第53話 夕映え

「さて・・・待たせたわね。私達から・・・ひいては、シロガネの国からということにもなるけれど、皆に渡したいものがあるわ。」

拠点とする邸宅の中で、ヒカリが改まった様子で私達と向かい合う。先程まで夜美花やみかさんと一緒に、本国からの使者らしき人達と話していたから、そこで受け取ったものがあったのだろう。


「まずは、シノさん。あなたの自身の思いはあるでしょうけど、これからの皆の安全という意味も込めて、受け取ってほしいの。」

ヒカリが口にしながら、見るからに重要なものを納めるためと思しき箱を開く。


「これが『黒金くろがね』。貴女のお母様の生まれであるクロガネの王家に代々伝えられてきた、私の『白銀しろがね』と対をなす武具。既にかの国はありませんが、貴女を唯一の継承者として、シロガネの国からお返しします。」

「・・・承知しました。私は国を再興する意思の無い一介の旅人ではありますが、それでも宜しければ、家族と友を守るため謹んでお受けしましょう。」

ヒカリの言葉に合わせるように、シノがいつになく丁寧な礼の所作を取って答えた。


「・・・それで、もう言葉遣いは崩していいの?」

武具を受け取り終えた後には、すぐ元の調子に戻ったけれど。


「ふふ、別に強制したつもりは無いのだけれど。」

「何かそういう空気を感じたから、譲歩した。国を再興しないのは、絶対に譲らないけど。」

「そこは崩せそうにないわねえ・・・」


「王女様。まずは『黒金』の継承をご承諾頂いたことを喜びましょう。シノ様のご意思も大事です。」

「うん。私も言葉遣いを崩すから、みーかもそれ止めて。」


「・・・ひいか? 色々と台無しなんだけど?」

「さっきからよく話に出ているわよね。気持ちが大事だって。」


「あんたねえ・・・! 私達も近々国に帰るんだから、そっちの言葉遣いも慣れておかないと・・・」

「もう少しの間、私だけのみーかでいて?」

「くっ・・・! そう言えば私が折れると思って・・・!」

うん。この二人はしばらく放っておいたほうが良さそうだ。



「それにしても、シノもあんな偉い感じの言い方出来るんだな。」

「ティア。『出来ない』と『やりたくない』は違う。」

珍しいものを見た顔で口にするティアに、シノが静かな表情で答える。


「私はシエラさんとシノさんのそうした姿、見ていないんですけど、あまり聞かないほうが良いんですよね?」

「ふふっ、メイは察しが良いのね。やりたくないのは本心だから、さっきので想像して頂戴。」

そっと尋ねるメイに、シエラが笑顔で言った。



「さて、話が逸れたけれど、次は皆へ渡すものがあるわ。ミカ、お願い。」

「ええ、承知したわ。」

ヒカリが口にすると共に、夜美花さんが少し大きな箱を取り出すと、その中身を私達一人一人に渡してくる。


「これは・・・通行証?」

「ええ。シロガネの国全域を自由に行き来できるものよ。スイゲツへ行くにしても、国土を接しているうちのほうから、出来るだけ安全な道を通ったほうが良いでしょう?」


「そうだね。ありがたくいただくよ。」

「皆に二種類ですか・・・こちらのほうの名前はミナモ・ウヅキ・スイゲツ・・・やはりそういうことなんですね。」

ミナモちゃんが縁取りの装飾からして豪華なほうを見つめ、引き締まった表情で言った。


「ええ。国として何らかの功績を認めた旅人向けのもの、そして国の賓客としてのもの、二種類を渡すから好きに使って頂戴。

 東の王家の血を引く三人には、正式な名前で作らせてもらったわ。」

「シノ・ナガツキ・クロガネ・・・お母様から、微かに聞き覚えはあるような・・・」

「ええ。もしもの時のため、貴女が産まれる頃には用意されていた称号よ。シロガネにも正式な資料として残っているわ。」


「そう・・・でも普段はやっぱり、こちらを使わせてもらう。」

「そうね、シノ。私達はオニキスとアリエスのほうが性に合うわ。」

シエラとシノが、旅人としての身分証を手にうなずきあった。


「わ、私が、国の賓客・・・?」

「ははっ、私も村にいたら絶対にもらえないようなものだな。」

声が少し震えているメイに、ティアが笑う。


「メイさん。あなたは既に、私達の重要な任務を手助けしてくれました。シロガネ王女第一の従者として、私が保証しますよ。」

「ミカ、それ王女って言いたいわけじゃないわよね? まあ大丈夫よ。何かあれば私達がどんな手を使ってでも黙らせるから。」


「あ、ありがとうございます・・・」

「どんな場面でも全員で行動するためには、確かにあったほうが良いものよ。」

シロガネの主従にお礼を言うメイの肩を、シエラがぽんと叩いた。


「全員ねえ・・・テンマの残党を完全に滅ぼしたら、一代限りのあれ出しちゃおうかしら。」

「ヒカリが何か不穏なこと言ってる・・・」

それを聞きながら、笑みを浮かべるヒカリに、シノが眉をひそめる。


「あら。姉妹一緒、ついでに言えば全員一緒のほうが良いんじゃないかしら?」

「ああ、シノのことを考えれば、それはありがたいわ。あと二人も巻き添・・・一緒のほうが気は楽よね。」

「お姉ちゃん、聞かれないほうが良い言葉が出た気がする・・・」

「ふふ、気のせいよ。」

ちらりと視線を向けたシノに、シエラが笑って答えた。うん、ティアとメイはそうなったとしても、今とあまり変わらないよね。



*****



「ここ『自由都市』がユウバエと名付けられたのは、この景色が由来と言われているわ。」

シロガネの国からの贈り物を受け取り、自由都市からの出立についての話を終えて、

私達はヒカリさんに案内され、都市の西に広がる海へと、夕陽が沈む様を眺める場所にいます。


「うん。西の都市にも広まってるくらいには、その話は有名だよ。東の地の古語が由来なんだよね?」

「あら、知っていたの? その通りよ。あなた達が持つ『華月かげつ』と『水月すいげつ』、それに『白銀』と『黒金』の銘と同じように、この地に伝わる古語がもとになっているわ。」


「そっか・・・昔から伝えられてきたというのも

、うなずけるくらいには良い景色だね。」

「ええ、そうでしょう。」

サクラさんとヒカリさんが言葉を交わす横で、皆もこの景色に見入っています。私も心から綺麗だと思いますし、この八人で自由都市の風景を見るのは、ひとまず最後になるという気持ちもあるのでしょう。


ヒカリさんと夜美花さんはシロガネの国へ戻る準備に入り、私達はこの旅の大きな目的である、スイゲツの国へと向かいます。

私をサクラさんのもとへ送ってくれた、お母様の行方を探るため、そしてテンマの残党に与したとの情報も耳にしたお姉様へ、何があったのかを聞くために・・・!


「ミナモちゃん。」

「はい、サクラさん・・・」

ほんの少しだけ気負っているのを察してくれたのでしょうか。手を繋いできたサクラさんに甘えて、ぎゅっと体を寄せます。


これならも厳しい戦いが待っているのかもしれませんが、サクラさんが隣にいれば乗り越えてゆける! 深く信じられるものを心に感じながら、私はこの都市で最後の夕陽を見つめていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る