第5章 『自由都市』ユウバエ編
第42話 自由都市
「あっ! 陸地が見えてきました・・・!」
船の甲板から行く先を眺めて、ミナモちゃんが声を上げる。
「うん。予定通り今日の午後には着きそうだって、船員さん達も話してたよ。」
「それじゃあ、早速見られそうですね。この先にある都市が『ユウバエ』と名付けられた由来の景色を。」
「夕陽が海に沈む時が、すごく綺麗だって聞いたよね。西側の都市だとまず見られない光景だから、当時海を渡ってきた人達にも印象深かったのかな。」
「はい、そんな気がします。『ユウバエ』という古語の響きも、私には素敵なものに感じられますし。」
「うんうん、私も一緒だよ。こんな風に思うのは、やっぱり東の血筋なのが影響するのかな。」
「サクラ、ミナモ、それは私も。生まれたのは城塞都市のはずなのに、東の響きは昔から知ってるような気持ちになる。」
「シノさんもですか・・・こうなるとますます偶然とは思えませんね。」
「ふふっ、叔母様から故郷の話を何度か聞いたのが懐かしいわね。こればかりは同じ感覚は持てないけれど、シノが大切に思う場所なら、私にとってもそうだわ。」
「ありがとう、お姉ちゃん・・・!」
「あっ、シエラさん。ティアさんの様子はどうでしたか?」
「それがね・・・・・・」
シエラが後ろを振り返ると、その向こうから二人の声が聞こえてきた。
「ティア、本当に大丈夫?」
「ああ、やっと良くなってきたから、船の旅ってやつを楽しませてもらうぞ。」
出港して間もなく、船酔いでここまで苦しんできたティアが、けろりとした表情を見せている。ほとんど付きっきりで看病していたメイは、まだ不安そうな様子だけど。
「・・・言いにくいけど、もうすぐ到着よ?」
「うぐっ・・・!」
「それもそうだけど、無理をしてメイに余計な心配をかけたりはしないわよね?」
「うん、その時は全員でお説教。」
「わ、分かったよ。気を付けるから・・・」
「あはは、馬車の時もだんだんと慣れてきたから、大丈夫な気もするけど、とにかく体調には気を付けてね。」
「ある意味、これもティアさんらしいのでしょうか・・・」
賑やかになってきた甲板の上で、私達は苦笑交じりに微笑みあった。
*****
「さて、到着前に改めて『自由都市』について確認するわよ。」
辺りを見渡してから、シエラが話し始める。
「うん、大丈夫だよ。」
「怪しい気配もありません。」
私とミナモちゃんで認識阻害や探知をかけて、他の誰かの耳に入らないことは確認済みだ。
「二百年前、東の地を支配したテンマの国が西へ攻め寄せ、港湾都市を占領して城塞都市の包囲にまで及んだ。
その戦いは西の三都市の連携と、東のほうでもシノ達の先祖にあたる四ヶ国の軍勢が離反したことで、テンマの国が滅ぶ形で終わるのだけど、戦後処理で問題になったのが、東側の港の扱いね。」
だんだんと大きくなるその港を見つめ、シエラが言葉を続けた。
「言うまでもないことだけど、東西の交流が続くのであれば、港は交通の要所にして、交易の利が生まれる場所でもある。
戦前に支配していたのは、もちろんテンマ本国だったけれど、どの都市にしても国にしても、領有を主張すれば新たな争いの種になる。だから、当時の為政者達はあの港一帯を『どこにも属さない場所』にしたのよね。」
「どこにも属さない場所・・・なんだかすっきりしない言い方だな。」
そこまで聞いて、ティアが首を捻りながら口にする。
「ええ。もちろん、それがそのまま地名となるわけではない・・・今言った意味を込めて名付けられたのが『自由都市』よ。
初めのうちは各都市と国の代官が合議で統治していたけれど、やがてはこの地の住民・・・とはいっても、有力者間の話し合いにはなるでしょうけど、彼らに委ねられる形となったと歴史には記されているわ。」
「はい。スイゲツに伝わっている話も、シエラさんが話してくれたものと同じです。妙な相違がなくて安心しました。」
「うん・・・? どういうことだ?」
「もしそうなら、どちらかに・・・あるいは両方に思うところがあるかもしれない、ということだよ、ティア。」
「ええ。これがもしテンマの残党なら、どう伝えているか分かったものではないわ。」
「あそこはテンマの港、西の三都市と東の四ヶ国が勝手に占領してる、とか言ってるんじゃないかな、お姉ちゃん。」
「本当にありそうだから困るわね・・・」
さらりと言うシノの頭を、シエラが優しく撫でた。
「ともかく、その『自由都市』に私達はもうすぐ到着するわ。伝え聞くところによれば、その街並みは・・・いえ、実際に見たほうが分かりやすそうね。」
近付いてきた港の一帯に広がる風景に、皆で視線を向ける。
「初めて見る建物・・・」
「メイさん、あれは東の地によくあるものですよ。ただ、これは・・・・・・」
「なんだか、ごちゃごちゃしてないか?」
「ええ。西と東の建築様式が秩序なく入り交じる都市。『自由』とはよく言ったものね。」
「ある意味、賑やかではあるのかな?」
「うん、あそこにいたら忙しなさそう。」
「人の気配も、今までいた場所より雑然としたものがありますね。」
「うん。その中にはテンマの残党もいるだろうし、警戒が必要だね。」
ミナモちゃんと目を合わせ、気持ちを引き締めながらうなずき合う。
そうして私達は、到着を報せる鐘の音と共に、『自由都市』へと足を踏み入れた。
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