第27話 双つの月

どくんどくんと、私の胸を打つ音が速くなっているのが分かります。

ついさっき、サクラさんに大丈夫だと言いましたが、それはいつもぎゅっと抱きしめてくれるから、今もこうして手を繋いでいてくれるからです。


もしも一人きりになったら、この場にぺたりと座り込んで、何も出来なくなってしまうかもしれません。

本当は色々なことを知っているだろうサクラさんが、私の記憶が戻るのをゆっくりと待っているようだったのは、こんな風になってしまうことを心配してくれていたのでしょう。


だけど、ここで立ち止まっていられるような状況ではないことは、もちろん分かっています。

さっきまでよりも嫌な気配はこの先、きっと通路の一番奥に。サクラさんとシエラさんの意見も一致しています。万全には程遠いですが、私も・・・


「ミナモちゃん。次は後ろでシノのそばについてくれるかな。」

「え・・・・・・」

頭が真っ白になります。私はもう、サクラさんの隣に立つことを許されないのでしょうか。


「もちろん、自分で本当に行けると思ったら、私と一緒に来てほしいけど、

 まずは体調が心配だし、今ならシノに魔力を渡すことも出来るよね。さっきの二人以上の相手がいるとなれば、守りも大事だから。」

「はい・・・・・・!」

良くないことを考えてしまいそうになった時、

すぐにそう言って、頭を撫でてくれるサクラさんの笑顔がとても優しくて、涙が出そうになりました。




「ほう・・・? まさかここまでたどり着くとは、思っていませんでしたよ。

 領将シエラ様、それにシノ様まで。ご機嫌麗しく。」

そして扉を開いた先に現れたのは、先程と同じく身体のあちこちに魔道具を付けた人。

だけど違うのは、ただ暴れ回るだけではなく、シエラさんに話しかけるくらいの正気は保っていることです。


「心にも無いことを言うのは止めなさい。顔くらいは知っているわ。ペガス商会の長が二百年前の亡霊だったとはね。」

「はははは・・・! 順番が違いますよ。

 我らテンマは、憎き城塞都市を内側から崩すため、五十年前に商会として潜入したのですから。」


「呆れるわ。復讐のためにそれだけの時を費やすなんて。

 あなたの店を贔屓にしている商人達は、悲しむでしょうね。」

「何を勘違いしているのですか? 商会としての顔など、全てはこの都市を滅するための道具にすぎません。

 まあ、あなた方がこんな風に足掻かなければ、もうしばらくは虚飾を続けるつもりでしたがね。」


「はあ・・・救いようが無いということは分かったわ。

 私もなりたくて領将になったわけではないけれど、今はこの都市の代表として、亡霊を消し去るとしましょう。」

「ははははは・・・! それこそ勘違いも甚だしいというもの。

 先程の者達よりも、我は上へと達した存在。あなた方もそこの傭兵達も、まとめて瓦礫の下に埋もれる運命なのです!」


シエラさんと、魔道具をたくさん付けた人の話が終わり、戦いが始まります。

シノさんがすっと私の前へ。サクラさんとシエラさんが一番前に出て、ティアさんがその少し後ろで魔道具を構えました。


「あなたに感情は残っているようだけど、熱さは感じるのかしら?」

シエラさんが挨拶代わりとでも言うように、火球を放ちます。


「はははは・・・! そんなものが効くはずもないでしょう。それでは最期の時・・・っ!」

相手がシエラさんに攻撃の構えを見せた時、サクラさんが素早く動き、魔道具の一つに剣を打ち付けました。


「ふうん、さっきのよりも硬いね。」

「ほう・・・腕はなかなかのようですが、その程度では我らの力を崩すなど無理な話。邪魔をするのならあなたから・・・!」


「喰らえっ・・・! ちっ、当たったが効いてないのか?」

サクラさんに注意を向けた相手の隙を衝くように、ティアさんが光の魔法を撃ち当てました。


「む・・・? それはブレク・フォルトネの魔道具・・・! マイエルの村に派遣した者達が消息を絶ったと聞きましたが、ちょうど良い。

 まとめて回収するとしましょう!」

