第29話 港湾都市へ

「姉さあああん! 会いたかったです・・・!」

私達が昨日から泊まっている依頼所の空き部屋に、リリーさんの声が響く。

彼女がそんな風にする相手は、私の知る限り一人しかいない。


「久し振りね、リリー。

 でも、お客様の前ですることではないわよ。」

「うっ・・・ごめんなさい。」

普段は『商業都市』の依頼所で職員をしているはずのマリーさんが、『城塞都市』へとやって来ている・・・理由は想像がつくけれど。


「ああ、お邪魔しているのは私達だし、気にしないでいいよ。リリーさんにはだいぶ苦労もかけちゃってるから。」

「はい、私もマリーさんにまた会えて嬉しいです。」


「ええ、楽にしてもらって良いのよ。」

「お姉ちゃんのことが好きなら、仕方ない。」


「・・・サクラさん、ミナモさん。

 ここにいるはずの無い方々がいらっしゃるのは、気のせいですか?」

「ああ・・・先に聞いておくと、マリーさんが来たのは、マイエルの村の件?」


「はい。サクラさんの言伝をもとに、商業都市も急ぎ動き出しています。

 要人の方々も領城に向かわれていますので、私は依頼所のほうへ情報共有を・・・というところでした。」

「うんうん、盗賊とかでも規模が大きくなると、そういうことがあるよね。

 じゃあ、マリーさんには色々伝えておこうかな。二人とも・・・それにティアも、今までのことを話して良いかな?」


「ええ、サクラが信頼する相手なら、構わないわよ。」

「うん、お姉ちゃんに同じ。」

「ああ、私も大丈夫だ。村のことも知ってるみたいだしな。」


「それじゃあ、話すけど・・・今のところは他言無用でね。」

「もう嫌な予感しかしませんが、お聴きしましょう。」

マリーさんの笑顔が少し引きつっているけれど、ひとまず私はここ数日の出来事を話し始めた。



「・・・・・・リリー、大変だったのね。」

「姉さん・・・・・・」

話を聞き終えて、マリーさんがリリーさんを抱きしめ、よしよしと頭を撫でる。

とても美しい姉妹の絆を見ているようだ。これが多分に現実逃避だろうという点を除けば。


「マリーさん、そろそろ戻ってきてもらってもいいかな?」

「うっ・・・もう少しリリーのことだけを考えていたかったけれど、仕方ないわね。」

マリーさんがこちらに向き直り、真剣な表情に戻る。


「マイエルの村に現れ、ティアさんの魔道具を狙ったテンマの残党は末端にすぎず、

 城塞都市を内部崩壊させることを目的に、領将を害することまで企てた・・・と。これは大変な事態ですね。」

「うん。ひとまずは食い止められたけど、東の地ではもっと大きなことになっているようだし、港湾都市も心配だね。」


「昨日の会議で、テンマの残党は全力で掃討するという結論が出たわ。

 商業都市の要人が来てくれたのも、ちょうど良かったわね。港湾都市にも急ぎの使者が向かっているわよ。」

シエラも領将としての立場から、補足してくれた。


「この都市は派閥争いが激しくなっていたと聞きますが、その辺りの対応は迅速なのですね。少しだけほっとした気持ちです。」

「ええ、普段いがみ合っていても、外敵が現れれば話は別のようね。

 歴史的にも、そんなことが何度かあったようだけれど。」

少し意外だった様子のマリーさんに、シエラが苦笑を浮かべた。



「それじゃあシエラ、もうすぐ会議へ出発だよね。

 私達も護衛で一緒に行くから、あとは二人でごゆっくり。」

「ええ、今日もよろしく頼むわ。」


「あの、私も業務で来ているのですけど・・・

 リリー。情報共有のために、この依頼所の人達への取次ぎをお願い。」

「はい。すぐに準備します、姉さん。」

そうして私達は、それぞれの仕事へと移っていった。



*****



「今日はいよいよ、市民の前に立つ日だね、シエラ。」

「ええ、上手くやってみせるわ。」


「シノさんも気を付けてくださいね。」

「近くでは見られないが、応援してるぜ。」

「うん、もちろん。」

テンマの残党と戦った夜から二日、シエラさんとシノさんにとって節目の時がやってきます。

あの時の騒動については、何か大きな事件が起きたことは市民にも伝わっていますし、早めの説明が必要ということで、『城塞都市』の内部や『商業都市』とのお話も急いで進められたようでした。



「それが終わったら、私達は港湾都市に出発するから、

 こちらは乗り物の準備だね。」

「馬車か・・・旅人が使ってるのは見たことあるが、自分が乗るなんて初めてだな。」

そして、それは私達にとって『城塞都市』との暫しの別れも意味していました。

サクラさんとティアさんは、『港湾都市』へ向かうための準備へ。


「それじゃあ、サクラ。ミナモを少し借りるわよ。」

「ミナモ、何かあったら頼りにしてる。」

「は、はい。頑張ります・・・!」

そして私は、シエラさんとシノさんの護衛として、付いてゆくことになりました。

もちろん、その場でどのように動くかは打ち合わせていますが、これは責任重大です・・・!



