第30話 ー間章ー 湯気

「わあ・・・景色が速く流れてゆきます。」

馬車の中から響く声に振り返れば、ミナモちゃんが外を眺めながら目を輝かせている。


「ミナモちゃん、馬車は初めて? 色々な騎獣がいる商業都市はともかく、城塞都市や東の地では、移動に馬を使うことが多いと聞くけれど。」

「あっ・・・私はあまり外に出ない生活でしたので。ただ、向こうでは馬は直接乗るものでした。」


「・・・危なくない?」

「はい。ですので急ぎの伝令などに、訓練を積んだ人が乗っていたように思います。」


「なるほどね。母さんはそこまで教えてくれなかったからなあ・・・

 港湾都市から船に乗ればいよいよ東の地だし、ミナモちゃんの知識も頼りにしてるよ。」

「はい・・・! 記憶も戻りましたので、力になれるよう頑張ります!」


「うんうん。ただ、それはもう少し先のことだし、まずは馬車の旅を楽しんでね。」

「そうですね・・・あっ、サクラさん。もし大丈夫なら・・・」


「ああ、もちろん構わないよ。念のため、ちゃんと手を握って。」

「はい!」

手をしっかりと繋ぎ合ったところで、風魔法で補助しながら、御者席に座る私の膝の上へと降ろす。


「うわあ・・・馬車の中も良いですが、ここからの景色も素敵です!」

「おっと、馬がびっくりしないように、声は控えめにね。」


「あっ・・・ごめんなさい。」

「うん。何かあったら魔法を使ってでも止めるけど、気を付けて。あとは揺れが来ることもあるから・・・」

ミナモちゃんの体にしっかりと手を回し、絶対に落ちることが無いように支える。


「ありがとうございます・・・温かいです、サクラさん。」

「うん、私もだよ。」

少しもたれかかるようにして、体を押し付けてくるミナモちゃんに、こちらも同じ気持ちになった。




「そろそろ、最初の休憩にするよ。」

「はい・・・!」

しばらく進み、道沿いの手頃な空き地を見付けたところで、馬車を停める。

少し早いかもしれないけれど、出発が慌ただしかったし、皆がこの移動に慣れているわけでもないから、このくらいで良いだろう。


「このまま降りるね。」

「はい・・・!」

少し名残惜しそうな表情が見えたので、ミナモちゃんを後ろから抱きしめたまま、風魔法でふわりと浮き上がり、地面に降りる。


「さて、さっき声をかけた時に、ティアの反応が薄かったけど・・・」

「ええ、途中からあの通りよ。」

シエラが馬車の中から顔を出し、空のほうをぼんやりと見上げるティアを示した。


「ああ、騎獣車酔い・・・」

うん。こういう移動手段に慣れていなかったり、そもそも相性が悪かったりして、

体調を崩す人もいるのは知られた話だから、仕方ないね。


「シエラとシノは大丈夫なの?」

「ええ、二人でずっと外を見ていたから問題は無いわ。初めてと言って良いくらいの、公務ではない遠出ですもの。」

「うん、楽しかった。」


「ああ、そうすると酔いを防ぐにも良いと聞くよね。」

「ええ。個人差はあるらしいけれど、私も何度か同じ状態になったから・・・」

「あっ、そういうこと・・・」

過去の記憶を思い出したのか、シエラが遠い目をしていた。




「さて・・・出発の時は慌ただしくなってしまったから、改めて挨拶させてもらおうかしら。」

「うん、私も・・・!」

そう言ってシエラが居住まいを正し、シノも続く。


「私とシノを助けてくれて、本当にありがとう。

 あの時言った通り、私達からのお礼は、あなた達の旅に全面的に協力することよ。敵を焼き払いたい時は、いつでも言って頂戴。」

「私も守りの魔法は得意。あんまり長くは使えないけど、その間は誰も傷付けさせない・・・!」


「うん、ありがとう。でもあれだけのことを一緒に経験したんだし、もうお礼なんて言わず、好きなように動いてほしいかな。

 都市の政治を経験してきたシエラとシノのほうが、詳しいことも色々あるだろうし、魔法の腕もそれ以外も、頼りにさせてもらうよ。」

「私も同じです! さっきのシエラさんとシノさんも凄かったですし、教えてもらいたいことがたくさんあります!」


「私から見ると、あなた達が凄いと思うんだけどね・・・でも嬉しいわ。これからも宜しくね。」

「宜しくお願いします。」

シエラとシノが伸ばした手を、私達もしっかりと握る。


「あ・・・私も・・・よろしくな・・・」

「ティアは無理しないでいいからね?」



*****



「はい、お風呂に水が入りました。いつもはここに、熱を出せる魔道具を使って温めています。」

