第4章 『港湾都市』イオネ編

第32話 海の香り

「サクラさん、なんだか変わった匂いがしてきませんか?」

御者席に座る私のすぐ隣で、馬の手綱を操る練習をしながら、ミナモちゃんが尋ねてくる。

魔法のこと以外にも色々勉強したいと言うのは、東の地にいた時、自分があまり外に出ていなかったことを実感した影響か、皆との出会いがあったからか、いずれにせよ良いことだろう。


さて、ミナモちゃんの疑問については、何度かこの辺りに来たことがある私にはすぐ分かってしまうけれど、初めてなら気になるのも当然だ。


「これはね、海の匂いだよ。」

「海、ですか・・・! 言われてみれば、お味噌汁に入れる海藻の香りに、少し似ている気がします。」


「そうそう。海の中にある植物の仲間が、これの元だと言われてるかな。

 つまりは、それがはっきりと分かるくらいに、海の近くまで来たということでもあるけど。」

「じゃあ、港湾都市も・・・!」


「うん、もう少しというところかな。そうだよね? シエラ。」

「ええ、私も公務で何度か来ているから分かるわ。サクラの言う通りよ。

 このまま行けば、昼過ぎには到着する・・・というところかしら。」

馬車の中からシエラが顔を出して言う。私は今まで徒歩で移動することがほとんどだったから、今の状況であれば、おそらくは彼女のほうが詳しい。


「それじゃあ、向こうに着いたら色々調べることがあるだろうから、

 近くでお昼の休憩を取ってから、都市に入ることにしようか。」

「ええ、賛成よ。」

「分かりました・・・!」

ティアとシノからも異論は出ず、話がまとまったところで、ミナモちゃんが少し浮き浮きとした表情を見せながらも、近付いてきた目的地へと手綱を握り直した。



*****



「さて、中に入る手続きも無事に終わったところで・・・ここが『港湾都市』イオネだよ。」

「わあ・・・さっきの海の香りがいっぱいです。それにこれは・・・何か焼いているのでしょうか。」


「うん。採れたての海産物を焼くお店が出ているからね。別の場所からこの都市へ来た人には、名物と言えるかな。」

「そ、それは美味しそうです・・・!」


「だったら、ここへ着いてから昼食にすれば良かったんじゃないか?」

「ティア、遊びに来たわけではないのよ。

 まずは食事よりも、『調べ物』をしっかりとすべきではなくて?」

「うん。ついでにお店もしっかり見て、お腹が空いた時に好みの所で買ったほうが良い。」

「お、おう・・・・・・」

シノの言い方は少しばかり気になるけれど、シエラが言う通り東への航路の状況と、

どこに潜んでいるか分からないから口にはしないけれど、テンマの残党がここでも活動しているかの調査・・・これが私達の大事な『調べ物』だ。



「商業都市とはまた違って、何をしているか分からない建物が多いのですね。

 住んでいる人のお家というわけでもなさそうですが・・・」

まずは船着場への道を真っ直ぐに進む間、ミナモちゃんが辺りを見回してつぶやく。


「ああ、お魚は採れたてのうちは良いけれど、放っておけばすぐ食べられなくなってしまうから、塩漬けにしたり乾燥させたりして、保存できるようにしているんだ。

 よく見ると管理している商会の印章があったりするけど、ここにはそういう施設も多いよ。」


「そうなんですか・・・! サクラさん、この辺りにも詳しいんですね。」

「詳しいと言える程ではないけど、こういう所にも盗賊騒ぎはあるから、その絡みで出入りしたことはあるよ。

 剣や魔法の腕を磨くのとはまた違って、大変そうな作業だとは思うかな。」


「悪い面を見るなら、外から様子を確かめにくい建物も多いのよね。

 もちろん、商売の工夫を見られたくない所は多いでしょうけど、ひとたび騒ぎが起きたり、潜伏する者が出てくるとなると・・・」

「うん、都市のほうでも警備はしていると思うけど、見つかりにくい部分はあるだろうね。」

シエラも懸念する通り、この都市で盗賊の討伐依頼を受けた時には、直接戦う前に、まずは潜伏場所を見つけることが大事だったことを思い返す。


「そういう時は、私が気配を探るのを頑張りますね。」

「うん、こちらも探知に力を入れるようにするけど、頼りにしてるよ。」

気合が入った表情のミナモちゃんに、私もうなずいた。




「東への航路については、自由都市との交易船は以前と変わっていないようだね。」

そうして、船着場に来て調べてみれば、少しだけ安堵する情報が手に入る。


「ええ。城塞都市のほうにも、その辺りで何かあったという話は伝わっていないわ。

 さすがに船の移動自体へ影響を出せば、向こうから渡って来るのも出来なくなるでしょうし。」

「うん、それは確かに。」

テンマの残党の活動については、城塞都市にいる間にシエラが可能な限り調べてくれたけれど、自前の船を持っていたという情報は入っていない。

その通りであれば、本拠地があると推測される東の地からは、普通の旅人と同じように、交易船に料金を払って乗せてもらう手段を取るしかないだろう。


そういえば、いつか行き来する人が増えた時には、乗客の移送を目的とする船便が出来るという話も聞いたけれど、今はそこまでの需要は無いようだ。


「・・・ミナモちゃん?」

「・・・あっ、すみません。船が気になって、じっと見てしまいました。」

ふと隣を見れば、大きめに作られた交易船ではないだろうけど、少し沖へ出たところで漁をすると思われる船に、ミナモちゃんが視線を向けている。


「あはは。初めてなんだし、それは仕方ないね。

 ・・・その向こうのことも、気になるだろうし。」

「はい・・・!」

もちろん、東の地ではお母さんと危険な状況で別れたままだし、出来ることなら急いで向かいたい気持ちもあるだろう。


「今すぐというわけにはいかないけど、この都市の状況や、先へ進んで大丈夫かの調べがついたら、東の地へ出発するからね。」

「はい。そのためにも、私も『調べ物』を頑張ります・・・!」

海の香りが強く漂う場所で、力強く口にするミナモちゃんに、

私も、そして傍にいる三人も大きくうなずいて、決意を新たにした。

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