第36話 解放
「メイさん・・・あるいはマイアさんの気配は、ここよりも下のほうに感じます。地下の部屋があるのでしょうか。」
集中した表情で辺りを探知して、ミナモちゃんが言う。
「この状況で地下・・・嫌な予感が当たらなければ良いけれど。」
「うん、そうだね・・・」
少し顔をしかめるシエラに、私もうなずいた。
「ミナモちゃん。私が弱めに風魔法を使って、下に降りる道を探すよ。気配が強すぎると思ったら教えてね。」
「はい・・・!」
ミナモちゃんがかけてくれた感知妨害を突き抜けないように、静かな風を敵の拠点の中に巡らせてゆく。
「奥のほうはだいぶ先があって、嫌な気配も多いけど、階段らしきものは少し手前にあるかな。一人分くらいの気配も感じるよ。」
「それじゃあ・・・!」
その結果を伝えれば、ティアが期待に満ちた表情を見せた。
「うん、相手方の情報を得るためにも、あの子と接触するのは良いと思う。それでいいかな? シエラ。」
「ええ、私も構わないわ。」
全員の意見がまとまったところで、私達は拠点の中へと踏み込んだ。
「・・・他の子供達らしい気配は、少し離れた場所にまとまっています。」
皆で慎重に足を進めつつ、ミナモちゃんが探知を続け、状況を伝えてくれる。
「話し合いでもしてるのかな・・・さっきの子に起きたことと、関係があるかもしれないけれど。」
「ええ・・・潜入する側としては、好都合と言えそうね。」
「・・・! 奥のほうから、誰か来ます。」
「・・・気配は一つだね。私に任せて。」
その時、ミナモちゃんが小声で皆に知らせ、同時に気付いた私が前に進む。
「とりあえず、眠ってもらうよ。」
近くの物陰に隠れ、やって来た相手の首筋を剣で打てば、特に武装をした様子もない相手は、一撃で気を失った。
「ひとまず倒したけど、向こうからまた人が来るかもしれないから、警戒はしたほうが良さそうだね。」
「はい、私も気配の確認を続けます・・・!」
「どのみち、全員で行っても驚かせてしまうでしょうし、あの子と直接話すのはティア・・・だけで大丈夫かしら?」
「おい、どういうことだ?」
「ティアは細かい説明が苦手。お姉ちゃん、私も一緒に行く。」
「ええ、それが良さそうね。」
「ぐっ・・・分かったよ。」
「・・・階段の下はあまり広くないようだし、声も聞こえるだろうから、呼んでくれればすぐに合流するよ。」
「そうですね。それではティアさん、シノさん、よろしくお願いします。」
そうして、ティアとシノが少女のもとへ向かい、残る私達は階段周辺を確保しつつ、周囲の警戒を続けた。
「・・・! あなた、どうして・・・?」
「助けに来たぞ、メイ。」
「待って、ティア。そしてあなたも。
大声を出せば他の人に気付かれて、全員にとって良くないことになる。いい?」
「わ、分かった。」
シノの言葉にティアが答え、少女もうなずく気配を見せる。
「メイ。もう一度言うが、私はお前を助けに来たんだ。
人に物を盗ませておいて、こんな牢屋みたいな所に閉じ込める奴らは、私がぶっ飛ばしてやる。だから、さっさとここから出よう。」
・・・やはり、この子がいる場所は牢屋のようなものなのか。少し離れて会話を聞くシエラも、嫌な予感が当たったと表情を曇らせた。
「私は悪い子なのに、あなたにひどいことをしたのに、どうしてこんな所に来たの?」
「ん・・・? 悪いのは盗みをさせた奴らだろう。お前を助けない理由があるか?」
「えっと・・・」
ティアが真っ直ぐすぎて、この子が少しついていけないようだ。見てもいない戸惑いの表情が目に浮かぶ。
「ねえ、あなたが盗みを強制されたにしても、私達がここまで助けに来る理由が分からない。何も得をしないから。そう思ってるよね?」
「は、はい・・・」
見かねたようにシノが口を開き、答える少女の声が返った。
「私一人なら、こんな風にあなたを一番に助けには来ない。きっと、その考えもおかしくないよ。」
「そ、そうよね・・・」
「お、おい、シノ・・・?」
「でも、ティアはそうじゃない。あなたを助けたいって思ったら、それに一直線で、他のことなんて頭に入ってないの。
ちょっとおばかさんに見えるけど、気持ちだけは本当よ。」
「・・・おい待て、何か悪口みたいなものが聞こえなかったか?」
「ね、嘘なんてつけるように見える?」
「くすっ・・・み、見えない。」
「微妙に納得がいかない気がするが、笑ってくれたなら良かったよ。
なあ、もう一度言うが、こんな所は抜け出して、私達と一緒に来ないか?」
「・・・で、でも、私はあなた達に何も・・・」
「ねえ、ただ助けられることが不安なら、私達を手伝ってくれる?
ここのことは知りたいと思うし、それ以外でも身軽に動き回って、情報を集められる人がいると、すごく助かるの。
もちろん、失敗して殴る人なんて、私達の中にはいないよ。」
「当たり前だろう。仮にそんなのがいたら、私がぶっ飛ばしてやる。」
「・・・っ! い、いいのかな・・・私だけが・・・」
「他の子達なら、心配しないで。私のお姉ちゃんや、仲間達もすごく優しいから、放っておいたりなんてしない。それにね・・・」
シノの声が、少し強くなるのを感じる。
「あの都市にたくさんの人がいる中で、あなたはティアを選んだ。
悪いことを手伝ってしまった時も、寝ているはずの相手に、伝える必要もない『ごめんなさい』を言えた。
そうして、あなたは自分で掴んだの。優しいおばかさんに、助けてもらえる道を。」
「難しいことは分からないが、私が守ってやるから、一緒に来ないか、メイ。」
「・・・あ、ありがとう・・・・・・! お願い、私をここから助けて。」
少女の震える声が、静かに響いた。
「よし、じゃあ早速この柵を吹き飛ばすか・・・!」
「ティア、大きな音は出しちゃだめでしょ? これだからおばかさんに見えるのよ。お姉ちゃん、手伝って。」
「ええ、もちろんよ。」
シノの声を聞いて、シエラがすぐに歩み寄る。
「何かと思えば、木の柵なんかで閉じ込めてるのね・・・すぐに燃やしてあげるわ。火の後始末はミナモにお願いしようかしら。」
「分かりました、シエラさん・・・!」
「じゃあ、上のほうは私が警戒するよ。」
私達が速やかに加わり、少女の前に立つ柵は焼け落ちてゆく。
「ねえ、あなたはティアにすごく優しく見えるけど、何かあるの?」
「もちろん、私とお姉ちゃんがすごく困ってる時に、手伝ってもらったからよ。他の二人に比べると、少し頼りなかったけどね。」
「おい、また私の悪口言ってないか?」
「ふふっ、本当に仲が良いのね。」
少女の笑い声が響いた時、私達と彼女を隔てる柵は、跡形もなく崩れ去った。
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