第31話 ー間章2ー 今の自分に

「シノ。港湾都市に入る時には、これを使うわよ。」

馬車移動の休憩中、シエラが懐から取り出したものをシノに渡す。


「うん・・・! 向こうでは私はオニキス、お姉ちゃんはアリエス。」

「ええ。皆にも言っておくけれど、人前で名前を呼ぶ時には気を付けてね。」


「ああ、城塞都市発行の身分証か。そっちの名前で作ったの?」

「一応、シエラとシノとしてのものもあるけれど・・・この間まで領将だった人間が出入りすると、騒ぎになる可能性もあるからね。」

「ああ、確かに・・・」


「まあ、どちらにせよ当時の領将が認可した、正式な身分証よ。本名と違っていても、何も問題は無いわ。」

うん。それを許可した当人が、私の目の前で二つの名を使い分けようとしていることは、指摘しないでおこう。



「『オニキス』の名前もお姉ちゃんがつけてくれたから、私は好き。」

「ふふっ。ありがとう、シノ。

 『アリエス』も私にとっては、大切なもう一つの名前よ。」

シエラが微笑み、シノの頭を撫でる。


「そいつは私も忘れられないな。出会い頭に人を焼こうとしてきた相手として・・・」

「あら。シノが領城に潜入しようという時に、軽率な行動を取って危険に晒したのは誰かしら?」

その名を聞いて、ティアは小さな火花を散らさずにはいられなかったようだ。


「・・・お姉ちゃんもティアも、危ないのはだめ。」

「そ、そうね。ごめんなさい、シノ。」

「あ、ああ。分かった・・・」


「・・・サクラさん。今のやり取りについて、私達は何か言うべきでしょうか。」

「まあ、楽しそうだからいいんじゃない?」

ミナモちゃんは、心配しすぎなくても良いからね。



「ところで、お二人はその名前を使っている間、どんな遊びをしていたんですか?」

ミナモちゃんが話の流れを変えるため・・・というよりも、実際に興味を持っている様子で、シエラに尋ねる。


「そうね・・・一番はお城や都市のあちこちに、こっそり遊びに行ったことかしら。

 そんな時に、領将を務める家としての名前なんて口に出せないから、オニキスとアリエスの呼び名を考えたのよね・・・少し懐かしくなってきたわ。」


「うん。最初は私が10歳になる前だから、もう5年前。」

「ええ、それなら私は12歳の時ね。今からすれば、まだまだ子供だったわ。」


「それじゃあ、シエラは今17歳ってこと? 私と同い年か。」

「あら、サクラは大人びた佇まいがあるから、少し上なのかと思っていたわ。」


「ああ・・・生き抜くために必要なことを、母さんに色々と教え込まれたからね。訓練的なものは他人よりしている気がするよ。」

「それは大変だったわね・・・」



「つまり、私とシノも同い年ってことか。私も14歳だからな。」

「そうなの? 年下かと思ってた。」


「へ・・・? 私が上だと思ってたぞ。」

「うん・・・?」


「て、ティアさん、シノさん、喧嘩は止めましょう。私も記憶を取り戻した今なら分かります・・・15歳なんです!」

「「上には見えない。」」


「うぐっ・・・! う、薄々は気付いていましたよ。そんな風に思われていることは・・・」

即座に重なった二人の声に、ミナモちゃんが肩を落とした。



「ミナモちゃん、思ったより年が近かったんだね。」

「はい! サクラさんと二つしか離れていないんです。」


「人の年齢はあまり気にするものではないけど、ミナモちゃんと近いというのは、なんだか嬉しいよ。」

「はい、私もです・・・!」

少しばかり落ち込んだ様子の、ミナモちゃんの頭を撫でれば、そのままぴたりとくっついてくる。


「その辺りが下に見られ・・・いえ、なんでもないわ。

 それにしても、このくらいの年頃は上に思われたいものかしら。こちらはもう逆だけど。」

「あはは、あまり気にしないようにしてるけど、どちらかといえば、私もそうなのかなあ。」


「シエラさん。私は上に見られるよりも、サクラさんとこうしているほうが、ずっと大切ですよ。」

「今言いかけたことは、気にしてるわよね?」

うん、年齢のことなんかよりも、ミナモちゃんが生き生きとしていることが一番だ。


「でも、少し分かることはあるんですよ。ティアさんは村で年下の子達の面倒を見て、シノさんも政治の場できっと大変な思いをして。

 私は館の中にいることがほとんどで、人と接することが少なかったから、その辺りが拙くて下に見られるのかな、と・・・」

「それはあるかもしれないけど、ミナモちゃんのせいというわけでもないよね。」


「はい、とまで言えるのかは分かりませんが・・・でも今はサクラさんと出会えて、色々な場所に行って、また新しい出会いもあって、

 家族や国のことはもちろん心配ですけど、今こうして過ごしている時間は、幸せなんだろうなと思います。」

「うん。私もミナモちゃんと会えて、本当に良かったと思うし、これからもそう感じられる旅にしようね。」

「はい・・・!」

改めて誓い合うように、私とミナモちゃんは強く抱きしめあった。



*****



「ティアさん、いつもより大がかりになっていませんか?」

夜、天幕の奥で魔道具を弄るティアさんの様子が、普段とまた違うのに気付いて、声をかけます。


「ああ、シエラとシノに借りた本に色々書いてあったからな。材料も手に入ったし、早速試してみたいところだ。」

見れば、ティアさんが普段使っている魔道具の隣に、作りかけと思われる一回り大きな筒形。そこに素材らしき金属も転がっています。


「これ、もう一つ作るんですか?」

「ああ。サクラやシエラに比べて、私の攻撃が効いてないように見えるからな。

 親父の作りかけをもとに、もっと強力なやつを・・・」

「そうですか・・・・・・」

確かにティアさんが言いたいことも分かります。サクラさんはもちろん、私達に加わったばかりのシエラさんが使う火の魔法も、すごく強いですから。

でも、何か違和感が・・・・・・そうです!


「ティアさん・・・もしかして、役に立とうと思って、焦っていますか?」

「ん・・・・・・? そうか、そうなのかもな。」


「初めてティアさんと一緒に戦った時、あの子供達を巻き込まないように、気を付けていたと思います。

 サクラさんもシエラさんも、私達まで危なくなったことは無いので、きっと同じようにしているんです。

 ただ強いものだけ作っても、そこを気にしないと、みんな危なくなる気がします。」

こういう時の上手な言い方を私は知りませんし、取り留めもなく聞こえるかもしれませんが、

今の自分が気配を感じたり考えたりして、出来る限りのことをティアさんに伝えます。


「ああ・・・そうかもしれないな。もう少し考えてみる。」

「はい! それが良いと思います。」

どうやら、落ち着いてくれたようです。ほっとしました。


「なあ、ミナモがそういうのを分かるのは、やっぱり気配ってのが読めるからなのか?」

「はい、それもありますけど・・・・・・私のほうが少しだけ、お姉さんのつもりですから。」

「ははは・・・! またそれ言ってるのかよ。」

そこまで笑われるのは納得がいきませんが、ティアさんに笑顔が戻ったのは、きっと良かったのでしょう。


サクラさんやシエラさんのように、色々なことを上手にやる自信はまだありませんが、今の私に出来ることを。そしてティアさんも、答えが見付かりますように・・・

そう考えながら、サクラさんがやっているでしょう、お風呂の準備を手伝いに向かいました。

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