「本当に凄いことを考えるのね。いや、そもそも魔力を多く持っていないと、ここまで水を溜められないか・・・

 っと、話が逸れたわね。私がやってみるわ。」

シエラさんがそう言って、水を貯めたお風呂に手をかざします。


「浴槽に近付けたら危ないわよね・・・水の中心に火を起こすようにして・・・これでどうかしら。」

「はい・・・! 魔道具よりもずっと速く温まっているようです。」 

「ふふ・・・それは良かったわ。」

笑みを浮かべた表情が、少しだけ固いものへと変わって、こちらを真っ直ぐに向きました。



「ねえ・・・あなたに負けたくないって思うのは、迷惑かしら。」

「えっ・・・?」


「初めて会った夜、ティアのやらかしから私達は相対することになったでしょう?

 その時、あなたに魔法を押し返された記憶が、頭から離れなくてね・・・もちろん、頼りになる仲間と思っているのも本当だけど、まだ意識してしまうのよ。」

「そ、そうですか・・・・・・実はですね、私が慣れない頃や、大きな動物と戦った時以外で、自分の魔法が通じなかったの、シエラさんが初めてで・・・こちらもあの時のこと、気にしてしまっています。」


「あら、それは光栄だわ。

 でも、スイゲツの記憶を取り戻した今は、もっと強くなっているのではなくて?」

「そ、それはそうかもしれません・・・

 でも、もし油断したら、シエラさんに追い抜かされると思います。」


「ふふっ、そこまで言ってもらえるのは嬉しいわ。これは期待に応えなくてはね。」

「あ、あの・・・こういう時とか、シエラさんの都合の良い時間に、一緒に魔法の練習をしませんか? そうすれば、もっと頑張れる気がします。」


「ええ、もちろん歓迎するわ。そこでお互いの腕の程も、よく見えるものね。

 ・・・でも、二人だけで決めると、寂しがるのがいると思うけど。」

「そ、そうですね・・・」

実のところ、先程からこちらを伺うような気配は感じています。


「サクラさん、そういう時間を作っても大丈夫ですよね?」

「うん、ミナモちゃんが望むなら、もちろん!

 私も少し見学したいと思うけど。」


「シノも、それで良いかしら?」

「うん。でも私も、一緒に見たい。」

天幕のほうに声をかければ、すぐに応えが返ってきました。


「それじゃあ、決まりですね。宜しくお願いします!」

「ええ、こちらこそ宜しくね。」

話がまとまり、シエラさんとうなずき合えば、お風呂からはもう、温かい湯気が上がっていました。



「ついでに、ティアはどうなのかな?」

「ああ? 私はこっちをやりたいからな。

 他の四人だけで集まるのも、少しばかり気になるが。」

サクラさんの声に、いつものように魔道具を弄りながら、天幕の奥からティアさんが答えます。

馬車の移動にもだんだんと慣れてきたようで、今はすっかり元気です。


「まあ、あなたは自分の道を行きたがるわよね。

 ただ・・・この人はと思う相手に、もしも出会った時には、絶対に手を離さないことを勧めるわ。」

「ああ・・・・・・そのつもりだ。」

続けてシエラさんが言うと、少しだけ考えるような間があって、強い返事が聞こえました。




「それにしても、シエラと魔法の腕で意識し合う・・・か。好敵手なんて言葉もあるけど、面白い関係だね。」

まずはシエラさんとシノさんに、初めての星空を見ながらのお風呂を楽しんでもらい、次はサクラさんと私の番です。


「はい。もちろん敵ではありませんが、あの日あったことのせいでしょうか、

 シエラさんの言う通り、負けたくないって気持ちも、少し出てきてしまいます。」

「うんうん、そういうのも良いと思うよ。

 二人の得意な魔法は大きく違うし、一緒に練習すれば、連携も取りやすくなるんじゃないかな。」

「はい・・・!」


「ところで、ミナモちゃんは私とも、競い合うような関係のほうが良い?」

「・・・・・・そ、それは嫌です・・・!」

思い浮かべてみると、胸の中に寂しい気持ちがいっぱいになって、サクラさんに抱き付きます。


「サクラさんには、全部見せたいですし、全部見てほしいです。

 ずっとこんな風にしながら、一緒に頑張ろうって言っていたいです。」

「うん・・・! 寂しい気持ちにさせちゃってごめんね。私も同じだよ。」

「はい・・・・・・!」


サクラさんがすぐに抱きしめ返してくれて、お湯の中で何も通すことなく、その温かさが伝わってきます。

このまま体も顔もぴったりとくっつけて、しばらく浸っていたい気持ちでした。

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