「・・・! 村を襲わせたのはてめえかっ!! 私がぶっ倒してやる!」


「ふん、そんな威力しか出せないのであれば、恐れるに足りません。

 最初はあなたにしましょう・・・!」

「ティア、危ない。」


「・・・! そうですか、やはりクロガネの・・・面倒なことです。」

ティアさんに伸ばされようとした腕を、シノさんの守護魔法が防ぎました。


「しかし、クロガネは既に我らテンマの手に落ちた! カゲツも、そして先日にはスイゲツも・・・! 忌々しき血筋は、ここで絶やしてあげましょう。」

「何を勝手なことを言ってるのよ!」

私の胸までどくんと大きく跳ねた、敵の心ない言葉を、シエラさんが魔道具へと集中して火を放ち、制止します。


「シノはクロガネの末裔である以前に、私のかけがえのない妹! 政敵として担がれようとも、何も変わることはないわ!」

「あなた方は姉と妹ではなく、従姉妹と言うのでは?」


「あははは、公式の記録にはそう書かれるのでしょうけど、それが何だと言うの?

 私とシノの間には、何者も踏み込ませはしないわ!!」

「・・・馬鹿にしてくれますね。やはりお前から潰すとしましょう!」

シエラさんの力強い言葉に、敵が不機嫌そうな声を上げ、攻撃の構えを取ります。


「そうはさせないよ!」

「ぐっ・・・!」

今までよりも大きな隙を衝き、サクラさんが風魔法を強めに込めた一閃に、その表情が初めて歪みました。



「このっ・・・!!」

「おっと・・・!」

怒りを見せた相手の攻撃を、サクラさんが剣で捌きながら、私とシノさんのところまで後退します。


「ミナモちゃん、多めにお願い。」

「はい・・・!」

ついさっき跳ね上がったばかりの私の鼓動が、少し落ち着きます。

サクラさんに魔力を渡す間、再び敵の注意を引いたシエラさんへの攻撃を、シノさんが防ぎました。


「シノさんにも・・・初めてですので、サクラさんのようには行きませんが。」

「大丈夫、私達はもともと近い。そうでしょ?」


「はい・・・! きっとそうです!」

「その件で、少し相手を揺さぶってみるよ。柄じゃないけど、びっくりしないでね。

 それから、ミナモちゃんにはたどり着かせないから。」

「え・・・・・・?」

私の魔力をたっぷりと受け取ったサクラさんが、そう言って再び前へと向かいます。

その後ろ姿を見ながら、扉を開くために一番大切なものが、今のサクラさんの中にあるように感じました。



*****



「ねえ、あなた達テンマが、カゲツを滅ぼしたって本当?」

シエラを狙おうとしていた相手に近付き、身体の魔道具を挨拶代わりに斬りつけながら、笑顔を作って問いかける。


「む・・・? それがどうしたと言うのだ。

 カゲツもスイゲツも、確かに我らテンマが消し去った。そして次はこの城塞都市というだけのことだ。」

「ふうん。それじゃあ私にとっては、ちょうど良い獲物だってことだね。」

「何・・・?」

ミナモちゃんに言った通り、本当に柄ではないけれど、敵を動揺させるにはこれが一番だろう。

母さんから受け継いだ剣の切っ先を真っ直ぐに向けて、声を上げる。



「私の名は、サクラ・ヤヨイ・カゲツ! カゲツの国最後の王妹、アヤメ・ミナヅキ・カゲツの娘にして、カゲツ相伝の剣を受け継ぐ者!

 祖国を滅ぼした罪、この剣を受けて償ってもらうよ・・・!!」

「なっ・・・! 馬鹿な、カゲツ・・・!?」

母さんから聞かされていた、私が国と共に存ったならば名乗っていたはずの名前を、ここに宣言する。剣の構えも、教わったきりの正式なものに変えて、強く地面を蹴った。


「斬る・・・!」

「があっ・・・!」

強く風魔法を込めた一閃が、魔道具の一つを完全に破壊する。しかしまだ、相手の力は落ちないようだ。


「もう一つ・・・!」

「調子に、乗るなあっ・・・! ・・・なっ!?」

更なる一撃を狙う私へと向いた、敵の腕がぴたりと動きを止める。

それを縛るのは、強い強い魔力と意志が込められた、水の流れ・・・!!


