第43話 邂逅

「ひとまず、都市に入る手続きは問題なく終わったね。」

船を降り、『自由都市』へと入ったところで、皆で一息つく。


「ええ。定期船で来ているところに、港湾都市発行の書類もあれば、変に指摘されることも無いと思うわ。」

「あはは、一番何かありそうな当人が言うのなら、間違いないってところかな。」


「もちろんよ。ねえ、オニキス。」

「うん! アリエスお姉ちゃん。」

今回も騒ぎになる可能性を考えて、城塞都市の前領将とその従姉妹としての名前を隠すシエラとシノは、すっかり慣れた様子だ。そして今はもう一人・・・


「さて、その辺りの気分はどうかな、ちゃん?」

「ううう・・・確かに怪しまれることはありませんでしたけど、サクラさんにそう呼ばれるのは変な気分です・・・」

外に出ることはほとんど無かったとはいえ、ここから少し離れた国の王族であり、そこでテンマの残党に直接襲われているミナモちゃんは、もちろん本名は隠したほうが安全だ。


「サクラさんも名前変えないんですか? ハナツキとか・・・」

「私はこっちに来ること自体が初めてだからね。母さんのことはともかく、名前を隠す必要は特に無いよ。」


「それはそうかもしれませんけど、私だけが変えているのが、なんだかしっくり来ない気持ちで・・・」

「そうか。じゃあ、次は二人で一緒にやろうね。」

「はい・・・!」

頭を優しく撫でれば、ぎゅっと抱き付いてくるミナモちゃんが、だんだんといつもの表情になってゆくのを、そっと見守った。



「名前を変えてるのが三人・・・私も『マイア』にしようかな?」

「おい、メイ。その名前は・・・」


「大丈夫。ティアや皆が、私を『メイ』だって心から思わせてくれたから、ちょっと『マイア』になるくらい、平気だよ。」

「そ、それなら良かったな・・・!」

「でも、メイ。もう今の名前で色々進めちゃったから、変える時は考えないと、面倒なことになる。」

ティアとメイも名前を変えることについて話し始めたところで、シノが声をかける。


「そうだったね・・・いつか、みんなで別の名前を使ったりしてみるのも、面白いかも。」

「うん、それは私も賛成。」

「ん・・・私達全員ってことか?」


「ありえない話ではないわよ。あなた達もサクラも、何か大きいことをして有名になりすぎたら、考える必要が出てくるかもしれないわ。」

「ということらしいですよ、サクラさん?」

「いや、もう西の依頼所では、顔を見て『風斬り』って言われるんだけどなあ・・・でも名前を変えるのは、確かにそうか。」

テンマの残党については、既に各都市が連携して対応する状況になっているし、メイやシエラが言ったことも、真剣に考える必要があるかもしれない。




「さて・・・都市を歩き始めたと思ったら、早速来たわね。」

シエラが視線を向ける先には、商人らしき見た目の男性が一人。こちらに狙いを定めた様子で近付いてくる。


「お嬢さん方、ようこそ自由都市へ。

 西からやって来たご様子ですが、こちらでは東独自の通貨でしか買い物が出来ない店もありますので・・・」

うん、両替商だね。シエラがこちらをちらりと見てきたので、ミナモちゃんと一緒に目で合図をする。


「ああ、間に合っているので結構よ。」

「は・・・・・・?」

相手が虚を衝かれた表情をしているけれど、悪質な交換比率で利を貪ろうとする両替商の噂は、港湾都市でも聞いていたし、

私もミナモちゃんも嫌な気配を感じているので、その手に乗ることはない。


「いや、しかし・・・」

「必要ならこちらから声をかけるわ。それでは皆、行きましょう。」

食い下がろうとする相手にシエラがきっぱりと断りを入れ、私達は歩き出した。



「・・・あの人、まだこっちを見てますね。」

それから間もなく、後ろを振り返ることなく気配を探りながら、ミナモちゃんが口にする。


「うん。あきらめが悪い可能性もあるけど、嫌な感じが濃いからなあ・・・」

「何かと繋がっているかもしれない・・・ということね。少し放置してみましょう。大きな獲物が釣れることを期待して。」


「そうだね。じゃあ予定通り、依頼所で情報収集をしようか。警戒は続けるけど。」

「はい・・・!」

そうして、少し離れてこちらを見る気配を感じつつも、私達はこの都市の依頼所へと向かった。



*****



「依頼所の受付で何も言われないのって、新鮮だなあ・・・」

「そんな風に感じられるのは、あなたやごく一部の腕利きくらいな気がするけどね・・・」

依頼所に着いて初回の登録を済ませ、しみじみと思っていると、シエラが少し呆れた様子で言ってくる。


「そうですね。私もこうした所に来た経験は少ないですが、サクラさんのような反応をされる人は、他に見たことが無いです。」

「皆が手厳しいなあ・・・ところで、商業都市の依頼所に来て一日で名前を覚えられた人が、どこかにいなかったかな?」

「そ、それは、サクラさんに付いて行った結果です・・・!」

ミナモちゃんが顔を赤くしているけど、あれは本人の実力もあるからね?


「まあ、それは置いておくとして、依頼の掲示を見ましょうか。西よりも雑多な内容になっている感はあるけれど。」

「気になるところとしては・・・武器や魔道具を強奪する盗賊の討伐依頼?」


「んん? そいつは私達も見過ごせないな。」

「そうだね、ティア・・・!」


「確かに、嫌な感じがする内容です。」

「うん、私も皆に同じ。」

いくつもの依頼が並ぶ中で、テンマの残党と関わりがありそうな件について、私達の意見は一致した。



「あら、その依頼に興味がおありかしら?」

そうして、受付で確認しようとしたところで、後ろから声が響く。


「サクラさん・・・!」

「うん!」

「・・・・・・」

「・・・私達に用でもあるのかしら?」

ミナモちゃんがすぐさまつぶやき、シノもその女性にじっと視線を向ける。そして私もうなずくのを見ながら、シエラが言葉を返した。


「ええ、突然ごめんなさい。わたくし、サナと申します。」

只者ではない雰囲気を漂わせながら、サナと名乗る女性が丁寧にお辞儀をする。

自由都市へ到着して早々に、私達の間に緊張が走った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る