第34話 侵入者

夜は更けて、魔道具の灯りも消され、静まり返った宿の部屋。

風にそよぐ草木の音が時折響くけれど、窓の外には闇が広がり、その向こうを見通すことは叶わない。


こんな夜中に、外を歩く者などいないだろう・・・そう感じさせる隙間を縫うように、かちゃりと音が響いた。


慣れた手つきで窓の鍵は開けられ、物音をほとんど立てることなく部屋に下り立つのは・・・先程メイと名乗った少女。

枕元に無防備に置かれた、ティアの魔道具に狙いを定め、忍び寄る。


「ごめんなさい・・・」

小さな声が響くと共に、静かに伸ばされた手がそれを掴み、懐へと収めた。



「だったら、最初からこんなことするんじゃねえよ・・・!」

「あなた、起きて・・・?」

その瞬間、ティアが飛び起きながら、去ろうとした少女の腕を掴む。


「さっきの奴らにやらされてるんなら、私に全部教えろ。全員ぶっ飛ばしてやるから・・・!」

「・・・だめ、私は悪い子。近寄らないで。」


「本当に悪い奴なら、最初からごめんなさいなんて言わねえよ。なあ、メイ・・・!」

「・・・私はもうメイじゃない。」

少女が纏う雰囲気が変わり、ティアに掴まれた腕をするりと抜くと共に、その手に短刀が握られる。


「私はマイア。この道具だけで終わりにしてあげるから、怪我をしたくなければ、これ以上関わらないで。」

冷えた声で首筋に刃を突き付けて言うと、目にも止まらぬ速さで姿を消し、先程開けた窓から去る気配だけを残して、部屋を出ていった。



「おい、待てよ・・・!」

そのまま追いかける勢いで、ティアが窓へと駆け寄ろうとする。


「いけません、ティアさん。」

そこへミナモちゃんが水流を放ち、腕を絡め取って制止した。


「これはお説教が必要かしら。」

シエラがむくりと起き上がり、怒りのこもった笑みを向ける。


「お姉ちゃん、ごめんなさい。ちょっと寝ちゃってた・・・」

「シノはいいのよ、無理させて悪かったわね。」

「おい待て、贔屓かそれは。」


「まあ、ティアの行動がすごく危なかったのは確かだからね。」

「皆でお話しましょうか、ティアさん。」

「わ、分かったよ・・・」

ミナモちゃんからもにっこりと笑みを向けられ、ティアが少し肩を落とした。




「まず、最初から振り返ると、あの場でメイと名乗った子から渡された宝石には、居場所を教える魔法が込められていた。

 さらに、あなたが撃退した一人の他に、少し離れた場所からこちらを伺う・・・サクラとミナモによれば『嫌な気配』があった。

 さっきも言ったけれど、これが何を意味するかは分かるわね?」

「ああ・・・・・・」


「そして、私達はティア・・・ひいては先程使った魔道具が狙われると推測して、外側だけ取り繕った偽物を用意し、逆に探知できる準備を整えた。忘れたわけではないわよね?」

「ああ、覚えてるよ・・・」


「それがどうして、こちらの罠を手に取った相手を引き留め、武器まで突き付けられる状況になっているのかしら? 向こうの出方しだいでは大怪我を・・・」

「分かってるよ・・・! でもあいつ、私に『ごめんなさい』って言ったんだ。何かあるに決まってるだろ!」


「その可能性はあるけれど、さっきのやり方はあまりにも危険よ。」

「うぐっ・・・・・・」


「ティアさんの肩を持つわけではありませんが、メイさん・・・今はマイアさんと名乗りましたが、嫌な感じはしないんですよね。どちらかといえば、哀しそう・・・?」

「うん。気配を消すのは上手いと思うけど、もし悪意を持って行動しているようなら、今の状況だと気付くかな。

 だから私もミナモちゃんも、止めには入らなかったよ。」

声を出せば気付かれそうだから、二人で毛布を被りながら、目で合図しあっていたけれど、何とかなるものだ。


「その辺りが一番上手い二人が動かなかったから、私も思い止まったけど、本当に冷や冷やしたわ・・・それで、この後の動きについても話さなければね。」

「決まってるだろ。メイでもマイアでも構わないが、あの子を追いかけて、こんなことをやらせてる奴らをぶっ飛ばす・・・!」


「まあ、その通りではあるけれど、もう少し細かく話そうか。ミナモちゃん、あの偽魔道具の探知は続けられてる?」

「はい。最初はかなりの速さでここから離れてゆきましたが、今は少し落ち着いて・・・都市の外に出ているようです。」

あの道具にはミナモちゃんの魔力を込めているので、多少の距離はあっても、本人なら感知することが出来る。



「都市の外・・・? 拠点は別にあるということね。」

「はい、あっちの方向です・・・」


「あれ? シエラ。これはもしかして、史跡なんかが好きな人にとっては観光地扱いの・・・」

「そうね。二百年前の戦乱で、戦況を逆転させた城塞都市を中心とする連合軍が、侵略者の軍を打ち破り、この近辺から敵勢力を完全に排除した戦い・・・その古戦場跡かしらね。」


「そんな場所を拠点にしているのなら、薄々予感はしていたけど、この件もやっぱり・・・」

「ええ、テンマの残党の可能性が高いわ。」

「ふん、ぶっ飛ばす相手が同じで、簡単になったな。」


「じゃあミナモ、どれくらい離れれば、気付かれずに追いかけられる?」

「相手に強い感知の力を持った相手がいなければ、今くらいの距離で十分かと思います。」

目が覚めてきた様子のシノも、ミナモちゃんに大事なことの確認をしている。全員で動くのに問題は無さそうだ。


「それじゃあ、私達も行こうか。テンマの残党を止めるために。」

「ああ、メイは絶対に助け出す!」

皆の顔を見て言えば、ティアが真っ先に力強い声を上げた。

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