意するのは、むしろ当然と言えるでしょう。
しかし、それからしばらく進んでもなお、こちらへ向けられる視線が変わらないのは、標的にされているとが考えられます。
「ただ、もう一つの問題は、こちらが気付いていても、追及して良いのか分からないところだね。」
「はい・・・」
これまでの都市であれば、そこが運営する依頼所で盗賊の討伐依頼などを受けていたため、怪しい気配があれば積極的に調べることが出来ましたが、今ここは状況の分からないスイゲツの国、そして私達は素性を隠して旅をしています。
あまり当たってほしくはない予想ですが、今の国を治めているらしいお姉様が、こちらを監視しているのならば、手を出すことはきっと良くない結果を招くでしょう。
「サクラさん、ミナモさん・・・」
「メイさん?」
サクラさんと私が話し合っているところに、メイさんがすっと近寄ってきます。
少し気を抜いていれば、気配が移動するのを見逃してしまいそう・・・日頃からこうした動きを意識しているようで、
「私一人なら、皆さんとは何の関係もないと言い張ることが出来ます。今夜、調査に向かわせていただけませんか?」
メイさんもやはり、こちらへ向く視線に気付いていたのでしょう。でも・・・
「それはだめだよ、今の状況では危険すぎるからね。」
「はい・・・・・・」
サクラさんの言う通りです。メイさんも実力はあるのでしょうけど、今は相手の数や目的が不明、情報が少なすぎます。
「メイさんも大切な仲間なんです。一人だけで危ない行動はさせたくありません。」
「あ、ありがとうございます。」
私の心からの気持ちを伝えます。私達に加わったのが最後だからとか、以前は敵方に属していたとか、遠慮が見える時がたまにありますが、そんなことは気にしてほしくありません。
「でも、メイさんも乗り気であれば、三人ならどうですか? サクラさん。」
「あはは、いいことを考えるね、ミナモちゃん。」
「え、え・・・・・・」
笑うサクラさんと、表情が固まるメイさん。やってみる価値はありそうです。
「これは相手方も想像していないと思うけど、本当に気を付けなさいね。」
その夜、宿を抜け出す私達にシエラさんが言います。お姉様が私を警戒していることがあの視線の原因だとして、斥候に私自身が加わることは予想しづらいでしょう。
「何かあったら、こっちは私とお姉ちゃんが守る。ミナモ達も気を付けて。」
「はい・・・!」
クロガネの武具を手に言うシノさんも、頼もしく見えます。
「やっぱり、私も行ったほうがいいんじゃないか?」
「私達は大丈夫。ティアはこちら側が攻められた時、吹き飛ばしてあげて。」
メイさんが上手く説得してくれましたが、ティアさんは残念ながら斥候に不向きですし、戦端を開くきっかけにもなりかねないので、今回はお留守番です。
ちなみに、シノさんが言った『守る』組に、自分の名前が無かったことには気付いたのでしょうか?
「お二人が強いのは承知していますが・・・本当に気を付けてくださいね。」
「ありがとう。まあ、ヒカリよりはまだ良いと思うけど。」
「それに、私の記憶が戻る前でしたけど、二人だけでアロガントバッファローに遭遇した時よりは恐くないですよね、サクラさん。」
「うん、その通り!」
「え、アロガントバッ・・・ええ・・・・?」
メイさんが信じられないという顔をしていますが、本当なんですよ?
「さて・・・私達は気配を消して、宿にはミナモちゃんと私が作った偽の魔力源を置いてきているけど、慎重に行こうか。」
「はい・・・!」
「分かりました。」
気を取り直して、私はいつものようにサクラさんに抱き付き、メイさんもぴったりと動きを合わせるように、三人で夜闇の中を進んでゆきます。
「あの方向に二人、そっちにも二人、奥にもまだ固まっていますね・・・ぐるっと回りながら行きませんか?」
「うん、良いと思う。」
「私も賛成です。」
気配を探ることが得意な三人が揃えば、相手の斥候らしき人達が多くても、対応してゆけます。
「・・・指揮を執っているのは、一番奥にいる人だと思いますが、どうでしょうか?」
「うん、他の人達に指示を出しやすい位置取りをしてる気がするね。」
「指揮をする人の考え方はよく分かりませんが・・・シエラさんならそうするかもしれない、と思います。」
メイさん、ちょっと変化がついていますが、良い考え方だと思います。それなら決まりですね・・・
「その人と話してみてもいいですか? 少しだけ覚えがある気配です。」
近付くうちに、それに気が付いてしまいました。あれはきっと、お母様と過ごしていた所での・・・もちろん、危険を伴うのは分かっていますが。
「うん。ミナモちゃんがそう決めたのなら。」
「何かあれば、私も守ります・・・!」
「ありがとうございます。行きましょう・・・」
サクラさんとメイさんの言葉に感謝しつつ、それに最適な場所を探しながら、私達は足音を忍ばせて進みました。
「ミナモちゃん、ここから風魔法で言葉を伝えるよ。狙いは一番近くにある一人分の気配・・・準備はいい?」
「はい、お願いします・・・!」
サクラさんに抱き付きながら届けた魔力で、向く先にいる人だけが気付くような、静かな風が吹いてゆきます。
『今晩は、お仕事中に失礼します。』
「・・・っ! ミ・・・!」
そうして返ってきたのは、息を飲むような響きと、この名を呼び掛けて口を噤んだらしい声でした。
『あなた達は、私の敵なのですか・・・?』
「・・・・・・敵に、なりたくはありません・・・」
『それが聞けたのなら、十分です。お邪魔しました。あっ、手を出されない限り、戦うつもりはありませんから。』
「・・・都ではご注意なさいませ。どうか、お気をつけて・・・・・・」
その言葉を最後に、こちらへと届くものは無くなり、サクラさんとうなずき合って、私達は風を止めました。
「ミナモちゃん、この国を治めているというお姉さんはやっぱり・・・」
「はい、覚悟はしていましたが・・・でも、国の全てが敵ではないと分かっただけでも、気持ちは晴れました。」
「そっか・・・あとは、道中での襲撃の可能性は低いというのも良かったかな。その分、都に着いた時は待ち構えているだろうけど。」
「そうですね・・・私も気を付けます。」
「ティアや私もいますから、出来る限り力になりますね。」
「はい、ありがとうございます・・・!」
宿への帰り道、三人で話しながら、数日後には到着する都へ思いを馳せます。きっと全てが穏やかには済まないのでしょうけれど、ちゃんと向き合おうと、私は心に決めました。
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