「・・・ところで、サクラからミナモを借りるって、特に疑問に思わないのか?」

「え・・・何かおかしいですか?」


「私達の間ならそれでいいよね、ミナモちゃん。」

「はい・・・!」

「あ、ああ・・・本人達が言ってるのなら、構わないが・・・」

ティアさんは何を不思議に感じているのでしょうか、よく分かりません。

サクラさんと私は、いつも一緒なのですから。




「り、領城には少し慣れましたが、こんなに大勢の人が・・・」

「ふふっ、私も最初は嫌だったけど、いつの間にか慣れてしまったわ。」

「私は、あんまり好きじゃないかも・・・」

シエラさんが領城でいくつかの打ち合わせをして、広場までやって来ると、

少し離れたところからも、驚くほどたくさんの人がいるのが分かります。


それだけ、今この都市で起きていることや、これからどうなってゆくのか・・・というところに関心があるのでしょう。


『最近は妙なことばかり起きて、シエラ様が領将で本当に良いのか・・・?』

『ああ、俺もそう思う。』


「・・・っ!」

「いいのよ、ミナモ。人にはそれぞれの考えがあるのだし、上に立つ者には、みんなの不満も集まってきてしまうの。

 さっきも言ったけど、もう慣れてしまったから。」

「お姉ちゃん・・・・・・」


人混みからふと聞こえてきた声に、嫌な気持ちになってしまいます。

派閥争いの影響や、テンマの残党の扇動もあったとは聞いていますが、シエラさんはあんなに頑張っていたのに・・・

そんな私に、シエラさんは微笑みかけてくれました。シノさんは、納得がいっていないようですが。


「さあ、気持ちを切り替えましょう。

 集中しないと、上手くゆくはずのことにも、足元を掬われるわよ。」

「はい・・・!」

「うん。」

そして時間が来て、シエラさんが先頭に立ち、

シノさんと私が少し後ろについて、市民への発表が始まりました。



「まず、今この都市に起きていることについて説明します。」

シエラさんが落ち着いた様子で、ここ数日の出来事について話し始めます。


夜に都市の治安が悪化していたことに加え、領城が襲撃されたこと、その元凶がペガス商会であったことまでお話が進むと、市民の間からもどよめきが起こりました。

さらに、過去の戦争から『城塞都市』を憎んでいる人達が、そのペガス商会を構成していたと聞いて、不安そうな表情も見えています。


少し後ろから見ているだけでも、その様子が気になって、自分なら何を言うのか忘れてしまいそうですが、堂々と話をしているシエラさんは、とてもすごいです。

そして私も、震えてなどいられません。大事なのはここからです。


「都市は一丸となり、この危機に立ち向かうことを決心しました。

 そして・・・ここに至るまで対応が遅れた責任を取り、私は領将を退任致します。」

聞く人達の間に、今日一番のざわめき。

しかし、どちらかといえば、それを歓迎するような雰囲気も感じられます。


『シノ様・・・!』

その中で響いた声は、ここにシノさんがいる理由が、領将への就任を発表するものだという期待からでしょうか。


「続いて、シノからも発表がございます。」

『・・・!!』

そうして進み出るシノさんに、多くの歓声が上がります。


「・・・私も、お姉ちゃんと一緒に、都市に関わる全ての権利を返上します。」

『・・・・・・!?』

しかし、続く言葉に広場はしんと静まり返り、続いてどよめきが起こります。


「私は、お姉ちゃんが嫌われる場所には居たくありません。

 ・・・今までありがとうございました。」

そう言ってシノさんがぺこりと礼をすると、今度こそ静寂が場に広がりました。


「ありがとう・・・」

私達だけに聞こえる声と共に、シエラさんがシノさんを抱きしめると、市民達に向き直ります。


「妹が失礼を致しました。私達姉妹は、この都市を去ります。

 後任については・・・・・・」

事前の打ち合わせで決められていた、都市で実績ある人達の名が語られます。

シエラさんからすれば、今まで実際に政治を取り仕切っていた面々が、前に出てくるだけなので、実務上は何の問題も無いとのことです。


・・・さて、そろそろ私の出番です。集中しなければ。

「それでは、『城塞都市』アクロフォリアに今後も幸福があらんことを。

 ありがとうございました。」

シエラさんが締めくくりの言葉と共に、私に目配せをします。


『転移魔法・・・!』

小さく詠唱しながら、魔法を発動すると、私達は光に包まれました。



「・・・ミナモちゃん、シエラとシノも、お疲れ様。」

光が収まると、私達が立っていたのはサクラさんのすぐ傍。

都市の出口近くの人目につかない場所で、打ち合わせ通りに待っていてくれました。


「これが、カゲツの剣とスイゲツの杖を介した転移魔法・・・!」

「聞いてはいたけど、本当にすごい・・・!」

ティアさんやいくつかの荷物で、どこまで出来るのかは確認済みですが、

こんな風に使うのは初めてですし、シエラさんとシノさんが驚いているのを見ると、本当に良かったと思います。だって・・・・・・


「ありがとうございます。

 これは、お母様が別れる前、最後に教えてくれた魔法ですから。」

サクラさんも隣から、私の頭を優しく撫でて、抱きしめてくれました。



「シエラもシノも、すごかったぞ。

 周りがしーんとなったのは面白かったな。今も騒ぎになってるみたいだし。」

「私は言いたいことを言っただけ。」


「まあ、少し言い方が厳しすぎた気はするけれど、もう良いわよね。

 だって私達は、もう領将とその継承権一位じゃなくて、ただの自由な姉妹なのだから。」

「うん・・・!」

晴れ晴れとした表情で、シエラさんとシノさんが微笑み合い、そのままぎゅっと抱き合いました。



「それじゃあ、港湾都市へ出発するよ・・・!」

護衛依頼などで経験があるというサクラさんが馬の手綱を引き、私達は城塞都市の門を出ます。

荷物が増えてきたこと、特にシエラさんとシノさんはそれを整理する時間も少なかったという事情ではありますが、新しい旅の形にはわくわくします。


もちろん、お母様のことは心配ですし、テンマの残党とも戦うことになるでしょうけれど、今はこんな気分に浸るのも良いでしょう。


次に訪れる場所で、私達にどんな出会いが待っているのでしょうか。

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