「サクラさん。カゲツの名を背負う気なんて無いでしょうに、私を隠すために目立とうとしなくて良いんですよ。」

先程までと表情が変わったミナモちゃんが、微笑みを浮かべながら、静かに歩みを進めてくる。


「私の名はミナモ・ウヅキ・スイゲツ。スイゲツの国、王妃シズク・カナヅキ・スイゲツの娘にして、『杖』を継承する者。

 お母様を害そうとしたテンマの残党よ。その報いを受ける時です・・・!」

ミナモちゃんが杖を手に取り、敵へと突き付ける。その思いに応えるように、光が走り・・・

私の剣とミナモちゃんの杖が、びりびりと震えた。


「サクラさん、これは・・・」

「共鳴だね。元々一緒に作られた、姉妹のような武具らしいから、

 正当な持ち主が強い思いを込めれば、こうして響き合い、力を高めるんだ。」

これが起きたのは、ミナモちゃんが私の前に現れた時以来。

それは、この剣を受け継ぐ者のもとへ、どうにか無事に送り届けようと、必死で発動された魔法に応えたものだったのだろう。


「サクラさん、それでは・・・!」

「うん、終わらせよう!」

ミナモちゃんの水魔法がさらに強まり、敵の手足をがっちりと拘束する。


「馬鹿な! スイゲツは長女が我らに与したはず。なぜ継承者がここに・・・!!」

「もう、黙ろうか。」

自分自身と剣の力が、先程までよりも強まるのを感じながら、残る全ての魔道具を斬り裂き、両断する。


「お姉様とは、よくお話をしなければなりませんね。」

「な・・・!!」

そこへミナモちゃんが水流を押し込み、すぐさま凍り付かせれば、その圧力と魔力を受けて、魔道具は完全に砕け散った。


「があっ・・・・・・」

そうして間もなく、敵は白目を剥いて倒れ、ぴくりとも動かなくなった。




「サクラさん、全部思い出しました・・・!

 あっ! でも私は、何も変わりませんので。」

ミナモちゃんがこちらへ向き直り、いつもの笑顔に戻る。


「さっきの言い方も、格好良かったけどなあ。本当にお姫様だなって感じがして。」

「もう・・・! サクラさんに合わせようと、家で教わったことを思い出しながら、頑張ったんですから。

 と言いますか、私の目の前にもう一人、お姫様がいますよね?」


「ううん、私は母さんが王家を出た後に生まれたから、そこまで言っていいのかは分からないな。」

「それはずるいです・・・!」

「あはは、ごめんごめん。」

私に迫ってくるのを受け止めて、頭を撫でれば、

頬を膨らませつつも、ぎゅっと抱き付き、顔を強く押し付けてくる。

大丈夫。私達はこんな風に、何も変わらない。


「カゲツに、スイゲツですって・・・?

 とんでもない傭兵がいたものだわ。こちらが敬語を使ったほうが良いのかしら。」

「お姉ちゃん、私は大体分かってたけど・・・」

「シノ・・・!?」


「敬語はいらないよ・・・って、そもそも西の三都市と東の各国家は、対等の同盟だったと思うけど。」

「シエラさん・・・サクラさんと私は確かに王族の血筋ではありますが、まつりごとを執り行う長であるのは、『領将』であるあなただけですよ?」

「くっ・・・! 魔法の腕だけではなく、頭まで回るなんて・・・!」


「おいおい。よく分からないが、サクラもミナモもえらい奴だったのか?」

「元をたどれば、そういう生まれではあるけれど、別に偉いつもりはないよ。」

「はい。ティアさんも変わらずに接してください。」


「いいえ、二人とも。ティアにはもう少し、礼儀作法を教えたほうが良いのではなくて?」

「うん、お姉ちゃんに賛成。」

「おい、私だけ仲間外れかよ!?」

大きな戦いを乗り越えて、私達五人の間に賑やかな会話が響く。

この件の後始末や、東の地で未だ健在だろうテンマの残党への対応など、心配事が消えたわけではないけれど、今はもうしばらくの間、笑顔で話していたい気持ちだ。


「ミナモちゃん・・・」

「はい・・・」

三人のほうを向いていたミナモちゃんを、少し引き寄せてもう一度抱きしめれば、

穏やかになった息づかいと共に、私達は安堵の笑みを交わし合った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る